第4話:放課後の連結運転
「ナガレ君の動画見た!?凄くない!?」
「見た見た!いいよねアレ!ナガレ君マジ推せるんですけど!」
オタク系の女子たちが、最近話題の動画配信者の話題で盛り上がっている。
「『スーパーフレイト』の新曲いいよなー!」
「やっぱり俺たちが推してるだけあるよなー!特にセンター!」
クラスの権力ピラミッド上位の男子たちが、巷で人気の女性アイドルグループを取り上げている。
「サクラっちがアップしてた写真良かったよねー」
「マジ最高だったよねー、うちらも参考にしよっと♪」
その近くでは、同じくクラスのカースト上位の女子たちが、ネットで活躍しているインフルエンサーを褒め称えている。
「シグナたん最高過ぎっしょ!」
「昨日なんて動画越しに俺にウインクしてくれたし!絶対にあれは俺に向けてだし!」
教室の端では、オタク系の男子たちが、お気に入りのVTuberをどこまでも推し続けている。
賑やかで和気あいあいとしたような雰囲気が昼休みの教室のあちこちで生まれているのとは裏腹に、この僕、和達譲司は相変わらず孤独だった。
声をかけてくる生徒がいないわけではなかったけれど、その言葉は全て――。
「ようでんちゃくん♪今日はどんなでんちゃにのりたいのでちゅか~?」
「うわ無視かよ、マジ気色悪い」
「あーあ、教室にキモい鉄オタがいるお陰で教室の空気最悪なんですけどー」
「鉄臭いし早く消えろって」
――『鉄道』が大好きな僕に対する侮辱の内容だった。
周りから次々に心を突き刺してくる言葉の数々に耐えながら、母さんが作ってくれた弁当を食べる事に必死に集中し続ける。
これだけなら今まで通りの日々だったけれど、あの日から僕の心は少しだけ変わった。
梅鉢彩華さん――僕と同じ、いや僕以上に鉄道の事が好きで好きでたまらない、長い黒髪をたなびかせる、この学校でも屈指の美人生徒。
彼女と僕は、図書館で互いの趣味を知った事で、あっという間に打ち解けたのだ。
梅鉢さんの事を懸命に思い浮かべ続けた僕は、ほんの少しだけ周りからの罵声を耐える事が出来る余裕が生まれたように感じた。
(ごちそうさま……)
そして、周りからの罵声に耐えながら何とか今日もご飯を食べ終えた僕は、ふとある事を思いついた。
いつもは逃げるように図書室へ直行していくのが日課だけど、心に思い描いていた梅鉢さんの明るい表情が無性に見たくなったのだ。
昼休憩の間、一体何をしているのだろうか。折角だから、一緒に図書室へ行こうと声をかけてみようか。
そう考えた僕はゆっくりと席を立ち、少し廊下を歩いた場所にある梅鉢さんの教室へと向かった。
そういえば、授業で教室を移動する時以外、他所のクラスの様子を覗き込むのは初めてな気がする。
でも、勝手に覗き込んで他人の様子をじろじろ見てしまうのは、傍から見てとても失礼で気持ち悪いことかもしれない。
一体どうしよう、本当に良いのだろうか――梅鉢さんのクラスの目の前でつい葛藤してしまった僕だけど、教室の前で困惑し続けている状況の方が、より周りから奇異な視線で見られているような気もした。
このまま立ち止まってばかりもいられない、と感じた僕は、勇気を振り絞って、ゆっくりと教室の中を見た。
そして、勢いのまま梅鉢さんの名前を呼ぼうとした。
「……!」
だけど、それは出来なかった。
確かに僕の目には、教室の端の方で一人黙々と弁当を食べ続けている梅鉢さんの姿が映った。
でも、その姿は僕と一緒に和気藹々と鉄道について語り合うものとも、仲良くなる以前から何度か図書室で目撃した、じっくりと好きな本を読み漁っているものとも異なるものだった。
クラスの生徒たちが『絶対零度の美少女』と噂するのも納得するほど、人っ子一人、虫一匹たりとも寄せ付けないような、ぞっとするほどの冷たい空気を纏っていたのだ。
実際、あれだけ美人と噂されているはずの梅鉢さんの周りに近寄る生徒はおらず、梅鉢さんの姿を高く評価しているはずの男子たちもただ遠巻きに見守るのみだった。
思っては駄目な事なのは知っている。だけど、今の梅鉢さんはとても怖くて恐ろしい――そんな感情を、僕は一瞬抱いてしまった。
声をかけるなんて以ての外。そんなことをしたら、自分の邪魔をする人なんて嫌い、二度と姿を見せないで、と氷のように冷たい言葉が飛んでくるかもしれない。
結局、僕は何もできないまま自分の教室へと戻ってしまった。
当然、図書室に行くだけの心の余裕はなかった。
(あれが……普段の梅鉢さんの姿……)
恐れを抱いてしまった僕だけど、同時にどこか可哀想にも感じた。
梅鉢さんの怒りや苛立ちの感情はどこから生まれているのだろうか、どうやって発散させれば良いのだろうか。
その手伝いが、この僕のようなちっぽけな存在にできるだろうか。
