第93話:昼下がりの図書室で

「お腹空いちゃった……」

「私もよ、譲司君……」


 学校へ久しぶりに向かい、僕をいじめ続けていた新たな証拠を作戦を立てて手に入れ、それを基にスポンサー=綺堂家の人たちと一緒にいじめを始めとした諸問題を糾弾し、学校への支援を打ち切るという宣言をしっかりと聞き、その過程で明らかになった『綺堂彩華』さんの秘密を図書室のおばちゃんと共に聞く――そんな感じで、様々な出来事をあっという間にこなしていた僕たちは、いつの間にか時計が昼過ぎを示していた事にようやく気が付いた。


 おばちゃんの厚意もあり、今日は特別に僕たちは図書室の中で飲食が許されていた。

 だけど、1つ大きな問題があった。飲み物は先程おばちゃんが用意してくれたペットボトル入りのお茶があったけれど、肝心の食べ物を全く用意していなかったのだ。ここまで長時間、学校に留まる事になるなんて予想していなかったのが最大の要因だった。

 そんな理由で困り顔を見せた僕と彩華さんの様子を見たおばちゃんは、申し訳なさそうな顔を見せた。てっきり僕たちがお昼ご飯を事前に持ってきたのとばかり思っていたせいで、先にお昼ご飯のおにぎりを食べてしまった、というのだ。


「本当にごめんね……おにぎり、残しておけばよかったかな……」

「い、いえ、お気になさらず……」

「そうですよ。おばちゃんもお昼ご飯を食べないと元気がなくなってしまいますから。私たちは、元気なおばちゃんの方が好きです」

「そうかい、悪いねぇ……」


 こうなったら、いっそ近くのコンビニで何か買ってこようか。でも今の時間は他のクラスでは午後の授業が始まる時間帯だし、その中で外をうろつくのは何となく妙な気分がするし、どうしよう――僕と彩華さんが悩んでいた時、突然図書室の扉を誰かがノックした。

 あまりにも突然の事に、僕は椅子から立ち上がり、大声を出してしまった。


「わっ……!び、びっくりした……!」

「ん、貴方は……」


 おばちゃんがガラスの外に映る人影に目を凝らした時、その『人』の声が聞こえてきた。部屋の中に入っても構わないか、と。

 それを聞いて、僕はほっと胸をなでおろした。図書室にやって来たのは怪しい人ではなく、彩華さんがいつもお世話になっているお姉さんこと、大谷卯月さんだったのだ。

 そして、彩華さんの了承の言葉が響いた後、卯月さんは丁寧に扉を開きながら図書室に足を踏み入れた。


「失礼します。『お嬢様』、お弁当の方を用意いたしました」

「え、本当……!?」


 卯月さんが片手に持っていた風呂敷を机の上で開くと、そこには僕や彩華さんのための弁当が、どこか豪華な装飾が施されたな容器の中に入っていた。

 驚く僕や彩華さん、そしておばちゃんの前に、卯月さんはどこか冷静な、でも優しさも混ざっている声で解説をしてくれた。

 もしかしたら、今回の一件は予想以上に長引き、下手すれば午後まで糾弾が続くかもしれない。そうなれば、絶対に僕も彩華さんも腹を空かせるはずだ。そう考えた卯月さんは、使用人や料理人の皆さんと協力して、事前に僕たちの分のお昼ご飯を用意してくれたのである。


「おふたりの口に合えば、とても光栄です」

「あ、そ、その……ありがとうございます!お、大谷……」

「和達さん、私の事は『卯月さん』と気軽に呼んで構いませんよ」

「は、はい……う、卯月さん……!」


 その言葉に甘えて、感謝の気持ちを伝えると共に、僕はお姉さんの事を『卯月さん』と下の名前でしっかりと呼ぶ事に成功した。

 一方、彩華さんも感謝の言葉を丁寧な礼を交えて述べた後、自身のプロフィールや過去、そして卯月さんの事について、僕や図書室のおばちゃんへ明かした事を伝えた。変な誤解を生まないよう丁寧に伝えた、という事もしっかり加えながら。


