第56話:鉄道オタクの気になるお宅

 有名スタイリストのコタローさんが経営するヘアサロンへ梅鉢さんと一緒に訪れ、『ファーストクラス』という称賛通りの綺麗な髪型と、よりよい髪型に整えるテクニック、そして14,000両以上も生産されたチェコスロバキアの路面電車・タトラT3に関する謎と不思議を手に入れた、その日の夜。

 食事を終えて自室へ向かい、のんびりと過ごそうとした僕のスマホに、梅鉢さんから電話がかかってきた。

 

『もしもし……あ、よかった、通じたわね!』

「あ、梅鉢さん……もしもし、何かあったの?」

『ううん、特に何もないわ。でも……』


 今日、あれだけ長い時間一緒の時間を過ごし、髪型や鉄道の事をたっぷり語り合ったのに、いざ途中で別れて家に帰るとどこか寂しくなってしまう。だから電話をかけて安心感を得ようとした、と語る梅鉢さんの気持ちに、僕は共感していた。

 正直言うと、僕もこうやって梅鉢さんと声を交わすだけで、夜に感じる一抹の寂しさを払いのけるような気持ちになれるからだ。


「きょ、今日は……とっても良い体験が出来たよ……ありがとう」

『どういたしまして。まあ、「デート」っていう程本格的なものじゃなかったけどね……』

「そ、そうだよね……み、みんなはデートだって言ってたけど……」


 僕と梅鉢さんにとって、デートは一緒にご飯を食べたり同じ場所へ長時間出掛けたりする事であり、今回はただヘアサロンに一緒に行って髪を切ってもらうだけの『お出掛け』だ、という捉え方で一致していた。

 それに、正直言って今日は梅鉢さん以上に、髪を切って貰っている最中のコタローさんの話の方が印象に残ったのも事実だ。

 でも、『鉄デポ』の皆は勿論、僕の父さんまで揃って今回のお出掛けを『デート』だと褒め称えていた。客観的に見ればそういうものかもしれないけれど、皆から指摘されるとどこか気恥ずかしいものがある、と僕と梅鉢さんは同じ意見を語り合った。


『ま、まあ、本格的なデートはまた今度という事にしましょう……』

「そ、そうだね……」


 互いに照れ笑いの声を電話を通して響かせていたあと、僕は改めて梅鉢さんと一緒に今日の出来事を振り返った。

 色々と楽しい思い出が出てくる中、梅鉢さんはどうしても言いたい事があるのを思い出した、と告げた。それは、店を後にする直前にコタローさんが僕たちに突き付けた、タトラT3に関する謎――東側諸国向けに製造されたはずの路面電車に、何故西側諸国であるアメリカの路面電車の技術が使われているのか、という点だった。

 

『これに関してなんだけど……譲司君なら大丈夫だと思うけれど、ネットで「回答」を検索していないわよね?』

「う、うん……!それなら、大丈夫だよ」


 普段の僕は、気になった事があるとすぐに本やネットを駆使し、回答を調べるようにしていた。答えを調べる事への安心感に加えて、新たな知識を知りたいという欲があったからだ。

 でも、今回の一件に関しては、敢えてその『癖』を封印する事にしていた。当然だろう、ここで答えを知ってしまうと、次にコタローさんの店を訪れた時の楽しみが無くなってしまうからだ。


「だから、今回は『ネタバレ』を避けようと考えているんだ……まあ、そもそも日本語で読めるタトラT3の資料はまだ少ないようだし……」

『なるほど、それならうっかり触れる心配も要らなさそうね。勿論、私も十分に気を付けるわ』

「あ、ありがとう……や、約束しよう……!」

『そうね、大事な事だもの』


 改めて約束を交わしたのち、僕たちは店を後にし、電車に乗り、駅前で別れた後どのように家に帰ったのか、どのように過ごしたのかを語り合った。

 梅鉢さんはあの後、いつもお世話になっているというお姉さん――僕も一度会った事がある綺麗なお姉さんに偶然出会い、そのまま家まで車で送ってもらったという。

 一方で、僕は徒歩で帰宅し、父さんや母さんに迎えられた。とっても格好良くなった、イケメン男子の仲間入りだ、という若干大げさかもしれない誉め言葉と共に。


「褒めてもらえるのは嬉しいけど……ちょっぴり恥ずかしかったかな……」

『あら、譲司君が更にイケメン男子になったのは本当の事だと思うけど』

「あ、ありがとう……な、なんだか嬉しいというかなんというか……」

『ふふ……譲司君のご両親、話を聞くたびに素敵な方々だと思うわ』


 時々話題に出している僕の父さんや母さんの話を聞いているうち、そんな感想を抱いたという梅鉢さんの言葉に、僕はまるで自分が褒められたような嬉しい気持ちになった。たまに恥ずかしがらせるような事も言ってしまうけれど、何だかんだで僕もそんな父さんや母さんを誇りに思っているからかもしれない。

