第83話:勝負の地へ
『耳に鉄屑でも詰まってんのかよ、この〇〇者!』
『いい加減扉を開けろ!!聞こえてんだろ、このクズガ〇〇!!』
『覚悟しろよぉ、このキ〇〇〇鉄道オタク!』
僕が提案し、梅鉢さんが具体的な方法を提示し、図書室のおばちゃんも少しだけ巻き込み、ぶっつけ本番で行った、稲川君たち僕をいじめていた面々をわざとおびき寄せ、彼らの生の罵詈雑言を記録するという作戦。それが成功した事は、扉の近くに設置していたICレコーダーにばっちり録音されていた、聞くに堪えない差別用語の数々が嫌と言う程証明していた。
それらを図書室の中で確認していた梅鉢さんや図書室のおばちゃんは、それらの酷い言葉を聞いて見事にドン引きしていた。
「改めて聞くと、本当に酷いわね……」
「こんな事を毎日言われていて、よく今まで耐えてきたね……」
「そうですね……久しぶりに聞くと、本当に嫌な言葉の数々です……」
「譲司君は大丈夫なの?またこういう言葉を聞いちゃって……」
「そうだよ、昔の嫌な事を思い出しちゃったら……」
「い、いえ、大丈夫です……心配してくれて嬉しいですけれど……」
2人は心配してくれたけれど、それに対する返答のように、不思議と今の僕は、それらの言葉を聞いても悲しみや憎しみのような感情はあまり湧かず、代わりにその言葉の主たちを憐れむような、不思議な思いを抱いていた。どこか客観的に、これらの誹謗中傷を受け止めていたのである。何故そのように考えたのかは、まだ分からなかった。
とはいえ、そのお陰で僕は冷静な判断を下すことが出来た。これらもまた、立派な『いじめの証拠』としてスポンサーの前で使うことが出来る、と。
「梅鉢さん、改めてありがとう……お陰で、僕の作戦は無事に上手くいったよ……」
「譲司君ったら、一度覚悟を決めるとなかなか凄い事をやってのけるものね……」
「そ、そうかな……?」
「そうに決まってるわ。譲司君をずっといじめ続けていた『あいつら』を、掌の上で思い通りに操るなんて……」
僕にはそういう意図は全くなかったけれど、確かに言われてみると、若干危ない場面はあったけれど、結果的に稲川君や取り巻きたちは僕の思い通りに動いてくれたような気がした。
でも、あくまでそれは梅鉢さんたちの協力が無ければ実現しなかった事。僕1人だけだと間違いなく失敗していた。情けないけど、それは間違いない話だ、と僕は心の中に念じた。
「まあ、とにかく……これで、大丈夫なのかい?」
「ええ、新たな証拠も揃いましたし、確実に相手を追い詰めることが出来るでしょう」
そう告げる梅鉢さんに対して、再びおばちゃんは気になる発言をした。やっぱり、『スポンサー』と会った時の梅鉢さんの姿について、色々と気になる事や聞きたい事が沢山ある、と。
「さっきも聞いたけれど、ちゃんと話してくれるんだろうね?」
「も、勿論ですよ……おばちゃんにはずっとお世話になっていましたから……。譲司君にも、作戦が成功したら、ね」
僕よりも絶対に肝が据わっているはずのおばちゃんが不思議そうに、そして僅かながら不安そうに何度も尋ねるのを見る限り、梅鉢さんは何か予想外の事をしたに違いない。確かに凛々しく格好良い梅鉢さんなら、『スポンサー』の人にも堂々と自分たちを証拠に使って欲しい、と直訴するだけの度胸があると思うけれど、おばちゃんが悩んでいたのはそれとは異なる話のようだった。
ちゃんと説明してくれる、と約束はしてくれたけれど、そもそもおばちゃんは何を見たのだろうか――そういう疑問の方に意識が持っていかれかけた、その時だった。図書室の扉が開き――。
「失礼します。『旦那様』から、おふたりに理事長室へ来てもらいたい、という連絡を承りましたので、お伝えいたします。遅くなってしまい申し訳ありません」
――丁寧な口調で、1人の女性の方が入ってきたのは。
「……えっ……?」
僕は、その人に見覚えがあった。その顔や声は、間違いなく梅鉢さんがお世話になっているというあの『お姉さん』で間違いないはずだった。でも、その服装は車を運転していた時のラフな衣装と全く異なる、まるで何か重要な時に着るような黒を基調としたスーツで、姿勢もしっかり整っていて、まるで別人のようだった。
そんな様相に唖然とする僕を尻目に、梅鉢さんは立ち上がり、その女性の人――恐らく『お姉さん』へ言葉を返した。
「連絡ありがとう、『
「あ、う、うん……」
