鉄道オタクだからといじめられ続けた僕を救ってくれたのは、この学校で一番の美人でした。

腹筋崩壊参謀

第1章

第1話:学校と言う名の地獄

「おはよー、鉄オタくん♪」

「うわ、マジでこっち向きやがった!気色悪っ!」

「ウザいからこっち向くなよ、鉄道オタク」


 その日も、僕の学校の時間は、教室へ入った途端に響く、幾つもの罵声から始まった。

 悪口を次々に投げかける男子たち。僕の方を見ては小声でキモい、ウザいと言いあう女子たち。

 そんな状況の中、何とか辿り着いた机の上は、いつものようにたくさんの落書きで覆われていた。


 鉄道オタクは気持ち悪い。

 鉄道オタクは不気味。

 ウザイ。キモい。ダサい。目障り。

 さっさと警察に逮捕されろ、犯罪者。 

 

 言いたい放題、書きたい放題の内容を懸命に消そうとする僕の周りからは、楽しそうな笑い声が響いてきた。

 頑張れ、早く消せ、という声援のような言葉も聞こえたけれど、それらの全てが僕にとっては耳を抑えてしまう程の苦痛だった。

 当然だろう、そこに『応援』の気持ちが一切込められていないのは嫌と言う程理解しているのだから。

 でも、耳を抑えればまた周りから馬鹿にされ大笑いされる事もまた、十分承知していた。


 こんな生き地獄のような状況を、今の僕にはどうする事も出来なかった。

 出来るのはただ1つ。何とか落書きを消した机の上に伏して、周りから響く罵詈雑言に耐え続ける事だけだった。


 この僕――『和達 譲司わだち じょうじ』は、このクラスにいる生徒全員から虐められ、下に見られ、蔑まれる状況にあったからだ。


「よう鉄ヲタくーん、昨日は何のでんちゃっちゃをうんてんするゆめをみたんでちゅか~?」

「おい無視かよ鉄オタ、友達がいないお前に構ってやってるのによぉ♪」  

「そうだぜ、折角この俺たちが友達になってでんちゃっちゃの話題を聞いてあげようとしてるのにさぁ♪」


 授業の合間の休み時間、僕の周りには日頃のストレスを発散するかのようにクラスの男子たちが集まり、悪意がこもったにやけ顔で僕の方を見つめては様々な言葉を並べ続けた。

 その中には、このクラスの中で一番の人気、一番のルックス、そして『学校の理事長の息子』という一番の地位を持っている、『稲川 徹いながわ とおる』君も混ざっていた。

 僕はある程度勘づいていた。今の僕の状況を作り出しているのは、クラスの中心に位置するこの稲川君である事を。

 でも、その事実を認識したところで、僕にできるのは、机に伏せてただ必死に罵詈雑言を我慢し続ける事だけだった。


「うわ、鉄道オタクまたこっち見てるし」

「鉄オタって本当にキモいよねー」

「しゃーないよ、だって電車のオタクでしょ?」


 昼休みの間も、僕が少しでも机の上にある弁当から視線を逸らせば、自分たちの方を注目した事を嫌がる女子たちの声が飛んできた。

 世の鉄道オタクは電車相手にスケベな事ばかり考えているらしい。鉄の塊が好きだなんて、頭のネジが何本も外れてるんじゃないか。

 彼女たちの口からも、僕に向かって飛び出すのは罵詈雑言ばかり。

 そして、他のクラスの面々もまた、僕が何を言われようと何をされようとも無視を決め込むか、女子たちの言葉を聞いてくすくすと笑うばかり。

 かといって、教室から逃げ出そうとしても『鉄道オタクが逃げた』『二度と帰ってくるな』『出発進行~♪』などとからかわれ、嘲り笑われ、戻ってきたら更なる罵声を浴びせられる。

 結局、教室の中で一人寂しく、母さんが作ってくれた弁当を食べる事に集中する事しかできなかった。


 どうしてこんな事になってしまったのか。その理由を、僕は何となく察していた。

 この学校に入学し、クラス分けを行った後の自己紹介で、僕は希望に満ちた表情ではっきりと、勇気を出して告げた。

 この僕、和達譲司の趣味は『鉄道』だ、と。


 物心ついたころから、僕は『鉄道』――たくさんの人や貨物を乗せ、世界中を日夜走り続ける公共交通機関の事が大好きだった。

 レールやロープ、時には架線、様々なものに沿って走り続ける様々な鉄道車両。古今東西、日本や海外の津々浦々を走る名列車の数々。鉄道というコンテンツに秘められた様々な歴史、様々な音楽。そして、鉄道に関する多様な業務に携わり、日々の暮らしを守り続けている人々。

 僕は『鉄道』を形作る無数の要素にずっと魅了され、もっともっと深く知りたいと願うようになったのだ。


 今までずっとそういった趣味を本心から語り合える友達を見つける機会に恵まれず、ひとりぼっちだった僕だけど、この学校ならきっと同じように鉄道好きの同志と出会えるかもしれない――そんな淡い期待は、あっという間に打ち砕かれた。

 稲川君を中心に、このクラスの中で蔓延していた空気に、僕は全く気付いていなかったのだ。

 動画配信者、アイドル、ファッション、それにVTuber。様々なオタクの中で、『鉄道オタク』は最低最悪、底辺中の底辺、血反吐が出るほど気持ち悪いものだ、という風潮に。


