第86話:一世一代の告発

「そもそも、どうして僕が、稲川君たちのいじめのターゲットになったのかは、今でも分かりません……。『鉄道』が大好きという趣味がいじめの要因になった事は理解できます……。で、でも、それがどうしていじめに繋がったのかは……」


 スポンサーの人の言葉に促され、梅鉢さんたちに励まされながら、この僕、和達譲司は、この学校でずっと受け続けていた苛烈ないじめについて話し始めた。拙い言葉のせいで途中で噛んだり詰まったり、情けないところも見せてしまったけれど、それでも僕を横から見つめるスポンサーの人は真剣な表情を崩さず、ずっと耳を傾けてくれているようだった。

 それに応えるためにも、自分が経験した出来事を、ここで伝えきらなければならない――そう考えた僕は、覚えている限りの全ての事を、一生懸命語り続けた。先程見てもらったあの動画に映っているのは、僕が受けた仕打ちのほんの一部である、という事も含めて。


「あれ以外にも、色々な事をされました……。机に『〇ね』『キモい』『犯罪者』などの落書きをされたり、教科書や体操服を隠されたり、先生からの大切な要件を伝えてくれなかったり、授業中にも物を投げられたりしました……で、でも、先生は……先生は、何もしてくれませんでした……。さ、先程も指摘されたように……先生は、稲川君の事だけを信じて……僕がいくら訴えても、耳を貸してくれませんでした……」

「……」


 僕が過去のいじめを口に出す度に、稲川君たちいじめの当事者は恨めしげな目で僕を見つめ、元・担任も複雑な表情を向け続けていた。

 それでも、ここで告発を止めるわけにはいかなかった。伝えたい事は、まだたくさんあったからだ。

 そして、僕はスポンサーの人に尋ねた。『いじめの証拠』のようなものをここで提示する事は可能だろうか、と。それに対し、スポンサーの人は威厳ある姿を見せながらも、僕の提案に了承する意志を頷きで示してくれた。


「あ、あの、これです……そ、その、稲川君たちによってボロボロにされた、教科書や鞄です……」


 そう言って、僕が大きな袋から取り出したのは、見るに堪えない誹謗中傷の落書きにまみれ、様々な箇所を破られ、まともに使用する事が出来ない状況になっていた鞄や、水を駆けられずぶ濡れにされた挙句ずたずたに引き裂かれた教科書の残骸だった。

 それを見た周りの黒服の人たちは唖然とし、お姉さんこと卯月さんも苦々しそうな表情を作ったのに対し、スポンサーの人はそれらを真剣に見つめ続けていた。

 こんなものは捨ててしまおうと一度考えてしまった僕を、きっと何かの役に立つかもしれない、と大切に残すようアドバイスし、学校へ向かう際に『動かぬ証拠』として持っていくよう提案してくれた父さんや母さんに、僕は心の中で感謝した。


 ところが、僕がこのような『証拠』を用意したにもかかわらず、理事長やその奥さんである貴婦人は、僕に対して批判を浴びせ始めた。そのような『嘘』をついてまで自分たちを陥れようとしているのか、と。


「この鞄や教科書、私たちの息子たちがボロボロにした証拠はどこにもないだろう!写真でも撮ったのかね!?」

「そうざます!証拠と言うのなら、嘘偽りのない証明が必要ざます!さあ、どこにあるざますか!?」


「え、え……っ!?」


 それらの言葉に、僕は一瞬慄いてしまった。当然だろう、梅鉢さん曰く『悪あがき』故の行動かもしれないけれど、まさかこれらの物件にまで言いがかりをつられるとは思わなかったからである。でも、理事長や貴婦人の言う通り、これらの物件がボロボロにされた証拠となる写真や音声はどこにも無いし、それらを指摘されるとどうにもならない。

 このような生徒をもって恥ずかしい、など言いたい放題の理事長や貴婦人に何も言い返せず、心の中で悔しさを滲ませるしかない状況に陥った僕が、つい掌をポケットに入れた時だった。その掌に、あるものの感触をはっきりと覚えたのだ。