『狐につままれる』という言葉がぴったりの状況になっていた僕へ気合を入れ直すかのように、梅鉢さんはICレコーダーを含めて忘れ物が無いかしっかりチェックするように、とアドバイスをした。そして何度も確認した後、僕は梅鉢さんと共に、『卯月さん』と呼ばれたスーツ姿の人に案内され、理事長室へ出発する事となった。
「ま、まあ……とにかく、健闘を祈るよ」
「ありがとうございます、おばちゃん」
「が、頑張ります……!」
「それでは、行きましょう」
そして、少々唖然とした感情を顔に見せるおばちゃんに見送られながら、僕たちは図書室を後にした。
廊下を歩いている間、僕の中には更に沢山の疑問が湧き続けていた。
少なくとも、この『卯月さん』と言う方は僕たちの味方で、梅鉢さんと何らかの繋がりがある事は確かだ。髪型も服装も違うけれど、その顔や声は車で送迎してくれたあの『お姉さん』と同じだからだ。そして、『旦那様』というのは恐らく『スポンサー』の人に違いない。
すると、お姉さんこと『卯月さん』は、『スポンサー』の人のもとで働いている人なのだろうか。そんな人と、梅鉢さんはどういう関係があるのだろうか。そもそも、梅鉢さん自身、『スポンサー』と何か繋がりがあるのだろうか。
様々な事が頭の中でぐるぐる駆け巡っているうち、いつの間にやら僕たちは理事長室――それまでの学生生活では訪れる機会が無かったであろう場所に辿り着いていた。
「……着いたわね、譲司君」
「……そ、そうだね……」
「頑張りましょう」
「……うん!」
そうだ、ここからは僕と梅鉢さん、2人の今後の人生を決める重要な時間。しっかり気合を入れ直して、これから始まる『勝負』に挑まないと。そう考え、僕は頬を叩いて先程までのたくさんの疑問を再度心の端に押し込めた。気付けば心の端が様々な疑問でぎゅう詰めになっているような気もしたけれど、きっとその一部もこれから明らかになるはずだ、と考えながら。
そして、扉をノックし、自分たちが到着した旨を『卯月さん』=お姉さんが告げると、入りなさい、という声が返ってきた。全校集会などで何度か聞いた、どこか威張ったような理事長の声とは違う、聞き慣れない男の人のものだった。
その声に促されながら、梅鉢さんに続いて、僕はゆっくりと理事長室へ足を踏み入れた。
最初に僕の瞳に映ったのは、学校で一番偉い人である威厳を示すかのようなふかふかして豪華そうな椅子の上に座る理事長と、その隣で同じように座る、失礼だけど少しふくよかな体格をした貴婦人の2人だった。その顔からは、明らかに緊張の感情が滲み出ているようだった。
その周り、絨毯敷きの床の上には、複数人の生徒が正座させられていた。憎々しげにこちらを見つめてくるその顔にも、僕は嫌と言う程見覚えがあった。ずっと僕の事を『鉄道オタク』であるという理由で誹謗中傷し続けていた、理事長の息子である稲川君とその取り巻きたちだ。
加えて、傍には僕のクラスの担任――僕のいじめからずっと目を背け、稲川君たちの味方だけをし続けた教師が、まるで罰を受けたかのような表情のまま、壁の近くに立たされていた。
そして、この面々をじっくり監視するかのように、黒いスーツに身を包んだ屈強な男の人やがっちりした体形の女の人が厳しい顔で何人も並んでおり、広いはずの理事長室はかなり窮屈な状態になっていた。
一方、そのような事を気にしないかのように、理事長や貴婦人のものよりもさらに豪華な装飾が施されている椅子に座りながら、理事長たちと対峙するかのように座っているのは、灰色のスーツに身を包み、首元にしっかりとネクタイを身につけている、僕の父さんよりも年上に見える男の人だった。
その真剣な表情を見た僕の体は、一瞬で緊張に包まれた。怖さや恐ろしさに近いけれどどこか異なる、強いて言うなら『畏怖』のような思いを感じたからである。
そんな男の人に、『卯月さん』は何の恐怖も感じないかのような素振りを見せながら語った
「旦那様、おふたりをこちらへ案内致しました」
「……分かった」
そのやり取りで、ようやく僕は自信が抱いた認識の1つが正しい事を確かめることが出来た。
『卯月さん』=『お姉さん』が言う『旦那様』――この全身から威厳溢れる男の人こそ、この学校の『スポンサー』その人である事を……。
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