第144話:希望行き新幹線建設現場
「そう……私たちの『先輩』、譲司が言う『教頭先生』の学校に……」
「うん……」
昨晩に彩華さんから勇気を出して挑めと発破をかけられたお陰からか、翌日も僕の中に残っていた勇気――彩華さんの父さんを説得したい、という思いは収まる事が無かった。そして、そのために必要となる転入先の学校の決定という事案についても、僕の心の中でしっかりと決意を固める事が出来た。そして、僕は父さんや母さんへしっかりとその思いを伝えたのである。
父さんや母さんは、僕の言葉を真剣な表情で聞いてくれた。そして、その上で敢えて質問を投げかけてきた。本当にじっくり考えた故の結論なのか、その場限りの発案ではないのか、と。
僕はその言葉に怖気づいたり苛立ったりする事無く、しっかりと言葉を返すことが出来た。今までずっと様々な選択肢の中から最良の答えを探し続けたけれど、やはり一番惹かれたのは教頭先生の学校だった。父さんや母さんの先輩にあたる『教頭先生』に信頼が置ける事、僕自身が入学先の候補として選んでいた学校であった事も理由だったけれど、なにより一番は学校自体に大きな魅力を感じたからだ、と。
「カリキュラムも、部活動も、校則も、何度もパンフレットなどの資料を読んで確かめた。だからこそ、僕ははっきりと言いたい。この学校なら、僕と彩華さんにとって理想的な学校生活が過ごせるはずだって」
そして、もしこの学校への転入が確定したとすれば、今までよりも早起きしないと登校時間に間に合わなくなってしまうかもしれないけれど、頑張って規則正しく早寝早起きを心がけて見せる、という抱負も加えた。
そんな僕の様子を見て、父さんや母さんはしばらく顔を見合わせた後、僕の方を向いて満足したような微笑みを見せた。
「……よく言ってくれた、譲司」
「そこまでしっかり考えてくれているのなら、私たちは譲司に全てを託せるわ」
「父さん、母さん……」
そして、父さんや母さんは、ある事実を打ち明けてくれた。実は、ずっといくつかの候補の中から悩み続けていたように見えた父さんや母さんも、僕や彩華さんが今後一番2人で幸せに学園生活を過ごせるという観点から考えれば、やはり『教頭先生』が教頭を務める学校が最良の選択肢ではないか、と考えていたというのだ。でも、ここでそれをはっきりと口に出してしまえば、僕の考えを親が制御するような事態になってしまい、今後のためにもよくない。そう考え、敢えて僕がこうやって口に出すまで黙っていたという訳である。
「それに、彩華ちゃんの父さんを説得するためにもよい練習になっただろう、譲司?」
「う、うん……そうだね……」
あの時――彩華さんの父さん、綺堂家当主こと綺堂玲緒奈さんを自分の力で説得してみせる、と教頭先生や彩華さんたちを含めた皆の前で宣言し、その際に教頭先生からいきなりその根拠を尋ねられてしどろもどろに答える羽目になった時と比べて、格段に答えにも説得力が増しているし、度胸も感じられた、と母さんは僕の対応を褒めてくれた。
「あ、ありがとう……母さん……」
「玲緒奈さんも、娘を大事に思っている1人の親。譲司の心で、悩んでいるあの人の心を導いてあげて」
「……が、頑張ってみる……!」
「それにしても、俺たちの譲司があのちゃらんぽらんだけど頼りになる先輩の学校の生徒になるかもしれない、か……」
「変な先輩だけれど、譲司や彩華ちゃんを絶対に守ってくれる信頼感はあるわよね」
褒めているのか貶しているのか少々父さんや母さんの言葉だけれど、僕はその内容におおむね同意していた。確かに教頭先生は賑やかでお調子者な人だけれど、僕がいじめられたと知った時、教師として申し訳ない、と単なる鉄道オタク仲間だった僕に涙声で謝っていた事がある。それほど自分の仕事への誇りや責任感に満ちた教頭がいる学校なら、間違いなく彩華さんと一緒に幸せな日々を過ごせるはずだ。
何としてでも、彩華さんの父さんを説得してみせる――そう決意を新たにした僕は、父さんや母さんからの了承もしっかりと得た上で転入先をしっかりと決める事が出来た旨を、彩華さんに報告するため、一旦リビングを離れた。
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それからあっという間に日にちが経過したその晩、僕は自室でパソコンの画面を見つめ続けていた。体全体に感じ続ける鼓動を抑え、気分を落ち着かせるためである。
でも、一度速くなった心拍数は、意識してもそう簡単に鎮まる事は無かった。当然だろう、夜が明けた後、僕は大富豪・綺堂家の屋敷に乗り込み、その当主である綺堂玲緒奈さんの説得を行うからである。それも、たった1人で。
彩華さんに連絡をした翌日、僕は彩華さんではなく、執事長の卯月さんから直々に『綺堂家』の屋敷へ招かれる事となった。いつもお世話になっている『お嬢様』=綺堂彩華さんの『特別な友達』を誘いたい、というものだったけれど、それが意味するのは何か、電話の内容を連絡した時に父さんや母さんから指摘された。誘われたのは『特別な友達』、つまり僕1人だけ。父さんや母さんの支援は一切受け入れられない、という事だったのである。
ただ、その事はある程度覚悟していた。あの時直接言われたように、父さんや母さんは僕に干渉し過ぎる事を嫌う傾向にあるからだ。例え一緒に悩んだとしても、最後の決定権は本人にある。だからこそ、『本番』は僕一人で挑まなければならない、という訳だ。