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「ご、ごめん、今日も遅くなっちゃった……」
放課後、いつものようにクラスの生徒たちから掃除を押し付けられ、誰からも手伝われる事なく何とか1人で様々な業務をこなし終えた僕は、道具を片付けたのち、一直線に例の場所へと向かった。
図書室で出会ったあの日以降、僕と梅鉢さんは掃除が終わった後、普段は誰もいない、屋上へ向かう階段の踊り場で待ち合わせをするのが日課になっていたのだ。
「いいのいいの、掃除お疲れ様。今日も一緒に鉄道の話しましょう、ね、ねっ!」
そこにいたのは、昼間の『絶対零度の美少女』という異名とは正反対、常夏のような満面の笑みを見せる、好奇心旺盛で明るい梅鉢さんだった。
一緒に鉄道の話で盛り上がれることに興奮を隠せない、いつも通りの梅鉢さんの姿に、僕は心の中で安心していた。
「じゃ、じゃあ一緒に図書室へ行く……?」
「うーん、今日はここで一緒に話さない?良い本を持ってきたのよ」
「僕にも見せてくれる……?」
「勿論!一緒に読みましょう!」
そして、早速僕たちは梅鉢さんが持ち寄った、少し古めの鉄道の本を話の種に、交友を深めあった。
今日の主題になったのは、鉄道車両の『連結運転』――鉄道オタク風に言うと『分割・併合』についてだった。
たかが連結、されど連結。鉄道車両は、ただ単に連結器で繋げればよいというものではない。
速度を上げたり下げたりした時、編成全体に伝わる衝撃をどれだけ少なくするか。ブレーキや電気回路をどうやって繋ぐか。そして、いかに安全、そして迅速に鉄道車両同士を連結するか。それらの課題を克服するために、日本を始め世界中で様々な研究が古くから進められているのだ。
「梅鉢さんが好きな気動車は、特に連結運転が多かったんだよね」
「そうそう。国鉄時代には日本中で沢山の気動車急行が分割・併合運転を行っていたのよ。流石、よく知ってるわね」
「うん……確か凄く複雑だったんだよね……」
空気ブレーキ用のホース、電気回路を繋ぐジャンパ線、それに車両同士を行き来するために欠かせない『幌』。
国鉄時代、気動車列車が連結したり切り離ししたりする駅では、職員さんが事前に確認した列車の運行表に従い、重い幌を持ち運んだりホースやジャンパ線の位置を確認したり、様々な工程をこなしていたという。
自分たちにはとてもできない凄い仕事だよね、という僕の言葉に、梅鉢さんは同意の頷きをしてくれた。
「職員さんたちの頑張りのお陰で、気動車を使った急行列車が、複雑な分割・併合を行いながら日本中の都市へ足を伸ばしていたのよね。一度別れた2つの列車がまた途中駅で1つの列車になったり、同じ駅で連結相手が切り替わったり、私鉄の気動車を繋げたり……」
「そういえば普通列車だけど、客車列車と気動車が連結していた写真を見た事があるよ」
「東北地方とかにあったみたいね。それに、電車と気動車の連結運転も九州や北陸、北海道で実現しているし、特に九州や北海道では、先頭の車両から一括でブレーキなどが制御できる『総括制御』が可能になっている。私たちが考えられる『分割』『併合』のパターンって、ほぼ日本で現実に起きちゃっているのかもしれないわ」
「そうだよね。新幹線だって山形や秋田へ向かう列車が連結運転を行ってるし……」
分割・併合――列車を安全かつ迅速、そして正確に繋ぐ様々な技術によって実現した、多種多様な連結運転。
趣味的に非常に興味深い内容で話が盛り上がる中、嬉しい感情を一切隠さない梅鉢さんの横顔を見て、僕はふと思った。
(……本当に僕は、梅鉢さんの隣にいて良いのかな……)
教室の中で見せた、凍てつくような空気を纏う姿とは正反対の様相を、梅鉢さんは余す事無く僕に見せてくれるように感じる。
確かにそれは僕にとっても嬉しい事だけれど、本当にそれは僕のようなちっぽけな存在に向けて良い感情なのだろうか。
クラスで虐められるような、情けなくダサい『鉄道オタク』である僕が、誰もが畏れ、そして敬う『絶対零度の美少女』を独り占めする資格なんてあるだろうか――。
(……!)
――そう考えた時、僕は昼間、教室の中にいる梅鉢さんを見て怖い、恐ろしい、とあまりに失礼な感情を抱いてしまった事を思い出した。
そして、咄嗟に僕はある行動に出た。
「梅鉢さん……その……ごめんなさい……!」
「……え、どうしたの?」
きょとんとする梅鉢さんへ、僕は正直に今日の昼間に起こした行動を正直に語った。
この僕に、梅鉢さんと『連結運転』をする資格は無いかもしれない、という絶望のような予想と共に……。
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