 あちこちの駅や道、施設で迷惑をかけ続ける。ルールを平気で無視してカメラを構える。自分の知識を早口で自慢しては悦に浸る。電車の図鑑を見ては気持ち悪い笑顔を見せる。非モテ、臭そう、気色悪い、社会悪。

 このクラスで、鉄道オタクはどれだけ虐めようが馬鹿にしようが構わない存在と見做されていた。いや、下手すれば学校全体がそのような空気に包まれていたのかもしれない。

 そして、背もそんなに高くなく、顔つきも幼げ、実年齢よりも若く見られてしまう事が多い僕は、どこからどう見ても内気な少年そのものな外見。

 『イケメン』『格好良い』と呼ばれた事なんて、両親以外からは今まで一度もなかった。

 それに勉強もそこまで自信がなく、運動も大の苦手で、おまけに誰かと話す事はもっと苦手でいつも緊張してしまうという、俗にいう『陰キャ』のお手本のような主要諸元スペックの持ち主。

 クラス内の権力ピラミッドの最底辺となり、いじめの対象になるのはあっという間だった。


 そして、こんな状況になってもなお、僕たちのクラスの担任は全く動こうとしなかった。

 目の前で僕が馬鹿にされて笑われても、教科書やノートがどこかに隠されても、担任は全く関与せず、見て見ぬふりを決め込んでいたのである。

 例えいじめを受けています、と訴えようとしても、それが無駄だという事は普段の担任の行動から嫌と言うほど分かった。

 この学校の理事長の息子である稲川君と楽しそうに話す担任の姿を目撃しまっては、どうあがいても無理だと悟るしかなかった。

 あの担任が心から信頼しているのは僕ではなく、稲川君を筆頭とした、いじめを続けているクラスの生徒たちの方だという現実を、まざまざと見せつけられたのだから。

 そして、そんな様子を目に入れてしまう度に、稲川君たちクラスの面々は僕の方を見て笑顔を見せてきた。

 ざまぁみろ、鉄道オタク、と言いたげに。


 僕の居場所は、このクラスのどこにもなかった。

 

 それでも僕は毎日学校へ通い、地獄のような時間を耐え、懸命に授業を受け続けた。

 いつも応援してくれる優しい父さんや母さんをいじめに巻き込みたくないし、それが原因で迷惑をかけるようなことがあってはならない、という思いがあったのも理由だった。

 当然、父さんや母さんには、僕が学校でどのような仕打ちを受けているのか、ずっと明かせなかった。

 

 でも、それだけではなく、僕にはこの学校に通い続ける大きな理由がもう1つあった。


 その日も僕は、稲川君から教室全体の掃除を押し付けられた。

 撮り鉄を始めとする鉄道オタクは常に世間に迷惑をかけているのだから、その一員である『和達譲司』が罪滅ぼしに学校を綺麗にするのは当然の義務だ、という言葉に、僕は反論する事も出来ず、稲川君率いるクラスの面々が楽しそうに教室を去っていくのを見送る他なかった。

 それでも何とか僕は教室全体を掃き、床を拭き、そして机の整理を終えた。僕の机の上には、今朝の誹謗中傷の落書きの跡がまだ少しだけ残っていた。


 既に外は夕焼け空になっていたが、僕には帰る前にいつも立ち寄り、学校が定めた下校時刻ぎりぎりまで寛ぐ場所があった。

 それは、教室から少し廊下を歩いた場所にある、この学校の図書室だった。


「あら、いらっしゃい」

「こ、こんにちは……」


 扉を開くと、図書室で様々な業務を行っているおばちゃんが、顔馴染みになっている僕を優しく出迎えてくれた。


 生徒が騒いだ、中で食事をしたとか何かでずっと昔に自習が禁止されていた事もあり、図書室の中は今日も静かで落ち着いた空気が流れていた。

 人によっては寂しく感じてしまうかもしれないけれど、僕にとっては数々の嫌がらせや罵詈雑言で荒み切った心を落ち着かせることが出来る、貴重な空間だった。

 でもそれ以上に、僕にはここへ毎日のように立ち寄る大きな理由があった。

 鉄道趣味をどこまでも貶し続けるこの学校の空気と裏腹に、何故かこの図書室には鉄道に関する書籍が充実していたのだ。

 僕たちが住んでいる地域の本ばかりではなく、JRや私鉄、路面電車、更には海外の鉄道に関する雑誌や通信販売限定だったはずの書籍など、滅多に手に入らないような資料も多数存在していた。

 この場所なら、誰からも文句を言われる事なく、思う存分趣味に没頭できる。勿論、おばちゃんも僕を馬鹿にする事無く、むしろ数少ない訪問者として優しく接してくれる。


 この図書室は、僕にとってたった1つの学校の中にある居場所、そして『宝の山』だった。



 さて、何の鉄道の本を読もうか。どんな鉄道の知識を吸収できるだろうか。

 そんなことを考えながら、歩みを進めた時だった。


(……あ、今日もいる……)


 僕は自分以外にもう1人、この図書室に訪問者がいる事に気が付いた。

 美しく黒い長髪をゆったりと伸ばしながら、じっくりと本に目を通し続けているその女子学生の事を、僕は知っていた。


 その名は『梅鉢 彩華うめばち いろは』、通称『絶対零度の美少女』……。

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