第132話:重大案件
「初めまして、『彩華』と申します。隣にいます和達譲司君とは、『特別な友達』として常に仲良くさせて頂いております。以後、お見知りおきを」
「こ、これはどうも……じょ、譲司の父です……」
「お、同じく母です……きょ、今日はよろしく……」
リビングで頭を下げ、丁寧かつ簡潔な自己紹介を行った彩華さんの一方、初対面の父さんや母さんは『綺堂家の令嬢』たる彩華さんを前に、若干緊張気味な雰囲気だった。その一方――。
「そしてそんな彩華ちゃんや譲司君、そして君の父さんや母さんととっても深い繋がりを持つ凄い人物がこの私!皆から『教頭先生』として慕われている『
「自己紹介長いです。もっと簡潔にお願いします、相田哲道さん」
「冷たいよ彩華ちゃん!」
――皆の緊張を解きほぐそうとするかのように、賑やかで明るい自己紹介をしたのは、僕と彩華さんにとっては『教頭先生』、僕の父さんや母さんにとっては『大学時代の先輩』にあたるスーツ姿に眼鏡をかけた長身の男の人、相田哲道さんだった。
僕との楽しい時間を結果的に邪魔されている状況にまだ彩華さんは不満を隠せない様子だけれど、一方の僕は教頭先生の本名を知る事が出来た事にどこか満足感を覚えていた。
「やれやれ、相田先輩は本当に変わらないですね。さっきも言いましたけれど」
「相変わらずですよね……」
「まあ、変わらない良さって言うのも世の中にはあるんだよねぇ!」
両親にも若干呆れられながらも、相田先輩こと教頭先生はそんな事を気にしないように気さくな笑顔を見せていた。父さんや母さんが伝えようとしていた意図とは違う返答のような雰囲気を若干感じたけれど。
そんな教頭先生のペースから一旦話題を変えるように、僕の母さんは彩華さんを見つめながら、優しい口調で語った。貴方が、『譲司』=この僕がずっと言っていた『特別な友達』なのね、と。
「……はい、『特別な友達』を名乗らせて頂いております」
「ふふ……確かに譲司の言う通り、可愛らしくて綺麗で、素敵な友達のようね」
「え……?」
突然名前が出た事に驚く僕を尻目に、母さんはこれまで僕が言っていた誉め言葉を余す事無く彩華さんに伝えていた。素晴らしい、格好良い、凛々しい、素敵、長い髪が綺麗、どんな服も似合う、歌も上手、頼りになる、鉄道知識も僕に負けず劣らず豊富、などなど、僕の顔が赤くなるのを気にしないかのように、母さんはたっぷりと僕の言葉を借りて彩華さんを称賛したのである。
「譲司君……私の事、ずっとそう言ってくれていたのね。ありがとう、とっても嬉しいわ」
「ど、どういたしまして……」
一方、僕の父さんも若干緊張気味に彩華さんに語った。折角来てもらったのに、整理整頓が間に合わず散らかりっぱなしで申し訳ない。しかも、『彩華ちゃん』の家に比べればきっと我が家なんてとっても狭いだろう、と。でも、彩華さんはそんな父さんの謙遜に首を振り、素晴らしい家だとはっきりと語った。
「外見も内装も、しっかりと手が行き届いていて素敵な家だと思いました。この家で譲司君が生まれ育ったことを考えると、ここは和達家にとっての『宮殿』のようなものだと思います」
「きゅ、宮殿……そ、そこまで言われると照れて……」
「うんうん、全くだねぇ!私がかみさんと一緒に暮らしている郊外の団地に勝るとも劣らない、素晴らしい家だと思うよぉ!」
緊張する父さんの言葉に被さるように語り掛け、どさくさに紛れるように自身が既婚者である事をアピールした教頭先生は、僕の父さんや母さんからブーイングを浴びせられてしまった。褒めて貰えるのはとても嬉しいけれど、彩華ちゃんとの話が盛り上がっているというのに無理やり割り込まないで欲しい、と。
「それにそもそも相田先輩、譲司が折角友達を誘ってくるという特別な日に、なんで予定を合わせたんですか」
「え、いや、それはこっちにも予定が……」
「お陰で私たち家族が少し揉めたんですよ、全く……」
若干理不尽かもしれない母さんの指摘に対して、教頭先生はたじたじになりながらも何とか頭を下げて謝っていた。先程からその件で彩華さんにも怒られっぱなしだ、と嘆く教頭先生に、当然だ、と彩華さんは再び頬を不機嫌そうに膨らませていた。