 すると、その言葉に続き、梅鉢さんはこんな事を尋ねてきた。


『そういえば、譲司君はご両親と一緒に住んでいるのよね?』

「う、うん、そうだよ……父さんや母さんと一緒に、駅の近くの住宅地にある一戸建てに住んでいるんだ……」

『へぇ、そうなの……』


 少し前――僕がいじめへの我慢が限界に達した日、梅鉢さんがお世話になっているお姉さんの車に乗せてもらい、学校から僕の家の近くまで送ってもらった事があった。

 でも、その時は辺りも暗かった事もあり、どれが僕の家か分からず、それ以降少しだけ気になっていた、と梅鉢さんは語った。


『それで、譲司君は自分の部屋は持っているの?』

「う、うん、でもいつも散らかってる感じかな……鉄道の資料ばかりいっぱいある状態で……だ、だから写真は……」

『大丈夫よ、写真まで送らなくても。それに……えへへ、私の部屋もそういう感じだから……』

「そ、そうなの……?」


 梅鉢さん曰く、僕の部屋と同じように鉄道関連の本や資料、DVD、そして鉄道模型や玩具などが大量に置かれており、新しい資料を見つける度に収納場所に困る日々を過ごしているという。

 最近は場所を取らない電子書籍の購入を進めているけれど、今度はパソコンやスマホの容量が困りそうだ、という梅鉢さんの言葉に、僕は大いに納得した。

 そして、この機会を活かし、僕は梅鉢さんに同じような質問を返した。ずっと気になっていたけれど、梅鉢さんはどこに住んでいるのか、ご両親と一緒に暮らしているのか、と。


『そうね、私も譲司君のように一軒家に住んでいる感じかしら。お父……じゃない、親と一緒に暮らしているわ』

「そ、そうなんだ……」

『でも、私の場合、親が仕事で忙しくて家を空けている時が多いの。それで……』

「……ああ、それで『お姉さん』のお世話になっている事が多い、っていう……」

『まあ、そう捉えてくれれば嬉しいわ』


 きっと、あの『お姉さん』は梅鉢さんの近所に住んでいて、一人ぼっちの機会が多い梅鉢さんに様々な事を教えてくれていた人なのかもしれない――梅鉢さんの言葉を頼りに、僕は色々と状況を想像した。

 でも、実際のところは梅鉢さんだけではなく『お姉さん』本人にも聞かないと分からない事。また機会があったら、詳細を尋ねてみたい、と考えていた時、突然梅鉢さんから、こんな提案が飛び出した。


『それにしても、譲司君の家には色々な鉄道の本があるんでしょう?一度訪れてみたいものね……』

「ぼ、僕の家……!?で、でも、僕の部屋って、凄い汚れているし、そ、その……」


 僕が慌ててしまったのも仕方ない。整理整頓も出来ておらず、本や紙、数々の資料でごちゃごちゃになっている部屋に案内するのは幾ら何でも失礼だし、そもそも僕の家に友達を呼ぶ、という経験すら、今まで行った事が無かったからだ。

 そんな状況でも大丈夫なのか、と尋ねた僕に、梅鉢さんは全然心配ない、と返してくれた。自分の部屋も似たような感じだし、よく『お姉さん』や親に綺麗にするよう釘を刺されてしまう事もある、と苦笑いを交えながら。


『だから、そんなに心配する必要はないわよ』

「そ、そうかもしれないね……ただ、今はちょっと……難しいかな……」

『そうよね。まず、譲司君の「いじめ」問題を何とかしないと……』

「う、うん……悪いけれど、僕の家に来てもらうのはその後で……」


 それに、逆に僕の方も梅鉢さんの家を訪れてみたい――そう尋ねた時、梅鉢さんが少しだけ気になる言葉を発した。


『私の家……ふふ、訪ねたらきっとびっくりするかもしれないわよ』

「そ、そう……?」


 家を訪れただけでどうしてびっくりするのだろうか、僕には梅鉢さんの発言の意図がよく分からなかった。

 ただ、僕が語るどんな話でも理解してくれるし、何より『気動車』に関しては僕以上の知識を持っている梅鉢さんの事だから、もしかしたら僕の目玉が飛び出そうになるほど、物凄い数の貴重な資料を持っているのかもしれない――僕はそう解釈する事にした。


『ふふ、お互いの家へ行く日が楽しみね』

「そ、そうだね……!」


 こうしてその日、僕と梅鉢さんはたっぷりと互いの思いを共有できる素晴らしい時間を過ごすことが出来た。

 今の状況が落ち着いた時、今度こそはっきりと2人で『デート』と呼べる時間を過ごしてみたい、と思いを馳せながら、僕はもう少しだけ梅鉢さんと会話を続けることにした……。

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