第42話:ふたりぼっちの弁当タイム
「それにしても……考えれば考えるほど、酷い話よね……全く!」
僕以外誰もいない学校の屋上で、梅鉢さんは腕を組みながら、僕のために憤りの声をあげていた。
『鉄道オタク』である事を理由としてクラス全体から虐められ、考えられる限りのありとあらゆる酷い仕打ちを毎日のように受け続けている。
いじめの中心にいるのは、この学校の理事長の息子という、とても逆らえる立場にないような人物。
そのためか、クラスの中で僕の味方をしてくれるものはだれ一人おらず、皆のストレス発散の捌け口として『鉄道オタク』という属性を持つ僕が使われていた状況。
しかも、肝心の担任もいじめ対策を事実上放棄しており、理事長の息子の事を完全に信用している始末。
改めて声に出してみると、主観的に見ても客観的に見ても、僕が置かれていた環境は『最悪』という言葉通りだったのかもしれない。
その上で、梅鉢さんははっきりと断言した。この学校は、芯から『腐っている』、と。
その言葉に、僕の首は自然と肯定を示す動作をしていた。
そして、梅鉢さんは僕の方へにやりとした口元を見せた。それは、どこか嬉しそうであったのと同時に、何かを企んでいるような顔でもあった。
「ねえ、譲司君……いっそのこと、このまま午後の授業、一緒にサボらない?」
「え、え……さ、サボる……!?」
今までの僕なら、そんな事は駄目、授業は真面目に出ないと色々と今後に影響してしまう、と慌てて反論してしまったかもしれない。
だけど、その時の僕は、梅鉢さんが発した『悪い言葉』にどこか惹かれるものがあった。
そもそも、あのような事態――床に散りばめられた弁当のかけらや中身の食事を放置したまま教室から逃げ出すという状況、いざ戻ると何をされるか分からないし、絶対に良いことなど起きないのは目に見えて分かる事だった。
それに、僕の心の中には、号泣や告白を経て、自分の考えに正直になりたい、という感情が芽生えていた。
もう、あんな教室には絶対に行きたくない、という思いが。
でも、僕には1つだけ気がかりな事があった。
「……で、でも……サボったとしても……僕の荷物、どうしよう……」
すると、梅鉢さんは明るい声で僕に伝えた。それなら一切心配ない、後で教室に入って取り戻してくる、と。
もしかしたら、ごみ箱に捨てられたり、教科書が全部ボロボロに破られてしまっているかもしれない、という予感を告げても、梅鉢さんは一切嫌な顔を見せなかった。どんな状況になっていても、絶対に教室から持ち出して見せる、と宣言してくれたのだ。
そんな優しくも頼もしい『特別な友達』にかける言葉は謝罪ではない、というのは、つい先程しっかり忠告された事だ。
「……ありがとう、梅鉢さん……」
「どういたしまして。それに、まだ『肝心の事』が済んでいないでしょう?」
「か、肝心な事……あっ……!」
「そう、まずお弁当を食べて、お互い元気を取り戻しましょう!」
そういう梅鉢さんが用意していた弁当を見て、僕は驚きの表情を作ってしまった。当然だろう、二重構造の箱の大きさと言い、蓋を開けて見せてくれた豪華な中身と言い、明らかに梅鉢さん1人で食べきれる量ではなかったからだ。
一体こんな弁当をどうやって用意したのか、とつい尋ねてしまった僕に、梅鉢さんは少しだけ苦笑いをして事情を教えてくれた。
僕が弁当の中身をおすそ分け出来たら良いな、と考えていたのと同じように、梅鉢さんもまた僕と一緒に中身を共有する事を楽しみにしながら、弁当を作ってくれていたのだ。
「気づいた時には凄い量になっちゃって……2人で食べきれるか心配になっちゃったのよね……」
「ううん、大丈夫……言っちゃ駄目かもしれないけれど、結果オーライだったかも……」
「確かにあまり喜んじゃいけないかも……でも、譲司君と一緒にお弁当を食べることが出来るのは嬉しいわ」
「ぼ、僕もだよ……」
幸い箸についても、屋上の床に落としてしまった場合などいざと言う時の予備として複数の割り箸を用意してくれており、ありがたく使わせてもらう事にした。
そして、僕たちは屋上の床に行儀悪く座り、互いに手を合わせていただきます、の合図をした。
「……美味しい……凄く美味しいよ、梅鉢さん……!」
最初に口に入れた唐揚げの美味しい味が、僕の舌のみならず、落ち着きを取り戻し始めていた僕の心にも『美味しさ』という安らぎをたっぷりと与えてくれた。口から感嘆の言葉が出たのも当然だったかもしれない。
