第133話:これからへの勧誘

 ここまでの状況を、軽く整理しておきたい。


 まず、僕や彩華さんがいつも入り浸っている会員制クローズドSNS『鉄デポ』で特に仲良くなったメンバーの1人、いつも賑やかでお調子者だけど、いじめ対策や人生相談、そして鉄道談義などで頼りある面もよく見せてくれる『教頭先生』は、僕の父さんや母さんが大学時代に出会い、色々と深い縁を持つ事となった先輩こと相田哲道さんと同一人物である。

 そして、『鉄デポ』で名乗っていたニックネーム通り、教頭先生はとある学校に本物の教頭として勤務していた。しかも、その学校は、僕が例の学校――鉄道オタクに対する嫌悪感が渦巻き、幾つもの不祥事を働きながらもなんとか生き長らえていたあの学校を選んでしまうまで、進学先の候補として検討していたところだったのである。

 でも、学校の立地や苦手教科の成績、部活動など様々な条件を考慮した結果、僕は一時この学校を選択肢から外してしまっていた。でも、例の学校に二度と行かない、学校自体を辞める、という選択肢を選んだあと、僕は父さんや母さんと共に、再度この学校を転入候補のひとつに加えた。

 今の僕の成績ならばもしかしたら転入できるかもしれない、という自信に加え、生徒の自主性の強さ、ネットでの評判の良さ、そして何より各方面で言われる『いじめ』への万全な対策などを踏まえた上だった。


 でも、確かに様々な面で好条件だったとはいえ、転入しようにも生徒の枠はどうなのか、勉強に追いつけるのか、などの不安もあり、一時保留にされてしまっていた。


 だからこそ、僕は父さんや母さん、そして彩華さんと共に、少し狭い『和達家』の中で驚きの大声を響かせたのだ。

 まさか、その『学校』の代表者として、教頭先生が自ら――。


「えっへん、もう一度言っちゃおう。是非、君たち2人を、私たちの学校の生徒として招き入れたいんだ」


 ――学校へ招待するなんて、思いもしなかったのだから。


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください!!先輩、生徒の枠は大丈夫なんですか!?勉強とか試験とかは!?」

「学校の先生からは許可を貰ったんですか!?校長先生とか!!」


 当然ながら、父さんや母さんはその唐突な提案に対して、様々な疑問を一斉に投げかけ始めた。ところが、それを遮るかのような大声を張り上げ、更に深い疑問を教頭先生に投げかけた人がいた。


「待ってください、先に聞きたい事が……!!!教頭先生、さっき私の苗字を『綺堂きどう』って言いましたよね……!?!?」

「ああ、言ったとも。君は、綺堂玲緒奈さんの娘、綺堂彩華きどう いろはさんだろう?」


 さらりと述べた教頭先生に対し、彩華さんは愕然とした表情で叫ぶように尋ねた。どうして、『鉄デポ』の皆にも一切明かしていないはずの自分の『本当の苗字』を、教頭先生が知っているのか、と。

 その問いに対して返ってきたのは、これまたとんでもない事実だった。教頭先生こと相田哲道さんは、『うちのかみさん』と呼んで今でも愛しているという奥さんと共に、大富豪である綺堂家当主・綺堂玲緒奈さんと昔からの知り合いだった、というのである。そして、その繋がりで、教頭先生は玲緒奈さんの娘である『綺堂彩華』さんという存在を認識した、という訳である。


「ち……父の……友達……ですって……!?」

「まあねぇ。流石に最近は遊びに行く暇もないみたいだけれど、昔はよくお世話になったものさ。いやぁ、色々な事を教えてもらったねぇ」

「ほ……本当に……父の事を……知っているんですよね……?」

「お、確証が持てないって感じだねぇ。じゃあ証拠を見せようかなぁ?」


 そう言いながら教頭先生は、先程から充電中だったスマートフォンから、僕の父さんから借りたという充電用コードを一旦外し、画面を操作してある写真を見せた。

 そこには、見覚えがある顔が2つと、見知らぬ眼鏡をかけた美人の女の人の顔が並んでいた。その見覚えのある顔の1つは、どこか真剣で威厳ある表情を見せる、綺堂玲緒奈さん。そしてもう1つは、対照的に悪戯気で嬉しそうな笑みを見せる、教頭先生だった。


「こ、これは……間違いない……私のお父様だわ……!」

「ほ、本当に先輩、綺堂家の方と友達だったんですね……」

「俺、そんなの一度も聞いてなかったですよ!」

「だって聞かれなかったんだもーん」


 父さんや母さんの言葉に軽口を返した後、教頭先生は彩華さんの方を向き、優しい笑顔で語った。これらの事実――彩華さんの本名、自身と玲緒奈さんとの繋がりなどは、『鉄デポ』の皆には絶対言わないから安心して欲しい、と。仕事柄、守秘義務は沢山受け持っているから、という言葉には、確かに説得力があった。

 でも、僕は同時に、目の前にいるお調子者でマイペース、いつも明るく賑やかな教頭先生が、文字通りとんでもない人のように思えてきた。


「……さて、色々聞きたい事はあるだろうけれど、まず重要な事から話さなければいけないねぇ」

 