「……あ、あの……!も、もう1つお願いがあるのですが……!」


「なんだなんだ、まだ私たちに『嘘』をつきたいのか!?この、私たちの大切な学校や息子を陥れたい『犯罪者』め!」

「そうざます!だいたい貴方は教育がなってないざます!なんで貴方のような人がわたくしたちの素晴らしい学校に……」


「静かにしろ」


「「……!」」


 僕の言葉を遮り、息子である稲川君と同じような口調で責め立てようとした理事長や貴婦人の言葉は、スポンサーの人の低く響く一喝で鎮められた。

 そして、一瞬で静まり返った理事長室の中で、僕は改めてスポンサーの人や卯月さんにお願いをした。ポケットの中に入っていた『ICレコーダー』に収録されている音声をここで流す事は可能か、と。


「ええ、問題ありません」

「あ、ありがとうございます……!え、えーと、これです……」


 そして、僕は卯月さんに、あの時梅鉢さんから渡されたICレコーダーを託した。ここに収録されている音声は、つい先程、隣に座っている梅鉢さんがスポンサーの人のもとへ向かっている間に起きた出来事だ、と僕が言った時、一瞬稲川君の表情が変わったような、そんな気がした。

 やがて、卯月さんがICレコーダーを操作すると、理事長室全体に、再び聞くに堪えない誹謗中傷、差別や偏見に満ちた言葉の数々が流れ始めた。


『鉄屑でも詰まってんのかよ、この〇〇者!』

『貴様のせいで俺たちの人生は滅茶苦茶になったんだよ、犯罪者め!』

『社会的弱者の鉄道オタクの癖して、いい気になりやがって!』

『なんでてめえが世界中から称賛されて、俺たちがいじめられなきゃならねんだよ!!』


『いい加減開けろやおらぁ!!聞こえてんだろうが、このクズ〇イ〇!!』


「おい、止めろ!!止めやがれ!!」

 

 そして、文字にする事もはばかられるような稲川君の声が流れた途端、絨毯の上でずっと正座させられていた『本物』の稲川君が叫んだ。今までずっと声に出そうとしても出せなかった鬱憤うっぷんを晴らすかのように、大声で怒鳴り散らしたのだ。


「誰の許可を得て録音しやがったんだ!!しかもスポンサーにまでチクりやがって!!このキ〇〇〇屑鉄ガ〇〇!!」


 その瞬間、理事長や貴婦人の顔が一瞬で青ざめた。その理由を、僕はある程度理解する事が出来た。

 息子である稲川君を無茶な論法でも何とか庇おうとし続け、僕に罪を擦り付けようとしていたのに、その稲川君自身が『自分がやった』事を事実上暴露しているような形になってしまったからである。

 怒りに任せて僕に対して誹謗中傷を続けた稲川君自身も、取り巻きの生徒たちが指さした理事長や貴婦人の様子を見て何かに気づき、慌てて口を閉じた。

 でも、それがもう遅いと言う事は、険しい表情を見せるスポンサーの人がよく示していた。


 それは、まさに梅鉢さんが僕に述べてくれた通り、『冷静』になれない結果が招いた結果そのものだった。


「……なるほど、これはそこにいる理事長たちの『息子』が起こした事態、という事だな」

「は、はい……」


 確認の言葉に返事をした僕に、スポンサーの人は大きく首を縦に動かし、全てを理解した、という旨を伝えてくれた。

 続いて、スポンサーの人は理事長や貴婦人に対して、まだ話は終わっていない、最後まで聞け、と、厳しい声で注意をした。貴婦人の人が今にも気絶しそうな様相だったのを見て、この『現実』から逃げるな、と釘を刺したのかもしれない、と感じた。


 そして、卯月さんがもう座っても構わない、と優しく凛々しい声で言ったのを合図に、僕はふかふかで柔らかいクッションが敷かれた豪華な椅子にようやく腰かける事が出来た。色々とハプニングはあったけれど、何とかスポンサーの人に伝えたかった内容を全て伝えられたかもしれない、と考えた時、僕の口からは自然と安堵のため息が漏れた。

 でも、先程スポンサーの人が指摘した通り、まだこの会議――僕たちや学校の今後を左右するような話し合いは続く。それを示すように、隣に座っていた梅鉢さんが、そっと僕に優しく凛々しい声で耳打ちした……。


「よく頑張ったわね、譲司君。ここから先は、私たちに任せて」

 

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