それを聞いた梅鉢さんは、早速今日作ってくれた美味しい弁当の中身を楽しそうに教えてくれた。俵状に握ったおにぎり、作りたてを詰め込んだ唐揚げにハンバーグ、可愛らしいタコさんウインナー、和風らしいブロッコリーやトマトが彩りを見せてくれるサラダ、デザートとして用意してくれた瑞々しいオレンジ――母さんが考案し、僕が手伝ったあの弁当に負けずとも劣らない、美味しそうなメニューが揃っていた。
「いっぱいあるから、自由に食べていいわよ」
「あ、ありがとう……そ、その言葉に甘えちゃおうかな……」
「いいわよー。どんどん甘えちゃってもらった方が、私も嬉しいから」
僕はちょっぴりドキドキしながらも、梅鉢さんの弁当を頂戴する事にした。
そして、そのまま無我夢中になってその美味しさを堪能していた僕は、いつの間にやら梅鉢さんよりも多い量を食べてしまっている状況に気が付いた。あれほど心が揺れ動かされ、挙句の果てに大泣きする事態になったのならば、お腹が空くのも仕方なかったかもしれないけれど、あくまで僕はおすそ分けをさせてもらっている身だ。少しだけ心配になっていると、梅鉢さんがふと気になる内容を口にした。
こんなに美味しそうに食べているのならば、きっと『あの人』も喜んでくれるだろう、と。
「え、あの人……?」
「あ、しまった……その……少し恥ずかしいんだけど、本当はこれ、私一人で作ったんじゃないのよ」
「そ、そうだったの……?」
「うん……なんというか、これは
「あぁ……なるほど……」
おすそ分けする事も考えた献立を決めてくれたり、予備の箸を多数用意するのを勧めてくれたのも、その『お世話になっている人』のアドバイスだ、と言葉は続いた。
だから、あまり『自分が作った』と大きく胸を張って言う事は難しいし、ちょっとだけ情けないかもしれない――苦笑いしながらこちらを見る梅鉢さんを見ていた僕は、首を横に振り、そんな事はない、という思いをはっきりと伝えた。
「ぼ、僕だって、全部1人で作るのは無理だったし、母さんの手も借りて弁当を作ったんだ……」
「え、そうだったの……意外だわ」
「う、うん……今日の事を伝えたら、美味しい弁当を作ろうって気合を入れてくれて……」
「なるほど……優しくて素敵なお母様なのね」
母さんを褒めてくれた梅鉢さんの言葉に若干照れを覚えつつも、僕は何とか頭を振り絞り、言葉を紡いだ。
つい先程、誰かに頼ってしまった事を過ちだと信じ切っていた僕に、梅鉢さんは『補機』の例えまで使って喝を入れてくれた。重い貨物を運ぶ貨物列車が人生と言う峠道を越えるためには、助けとなる『補助機関車』=『補機』が絶対に必要だ、と。
それはきっと、僕たちの弁当だって同じ。自分1人だけで美味しい弁当を作るのが難しかったからこそ、誰かの助けを借り、その人の思いも存分に込めることが出来た。それは、決して情けなくなければ恥ずかしくもないはず。卑下する必要は全くないだろう――僕は、拙い言葉で梅鉢さんを励ました。
「……だ、だから……その……梅鉢さんが用意してくれたお弁当も、最高だと思う……!」
「……ありがとう、譲司君。私、うっかりしてたわ。数分前の私自身の言葉を忘れちゃうなんて」
「う、ううん……大丈夫だよ……僕もよくある事だから……」
そして、僕と梅鉢さん、揃って少しづつ元気を取り戻した事を示す笑顔を見せあった時、学校全体に午後の授業開始を告げるチャイムが鳴り響いた。これで、僕たちが午後の授業を欠席するのはほぼ確定になった。
でも、それに関しての後悔は一切なかった。というよりも、僕たちはそれどころじゃなかった。何せ、目の前にはまだ梅鉢さんが『お世話になっている人』と協力して作ってくれた、美味しいお弁当の中身がまだまだ残っているのだから。
「じゃ、次はトマトを頂こうかしら?」
「う、うん……僕はこっちのタコさんウインナーを……」
1人で食べるご飯も、家族で食べるご飯も、いつも美味しい。図書館に隣接するレストランで食べる料理も格別だ。
でも、梅鉢さん=『特別な友達』と隣り合わせになり、屋上で時間を気にせずのんびりと食べる弁当は、今までに味わった事のない味わいに満ち溢れていた。
きっと、僕ら2人だけではなく、僕たちを応援してくれている人たちの美味しさが、たっぷりとしみ込んでいたからかもしれない……。
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