「了解しました。改めて……お嬢様のご説明の通り、私の名前は『大谷卯月おおたに うづき』。綺堂家の方々に仕える執事長です」

「私たち綺堂家をいつも支えてくれる、頼もしい人材です」

「そうかそうか、私はこの図書室を管理する学校の職員さ。気軽に『おばちゃん』と呼んでくれてもいいんだよ……なんてね」

「分かりました、『おばちゃん』。以後、お見知りおきを」


 そんな感じで、卯月さんと和気藹々とした雰囲気になろうとしていた時、僕と彩華さんのお腹から再度大きな音が鳴り響いた。目の前にある美味しそうな弁当を早く食べたい、と僕たちの体が催促していたのだ。

 お嬢様たちの体調面に気を配れずに失礼しました、と頭を下げて謝罪する卯月さんを何とか宥めた僕だったけれど、その間に大変な事を思い出してしまった。家を出る時、僕は父さんや母さんとの間に、無事に事を済ませたら電話で連絡をする、と約束をしていた。今の今まで、その事をすっかり忘れてしまっていたのだ。

 その事を皆に伝え、慌ててスマートフォンを操作して自宅に電話しようとした時、図書室のおばちゃんがある事を僕に提案してくれた。自分たちが代わりに僕の両親に連絡を入れようか、と。


「え……い、いいんですか……?」

「君のご両親とは何度も電話で連絡し合っていたし、心配は要らないさ。まず目の前のご飯を食べてエネルギーを補給するのが先だと思うよ?」

「あ、で、でも……そ、その……」

「『糾弾』の内容ですか?その点でしたら、私もおばちゃんと共にご両親に説明しますのでご安心を……ただ、その前にお嬢様から了承を得たいのですが……」

「了承……ああ、譲司君のご両親に、『私の正体』を明かす、という事ね……」

「えっ……あ、そうか……」


 まさか僕の父さんも母さんも、僕が何度も話していた『特別な友達』が、誰もが名前を知っているはずの大富豪の令嬢だなんて予想だにしないだろう。一体どんな反応を示すだろうか、驚いて混乱しないだろうか、と心配する僕の一方、彩華さんは自身の真相を明かしても構わない、という内容の言葉を返した。今まで聞いた話を聞く限り、僕の両親は秘密をしっかり守ってくれる、優しく素晴らしく聡明な人たちだ、と判断したから、という理由を添えながら。

 父さんや母さんをそこまで褒め称えてくれる事に少し照れつつ、僕も彩華さんの言葉、そして僕の父さんや母さんの優しさや聡明さを信じる事にした。


「本当は僕がしなければならないのに……ごめんなさい……」

「気にしないでください。私たち『プロ』にお任せください」

「そうそう。自慢じゃないけれど、こう見えて電話の対応は得意だからね」


 そして、卯月さんと図書室のおばちゃんは一旦図書室を離れ、準備室へ移動する事となった。

 僕たちの前で長々と電話をされると、そちらの方に意識が向いてしまい、僕と彩華さんの会話が弾まなくなってしまうだろう、という、執事長とおばちゃん、様々な人と触れ合い続けた『年の功』だからこそできる配慮だった。


「それでは、お願いします……」


 こうして、卯月さんとおばちゃんは隣の部屋へ向かい、図書室の中にいるのは僕と彩華さんだけになった。


 『鉄デポ』ではないリアルの世界としては久しぶりとなるふたりっきりの時間、離したいことは沢山あったけれど、最初にやるべき内容は何か、僕たちは承知していた。執事長の卯月さんの心が籠った美味しい弁当にかじりつき、限界にまで達した空腹を満たす事だ。

 互いに頷き合った僕と彩華さんは、豪華な装飾が施された弁当の蓋を一斉に開いた。

 

「わぁ……!」

「みんな凄いわ……流石ね……!」


 二段重ねの容器の中に入っていたのは、まさに大仕事を終えた僕たちを祝福するような料理の数々だった。

 小豆たっぷりの赤飯、大きな唐揚げに海老フライ、ブロッコリーや人参をじっくり煮込んだ温野菜、そしてデザートのオレンジ。

 他にもまだまだたくさん入っていたけれど、そのどれもが素朴かつ魅力的、目で見ても美味しそうなものばかりだった。


 そして、僕と彩華さんは両手を合わせ、これらの料理を作ってくれた卯月さんや使用人、料理人の皆さん、これらの食材の元となった穀物や家畜などを育ててくれた人々、そしてこれらの料理に使われた『命』への感謝を込めながら――。


「「……いただきます!」」


 ――弁当タイムの始まりを告げる挨拶を、ようやく告げる事が出来た……。

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