 そして、教頭先生は父さんや母さん、彩華さん、そして僕が疑問や不安に思った事に対する答えを、次々に述べ始めた。


 生徒の枠については、僕たちが苛烈ないじめを受けて学校へ行かない選択肢を決めた同じ頃、偶然にも2人分の生徒の枠が空いたという。つまり、その枠を使えば僕も彩華さんも教頭先生の学校へ入学できるかもしれない、という訳だ。

 でも、転入に際しては事前に試験を受ける必要がある。これは規則なのでどうしても仕方ない事だ、と教頭先生は述べた一方、僕たちが辞めた学校のカリキュラムを見るに、恐らくは今の勉強方法を維持すれば余裕で試験は合格できるだろう、と教頭先生は自信たっぷりに答えた。


「君たちはあのような事態の中でも学校へ行き続けたし、家で自主勉強を続けていると聞いた。このままその状態を維持していけば、楽勝だと思うよぉ」

「あ、ありがとうございます……」


 そして、父さんや母さんが気になっていた『先生側の負担』に関しても、教頭先生は問題ない、と述べた。

 実は、そもそも僕と彩華さんをこの学校に転入させる事は出来ないか、と持ち掛けたのは教頭先生ではなく、あの学校の校長先生だったという。

 他所の学校とは言え、あそこまで酷いいじめを受けている生徒を放ってはおけない。絶対にあのような過ちは経験させない。だからこそ、自分たちの学校でもう一度『学園生活』をやり直す、という選択肢を与えたい、と熱く語っていた、と教頭先生は以前の会議の内容を振り返っていた。自分の身ならず、学校の先生たちも賛同していた、と付け加えながら。


「いやぁ、しかもまだ決まってすらいないのに、転入後の準備を始めようとするそそっかしい先生までいたねぇ」

「……つまり、学校としては……」

「そう、私を含め、試験に合格すればいつでもウェルカムって訳さ!」

「は、はぁ……」


 父さんや母さんがきょとんとした、そして若干不安そうな表情で教頭先生を見つめた理由は、僕も何となく察する事が出来た。

 確かにずっと新たな学校をどこにするか悩みに悩んでいた僕たち和達家にとって、教頭先生の提案は願ったり叶ったりだった。しかも、教頭のみならず学校全体が自分たちを待っているという、最高の条件であった。もしこのまま教頭先生の意見を受け入れれば、僕はずっと気になっていた学校の制服に袖を通し、『特別な友達』である彩華さんと共に仲良くその学校へ通うことが出来るかもしれない。

 でも、見方を変えればあまりにもスムーズに外堀を埋められ、とんとん拍子に話が行き過ぎているようにも感じられるような内容であった。下手すれば、何かしら裏があるのではないか、とも疑心暗鬼になりそうなほどだった。


 だからこそ、しばらく考えた後、父さんや母さんは教頭先生に頼んだのかもしれない。譲司の親であり、彩華ちゃんの関係者でもある身として、更に詳しい情報や資料が欲しい、と。


「……そうだよねぇ。分かった、ちょっと一緒に色々な資料を見て話し合おうか。あ、その中で譲司君の成績の詳細なども聞く事になっちゃうけれど、大丈夫かな?」

「だ、大丈夫です……て、テストは頑張りましたので……」

「ありがとう。よく頑張ったねぇ」


 そう言いながら、教頭先生は分厚い鞄から更にタブレット端末を取り出した。先程のパンフレットを始めとした書類を含め、これだけ様々な物が入っていれば鞄ががさばるのも当然だ、と僕は納得した。

 そして、話しに加わろうとした僕と彩華さんだけれど、それは教頭先生に止められた。ここから先は、和達家の両親に用がある、と。


「で、でも、私たちに関わる話ですよね?だったら……」

「いや、悪いけれどここから先は『成人』同士の話し合いだ。君たち『未成年』は、のんびり別の場所でゆっくりして欲しい」

「え、そんな……私たちだって……」

「おや、彩華ちゃん?今日は譲司君と2人でまったりと過ごすんじゃなかったのかい?」

「……!」


 それを言われてしまえば、流石の彩華さんも反論する事は出来なかったようである。


「大丈夫よ、彩華ちゃん。のんびり譲司の部屋で休んでいらっしゃい」

「譲司、終わったら連絡するからな」

「あ、ありがとう……父さんも母さんも……」

「お気遣い、心から感謝します」


 そして、今回教頭先生を呼んだ理由の1つである、僕の転入先についての話し合いを父さんや母さんが始めたのを見て、僕と彩華さんの『未成年』は、一旦リビングを後にする事となった。

 廊下を歩く間、僕は少しだけ不安に駆られた。彩華さんは、僕の部屋を気に入ってくれるのだろうか。汚く整理整頓もできていない部屋を見てドン引きされたらどうすればいいのか。

 ただ、幸いにもそんな心配は不要だった。僕が部屋の扉を開き、鉄道の本やグッズ、鉄道模型などが所狭しと収納されている光景を見た瞬間、彩華さんは――。


「わぁ……!!」


 ――『鉄道オタク』の感情を溢れさせるかのように、目を輝かせていたからだ……。

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