第134話:それで、どう思う?
「お邪魔します、譲司君」
「ど、どうぞ……」
今まで父さんや母さん以外、誰も来客を受け入れる事が無かった、この僕、和達譲司の自室。
ベッドが大半の面積を占める一方、それ以外も鉄道の本が詰まった本棚、鉄道模型や鉄道玩具が多数並べられている箪笥、そして無造作にノートパソコンやwi-fi用接続機器が置かれている机などが配置され、とても綺麗で整理整頓されているとは言い難い場所。
でも、その部屋に足を踏み入れた彩華さんは、その光景に目を輝かせ、様々な場所に関心を示していた。まさに『和達譲司コレクション』と言うべき、素晴らしい鉄道関連のラインナップだ、と褒めながら。
「そ、そこまでは……それに、とっても汚くて本当にごめんね……掃除はしたんだけれど……」
「ふふ、全然気にしていないわ。私の部屋だって同じような感じだもの」
「そ、そうなの……?」
ここと同じように見渡す限り鉄道グッズでいっぱいで、電子書籍に切り替えなければ本を置く場所もない程だ、と彩華さんは若干自虐しつつも僕を励ましてくれた。
そして、顔を動かして部屋の中を何度も見渡し続けている彩華さんに、僕は近くにあるベッドの上に座っても大丈夫だ、と案内した。折角来てくれた来客をこのまま立ちっぱなしにさせるのは失礼だからだ。
「ありがとう。譲司君がいつも寝ている場所に座れるなんて、とっても光栄ね」
喜ぶ彩華さんの様子に、僕は自分の頬が少し真っ赤に染まったような気がした。
そして、彩華さんはベッドの上に、僕は机の傍にあるキャスター付きの椅子に腰を落ち着かせ、声を揃えて一息ついた。
「それにしても……」
やがて、彩華さんは改めて、家に到着してからここまでに伝えられた様々な事柄を振り返った。自分たちがいじめに懸命に立ち向かったり、見事に乗り越えたお祝いも兼ねてオフ会を開いていた間に、教頭先生がとんでもない動きを起こしていた事を。
先程まで、僕たちは父さんや母さんと共に、教頭先生から怒涛のように伝えられた大量の情報を何とか受け取り続けていた。
僕と彩華さんが、ふたり揃ってあの教頭先生こと相田哲道さんが勤務する新たな『学校』への転入を勧められた事。偶然にもその学校に、僕と彩華さんにぴったりの生徒の枠が存在する事。試験を必要とするとは言え、学校側は教頭先生に加えて校長先生を筆頭に、僕たちの転入に前向きである事――。
「……そして、その学校は、譲司君が入学候補だった学校の1つだった、という訳ね」
「う、うん……なんだか、出来過ぎた話だけど……」
――頬をつねっても痛いし、間違いなくこれは幻想ではなく現実の話だ、と彩華さんは実演しながら答えた。
一方、そんな彩華さんにも驚くべき情報が持たされていた。あの教頭先生が、彩華さんの父さんである綺堂家の当主・綺堂玲緒奈さんと知り合いだというのである。特に彩華さんが驚いたのは、彩華さんの父さんである玲緒奈さんが、教頭先生に家族の事を教えていた事だった。普段から綺堂家の当主として威厳ある姿を保ち続けているという玲緒奈さんは、自身と関係が深い親戚ぐらいにしか、家族を始めとしたプライベートの要件を口に出さない、という。つまり、教頭先生は玲緒奈さんと家族の事を語り合えるほどの深い間柄だ、という訳だ。
もしかして、教頭先生は綺堂家の親戚筋なのだろうか、という問いに、彩華さんはその可能性を否定する仕草を見せた。
「もし親戚なら、綺堂家が主催するパーティーなどに出席しているはずよ。そして、綺堂家当主の娘である私の顔もしっかり覚えているはず」
「ああ、そうか……彩華さんだって初対面で分からなかったよね……」
彩華さんが回答した理由に納得しつつ、もし機会があったら改めて教頭先生に詳細を尋ねてみよう、と僕は提案した。今回の話の本筋からずれているので、もしかしたら難しいかもしれない、という言葉にも、彩華さんはその時はその時だ、と同意してくれた。
「……で、話を譲司君の方に戻すけれど……」
そして、彩華さんは僕の顔をじっと見つめながら尋ねた。率直な話、教頭先生からの誘いをどう思っているのか。譲司君=僕自身の本当の思いを聞きたい、と。
その真剣な表情に少し圧倒された僕はしばらくの間言うべきか否か悩んだけれど、そのような『悩み』は必要ない事を悟った。ここで嘘をついたり誤魔化したりする理由は何もないし、むしろ彩華さんも僕も傷つくという大きなデメリットが生じるからだ。そう考えた僕は、咳払いをして緊張を抑え、ゆっくりと思いを形にしていった。
