第7話:一緒に行かない?

「全く……本を滅茶苦茶にして大笑いするような連中がいるなんて……ますますこの学校には失望したわ……」

「うん……」


 それも、この学校のスポンサーがわざわざ寄付してくれたという鉄道の本をターゲットにするなんて、ふざけているにも程がある、と憤りをあらわにしながら帰り道を歩き続ける梅鉢さんの横で、僕は俯いたまま首を上げることが出来ずにいた。

 確かに梅鉢さんも図書室のおばちゃんも、僕には責任なんて一切ない、悪いのは本に被害を与えた連中だ、と慰めてくれた。

 でも、その行動が鉄道オタクである僕を苦しめるためのいじめの1つなのは間違いない。僕に対する酷い仕打ちに、梅鉢さんたちが巻き込まれかけている事が、どうしても辛かったのだ。


「元気出して。図書室のおばさんが言ってたでしょう?きっと本は戻ってくるって」

「……うん……ごめんね、気を遣わせちゃって……」

「……譲司君……」


 本当はここで元気を出さないといけないのに、僕はどうしても心の中のわだかまりが取れる事がなく、余計に梅鉢さんを悩ませてしまっている。

 励ましてくれる人が隣にちゃんといるのに、その気持ちを素直に受け取ることが出来ないまま混乱させてしまっている。やっぱり僕は駄目な鉄道オタク、いじめられて当然の情けない人物だ――そんな考えまでよぎってしまった、その時だった。


「……ねえ、譲司君?」


 一つ提案があるんだけど、と尋ねてきた梅鉢さんは、続けて僕に質問をした。休日となる明日か明後日、予定は空いているか、と。


「う、うん、一応空いているけど……」


 本当は予定があったけれど大した事ではないだろうと考え、何の気なしに僕がそう答えると、梅鉢さんの瞳が嬉しさできらきらと輝いているように見えた。

 そして――。


「今度の休日、私と一緒に図書館へ行かない?」


 ――梅鉢さんは笑顔を見せながら、僕を『デート』に誘った。


 最初、僕の意識は『図書館』という言葉の方に向いていた。丁度僕も、今度の休日を使って図書館から借りていた鉄道の本を返し、新しい本を借りる予定を立てていたからだ。

 僕は学校の図書室に加えて、家から少し離れた場所にある図書館に立ち寄り、鉄道の本を借りる事を日課にしていた。学校の図書室にも寄付された沢山の鉄道の本があったけれど、行きつけの図書館の交通コーナーには更に豊富な鉄道関連の本が置かれている。それを目当てに、僕は度々その場所を訪れていた。

 そして、今回は梅鉢さんも一緒にその図書館へ行く。そう、僕と一緒に――。


「……え、え、ええええ!?!?」


 ――その事実にようやく気づいた瞬間、僕の顔は一瞬で沸騰してしまった。

 そもそも友達も碌にいなかった僕は、両親以外の誰かと一緒に出掛ける事なんて今まで無かった。それなのに、恐らく初めてとなるお出かけ相手が異性、学校一の美少女、そして僕と同じ鉄道趣味を有する同志となれば混乱するのも当然だろう。

 

「どう?気分転換に、一緒に図書館で本を探すっていうのは」

「う、う、うーん……」


 突然の発案に悩む仕草を見せてしまう僕だったけれど、実際のところは悩む理由なんてどこにもなかった。

 この機会を逃せば、梅鉢さんと一緒にいる時間が今までより減ってしまうかもしれないし、何よりここで断ってしまうと梅鉢さんはどう考えてしまうだろうか。もし僕が梅鉢さんの立場だったら、断られてしまうとショックを受けて、僕をダメな存在と見做してしまうかもしれない。そうなると、選択肢は1つしかない。そして、その選択肢を望んでいるのは、梅鉢さんでななく僕自身なのではないか。

 色々と考えた僕は、恐る恐る梅鉢さんの少し冷たい手に触れながら、ゆっくりと決意を述べた。


「……行こう、僕と一緒に、と、図書館へ……!」


 肝心なところで噛んでしまったけれど、幸い梅鉢さんはそんな細かい事は気にせず、一緒に行ける事を大いに嬉しがっていた。

 その様子を見て、隣にいる大切な友達の心に傷を負わせることが無かった事に、僕はほっと胸をなでおろした。


「ね、ね、それでスケジュールはどうする?何時集合?待ち合わせ場所は駅前広場でいいかしら?」

「ちょ、ちょっとごめん……じっくり決めながら帰ろう……」

「そうね、ごめんなさい。せっかく出掛けるんだから、一緒に考えましょう」


 そして、夕日が沈もうとする道を歩きながら、僕と梅鉢さんは互いにアイデアを出し合い、一緒に過ごす休日の予定を決めていった。勿論、双方とも無理はしない範囲で。


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「そうか、今度の休日は図書館に行くのか」

「気を付けてね」

「うん、ありがとう……」


 学校から帰った僕は、父さんや母さんと一緒に夕食を食べている間に、次の休日の予定を連絡した。

 僕が図書館へ行くのはいつもの日課なので、特に父さんも母さんも気にせず受け入れてくれた。そしておかずに手を伸ばそうとした時、母さんが僕にある事を伝えた。今の僕から、普段よりどこか楽しそうな雰囲気を感じたというのだ。


「え、そ、そうかな……?」

「そうよ。なんだかいつもより嬉しそうじゃない。新しい電車の本でも入ったの?」

「う、うーん……ちょっと違うかな……」

 

 実は、という僕の言葉は、先に答えを述べた父さんに言われてしまった。

 友達と一緒に行くのか、と尋ねた父さんの言葉に、母さんは少し驚いたような、でもどこか嬉しそうな表情を見せた。当然だろう、いつも家でも学校でも独りぼっちだったという僕に、図書館へ一緒に行くほどの『友達』が出来たのだから。


「お友達が出来たの?」

「う、うん……学校で知り合った友達なんだけど……僕と同じように鉄道が大好きで……」

「へぇ、良かったじゃない!趣味が合うお友達と出会えるのは素晴らしい事よ」

「母さんの言う通りだぞ、譲司。折角一緒に行くんだから、たっぷり電車の話で盛り上がってこい!」

「あ、ありがとう……父さん、母さん……」


 父さんも母さんも、いつも僕を応援してくれていた。小さい頃から引っ込み思案で内気、鉄道の事以外は得意分野が見つからずじまいだった僕を優しく励まし、味方になってくれた。そして今も、『友達が出来た』という事を自分の事のように喜んでくれている。僕は、そんな両親を立派な大人として尊敬していた――。


「それにしても譲司、その友達って言うのは男子か?女子か?」

「え、え……!?」

「女子なら格好良い所を見せて、頼もしさをたっぷりアピールするんだぞ!父さんもだな、母さんと大学で知り合った時にたくさん素敵な所を見せて、母さんをすっかり惚れさせて……うーん、いい思い出だ……」

「もう、何言ってるのかしら。譲司知ってる?あの頃の父さんはいつもおっちょこちょいで……」

「わーわー!その話は恥ずかしいから!また次の機会に、な、な!」

「ふふふ♪」


 ――今でも仲睦まじい所も含めて。


 もしかしたら将来、梅鉢さんとこうやって仲睦まじく互いの思い出を語り合える仲になるのかもしれない。そんな妄想が浮かんだせいで、つい顔を真っ赤にしてしまった僕だけど、内心は嬉しさや楽しみでいっぱいだった。

 早く休日にならないかな、という未来を待ち遠しく思う気分が、僕には溢れかえっていた……。

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