ただ、折角の彩華さんや教頭先生の来訪なのにいきなりリビングで喧嘩になるのは良くない。そう考えた僕は、皆を何とか宥めるべく教頭先生に尋ねた。まず、ずっと僕たちに内緒にしている『重大な案件』を教えるのが先決なのではないか、と。それを聞いた父さんや母さん、彩華さんはようやく落ち着きを取り戻してくれた一方、教頭先生も手を軽く打ち、手持ちの分厚い鞄を開いて資料を取り出し始めた。重なった紙の一番上に乗っていたのは、学校のような何かの建物の写真が貼られたパンフレットのように見えた。
そして教頭先生は、まずこの僕、和達譲司にある事を尋ねた。自分がどこの学校で『教頭』を務めているか、両親から教えて貰っているか、と。
「あ、いえ、まだです……」
「あれ、まずかったか……?すまん譲司、伝えていなかった……」
「すいません先輩、それに関しては、ちょっと……」
「いや、別に構わないよ。2人が伝えていなかったら、私が今から教えようと思ってたからさ」
そう言いながら、教頭先生は先程の資料の一番上にあったパンフレットを僕や彩華さんの方に見せてきた。そして、その学校名を見た瞬間――。
「……え……こ、ここって……!?」
――僕の口から自然と驚きの声が漏れてしまった。
何かあったのか、この学校に縁があるのか、と尋ねてきた彩華さんに、僕はその声の理由をはっきりと語った。例の理事長がいた学校、少し前に完全に辞めたあの学校へ入学する事を決めてしまう前に、僕は幾つかの学校を進学候補として選んでいた。その1つが、パンフレットに写真が掲載されているこの学校である、という事を。
「何ですって……!?」
「う、うん……色々あって、例の学校への入学を選んじゃったんだけど……」
「そう……あれ、という事は、つまり教頭先生は……」
「そう、私はこの譲司君が入学を考えていたこの学校で、『教頭』を務めているのさ。まあ、ここからだと電車通学をしないと遠い場所にあるのが難点かな?」
まさかこういう形で教頭先生に縁があるとは思わず、すっかり驚いてしまった僕だけれど、一方で彩華さんは僕の言葉を代弁するかのように教頭先生への質問を続けた。確かにこの場所に勤務しているというのは重要な情報かもしれないが、それをわざわざこの自分の前でいう必要はあるのだろうか。どうして譲司君ではなく、自分にまでパンフレットを見せたのか。そもそも、この情報が教頭先生がずっと言っていた『重大な案件』とどのように関係しているというのか――。
「……あれ、ちょっと待ってくださいよ……」
――彩華さんの言葉を中断するように声を出した僕の父さんは、何かを真剣に考える時に見せる、曲げた人差し指を顎に当てるポーズをとり始めた。その後、しばらく無言で唸りながらじっくり考えを巡らせ続けていた父さんは、突然大声を上げた。
「ま、まさか……まさか……!!」
何が『まさか』なのか、はっきり言ってもらわないと分からない状況だった僕、彩華さん、僕の母さんの一方で、教頭先生はその考えが恐らく正解だ、と言う事を示すかのように、満足そうな頷きを見せていた。
「流石、昔からテスト範囲の的中率が高かっただけあって、察しが良いねぇ」
大学時代の思い出を語るその口調こそ若干ふざけていたけれど、その口調は先程までの賑やかだけど明るいものではなく、しっかりと耳を傾けなければならないと思わせる真剣なものへと変わっていた。
「改めて言おう。私が今日、こうやって和達家に来訪したのは、譲司君や彩華ちゃん、2人の仲睦まじい時間に割り込むためじゃない。2人の未来を応援したくてやって来たのさ」
そして、教頭先生こと相田哲道さんの口から飛び出した、あまりにも重大過ぎる案件を前に――。
「和達譲司君、
――僕たちが出来たのは、驚きを示す大声を、2階建ての家の中に響かせる事だけだった……。
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