「……正直に言って、僕にとっては『渡りに船』だった。まさか、こんなうまい話が飛び込むなんて、思いもしなかったよ……」
一度は進学を諦めた場所という事、ネットでの評判が比較的良い事、そして何より『鉄デポ』の教頭先生が務めている事。僕にとって、あの提案は心を掴む要素しかない、非常に魅力的なものだった。
とは言え、教頭先生が口にしていた『いじめ対策が万全』という言葉が、いじめを完全に排除している、という事を示すかどうかは分からなかった。できればそうなってくれた方が理想的だけれど、そういう場所は存在しないだろう、というのが僕の悲観的な考えだった。それでも、教頭先生という強い『鉄道オタク』の味方がついている事が確定しているのは、とても心強い事だった。
しかし、僕にはそれ以上に、魅力的に感じる要素があった。入学時に行う試験さえ合格すれば――。
「……彩華さんと同じ学校の制服に袖を通す事が出来る。それが、一番の魅力だったんだ」
――僕にとって最良と言える選択肢は、綺堂彩華さんという『特別な友達』と共に、同じ学校へ行く事。教頭先生の話に乗れば、きっとその希望、その欲望に限りなく近づくことが出来る。
彩華さんと一緒にあの学校へ行く。それが、教頭先生の話を聞いて心に描くことが出来た、未来予想図だ――僕は彩華さんにはっきりと自分の考えを伝えきることが出来た。
「……ありがとう、譲司君」
僕の言葉に、彩華さんは満面の笑みを見せてくれた。
一方、そんな彩華さんに僕もまた尋ねたい事があった。今回の教頭先生からの転入の一件について、彩華さんの父さんである綺堂玲緒奈さんや執事長の卯月さんを始めとした人々から、何も聞いていなかったのか、と。そうでなければ、彩華さんが僕たち和達家と共に驚きの声を上げる事は無かったはずなのだから。
そして、結果はやはり僕の思った通りだった。彩華さんは今回の一件について誰からも詳細を聞かされておらず、まさに寝耳に水と言った状況だったというのだ。
「こんな大事な要件を伝えないなんて、言われてみれば確かに不思議ね……お父様や卯月さん、どうしてなのかしら……」
ただ、同時に彩華さんはこのような推測も行った。教頭先生が僕や彩華さんの状況を既に把握し、その上で先生が務める学校への転入を提案したという事は、既に彩華さんの父さんである綺堂家当主の玲緒奈さんとの間に、何かしらの相談か何かがあったに違いない、と。
確かに、マイペースで突拍子もない事を言う教頭先生でも、流石に自分たちの気まぐれで僕たちを学校へ招き入れるなんて事は絶対にしないだろう。間違いなく、深い繋がりを持つ玲緒奈さんとこの事態について言葉を交わしたはずだ。だとしたら、もしかして――。
「彩華さん……もしかして、教頭先生は彩華さんの父さんから転入の許可を貰ったのかもしれない……!」
「えっ……そ、そうかしら……!?」
「それで、もしかしたらサプライズみたいな感じで僕たちの前で発表したのかも……」
――僕の希望的な観測に対し、彩華さんはそうだととても嬉しいし願ったり叶ったりだ、と語りつつも、自分たちが勝手に推測したぬか喜びだったら困るかもしれない、と慎重な意見を述べた。
でもその通り、教頭先生自身から実際の意見を貰わない限りは、どうなのか判断がつかない。リビングで行われている大人の話し合いが終わった後、絶対に聞いた方が良いだろう、と僕や彩華さんは納得し合った。
「……でも、私はどんな場所でも良いから、譲司君と同じ学校へ通いたい。その気持ちだけは絶対に揺るぎないわ。例え、父が反対の立場をとろうとね」
そう語る彩華さんの表情は、その未来が確定したかのような、自信に満ちた凛々しいものだった。
やっぱり、彩華さんは僕と違って自分の意志をが貫き通す心を持ち合わせている。色々と誤解が生じた結果とはいえ、公園でも僕が対応に悩んでいた時、『不審者』に間違われた教頭先生を相手に毅然とした態度を見せていた。この『強さ』が、綺堂彩華さんをより素敵に、より格好良く見せているのかもしれない。改めて、彩華さんが僕の『特別な友達』でいてくれて、本当に良かった――。
「……あら、どうしたの譲司君?そんなに私の顔をそんなに見つめちゃって」
「え、な、何でもない……です……!」
――不意を突かれた結果、つい敬語になっちゃった僕だけれど、その気恥ずかしさはすぐに無くなった。彩華さんの微笑みのお陰で、僕の心は安心感に包まれたのだから……。
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