そして、当日へ至るまで、僕は父さんや母さんを相手に何度も『説得』の練習を繰り返した。敢えて少し意地悪な質問を投げかけてくる両親に対してどのような答えを返すのか、というあまり経験したことが無い事も行った。自分の意見と真っ向から反するような存在に自分の意見を強く伝える事がどれほど大変で根気がいるのか、改めて認識する事も出来た。ただ、それでも父さんや母さんがある程度手加減をしてくれているというのを、薄々僕は認識していた。当然だろう、僕の父さんや母さんは、大切な『息子』に本当の意味で厳しい言葉を言う事なんて到底できない人たちなのだから。
でも、父さんも母さんも、僕の事を思い最大限協力してくれている。諦めちゃだめだ、不安になっちゃだめだ――改めてそう思いながらも、相変わらず心の中の緊張や不安はなかなか解きほぐれなかった。下手すれば、このままの状態だと碌に眠れず、寝不足のまま挑む羽目になってしまうかもしれない。
(どうすれば良いのかな……)
そんなな事を思いつつ、まるで現実逃避をするかのようにパソコンの画像フォルダを漁っていた時、僕の目に留まったのは、ずっと前――まだ僕がいじめられている事を『鉄デポ』の皆や彩華さんに明かすことが出来ていなかった頃に手に入れた写真だった。
時折『鉄デポ』に遊びに来ては愉快で楽しい話を提供し、時にはプレゼントも用意してくれる、陽気な性格らしい『鉄道おじさん』。あの時、何を思ったのか鉄道おじさんは僕たちに過去に撮影したという貴重な写真を渡してくれた。そのうち僕が貰ったのが、パソコンの画面に表示されている0系新幹線――日本で最初の新幹線車両、そして世界初の高速鉄道車両が格好良く撮られている写真であった。
やっぱり0系は団子のような『鼻』が可愛くもあり、まるで飛行機の正面形状のようにも見えて格好良い、なんて事を思っていた時、僕はある事を思い出した。
今でこそ日本になくてはならない交通機関として定着した『新幹線』だけれど、東京と大阪を結ぶ最初の路線、今でいう『東海道新幹線』が建設されていた頃、新聞に「こんなものに高額の予算をかけるのならば高速道路や飛行機につぎ込んだ方がよっぽど効率的だ」「『世界三大馬鹿』と呼ばれなければ良いが……」という、新幹線に慎重な立場の意見が記された事があった。それは、とある著名な鉄道オタクの人が述べた、新幹線に対する率直な感想だったという。
当時、『鉄道』、特に様々な乗客を乗せて都市を結ぶ中距離・長距離列車は世界的に斜陽の時代を迎えていた。アメリカを始め、世界各国で飛行機や高速道路の整備が進み、自動車の性能も上がった事で、これらの交通機関こそ未来の主力になるものだ、と持てはやされた一方で、鉄道は時代遅れの産物だと見做されてしまっていたのである。そのような状況下で、わざわざ新たな鉄道路線、しかも最高速度200km/h以上という無茶な路線を建設する必要はあるのか、と疑問視したり反対したりする声が各地からあがっていた。そしてその中には、鉄道オタク界隈も含まれていた、という訳である。
そんな意見が渦巻く中で開通した新幹線が、その後の世界をどう変えたのかは、僕を始め多くの人々が身をもって経験している。都市を高速で結び、一度に多数の乗客を運ぶ『高速鉄道』という概念が世界中に大きな衝撃を与え、鉄道は決して時代遅れの産物ではない事を世に知らしめた事を。海外で出版された鉄道の歴史について記されている本でも、日本の『新幹線』が間違いなく取り上げられているほどだ。
文字通り世界の常識を変えた『新幹線』の功績を見た著名な鉄道オタクの人は、その後新幹線を褒め称えるとともに自身の発言を撤回し、謝罪したという。
そして、その後この方が再度日本の『新幹線』の歴史に好意的、協力的な立場から携わる事になったけれど、それはまた別の話――。
(……SNSがない昔でも、こういう事例ってあったんだな……)
――そんな事を考えつつ、僕は改めて新幹線へ思いを馳せた。
どれだけ外野から文句を言われても、疑問を投げかけられても、新幹線に携わった人たちは諦める事無く試験や準備を重ね、各方面を説得し、懸命の活動の末に1964年10月1日の開業へとこぎつけた。その恩恵に預かっている1人の少年である僕が、大事業に直接関係した人たちにこれっぽっちも追いついていないのは百も承知だ。でも、何を言われても自分の考えを貫き通す大事さは見習いたいし、頑張ってその人たちに追いつきたい。
新幹線レベルのハイクオリティな『未来へのレール』を建設する事は難しいとしても、少なくとも彩華さんと共に『希望の未来方面のレール』を敷くのなら出来るはずだ。そのためにも明日――。
「……よし……よし……っ」
――頑張ってみよう、と思った時、僕は少し緊張が和らぎ、代わりにじわりと眠気が包み込み始めている事に気が付いた。
落ち着くきっかけを与えてくれたあの時の『鉄道おじさん』に小声でお礼を言いつつ、僕はパソコンの画面を閉じ、明日への準備を始めた。
根拠はないけれど、きっと大丈夫、上手く行く。
もう少しだけ、僕は自分自身を信じてみることにした……。
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