第72話:それぞれの道へ
ナガレ君、美咲さん、トロッ子さん、コタローさん――僕が初めて『鉄デポ』を訪れた時に出会い、それ以降様々な事でお世話になっている仲間たち。それに、幸風さんと梅鉢さんという、リアルな世界で交友関係を深めた友達。
そんな面々が、僕の身に起きた『いじめ動画の拡散』という話題を聞いて急いで『鉄デポ』に集合する中、大慌てと言った様相で最後に駆けつけたのは、どこかの学校の教師と自称する教頭先生だった。
今日は早い時間から『鉄デポ』のプライベートルームにお邪魔する予定だ、と前に言っていたはず。それなのに遅くなったのは、そちらも何かヤバい事情があったのか、と尋ねた美咲さんに、テンションが高めな口調のまま、教頭先生はその理由とここに至るまでの経緯を早口で語りだした。
『それが、
『が、害虫……』
『げ、もしかして……名前も言いたくない
『うわ……もしそうだとしたら確かにヤバイっすね……』
『放置しておくと増えてしまいそうですからね……』
『だろぉ?で、そっちが無事に終わってから「鉄デポ」に行って、遅くなってごめん、ってみんなに言おうとしたら、なんだか大変な事になっててさ……』
コタローさんが述べていた通り、僕たちが『鉄デポ』のプライベートルームで互いの心を落ち着かせ、現状を逐次報告し続けていた間、『表』のチャットルームでは今回の事態に対して『鉄道おじさん』が怒りを文章にまとめてぶつけまくっていた。見るに見かねた教頭先生たちは、ここで怒ってもどうにもならない、警察など色々な組織が解決してくれるから、と必死に説得して怒りを鎮めさせた。
『そっか、あの時俺たちがブチぎれる鉄道おじさんの様子を見た時、教頭先生は既にログインしてたんすね……』
『私たち、全然気づく余裕もなかったわね……』
そして、何とか落ち着いたおじさんは、皆に醜態をさらしてしまった事の謝罪を何度もした後、重要な仕事があるのを思い出した、と語り、まるで嵐や暴風雨のように『表』のチャットルームを去っていった、という。
『いやぁ、あそこまで怒ったおじさんの言葉は見た事が無かったねぇ……怖かったよぉ……』
『気持ちがチャットの文字に滲み出ているようでしたわね……。まあ、流石に警告される事はないと思いますが、あれらのコメントは流石に削除されますわね』
『削除して欲しいよ……あれを見ると私もおじさんの怒りが乗り移ってしまうようでねぇ……』
どれだけ動画に対する憎悪に満ち溢れていたか、どれだけ『鉄道オタク』を侮辱された事への怒りが沸き上がっていたか。教頭先生とコタローさんが語る言葉からも、『鉄道おじさん』の心を少しだけ覗くことが出来た。
ただ、おじさんが余す事無く事態を語ってくれたおかげで、今回の大変な状況の裏側も垣間見えることが出来た、と言葉を続けた教頭先生は、僕の名前を呼び、こういって励ましてくれた。
『……ジョバンニ君、何度も言われているだろうけど、私も言うよ。君は、何も悪くない。絶対に、悪くない、ってね!』
もし自分が担任だったら、家に急いで駆けつけてでも対応に赴いていただろう、と教頭先生は熱い言葉を述べてくれた。
「あ……ありがとう……ございます……」
『それにひきかえ、本当に酷い奴らだねぇ。あちらのSNSを覗いたけれど、間違いなく「犯罪」だよ。警察が動いてもおかしくないレベルでね』
しかも、今回は『動画』という確固たる証拠が世界中に流出している。これでは、例え警察沙汰にならなくても、いじめた側は間違いなく碌でもない末路を辿る予想が簡単にできてしまう、と教頭先生は言葉を続けた。
『全く、碌でもない事をしてくれたよねぇ』
その言葉に皆が賛同していた時、梅鉢さんがある宣言をした。
とはいっても、そこまで大きな事態ではなく、皆よりも先に『鉄デポ』のプライベートルームを離脱する、というものだった。
『あれ、そうなると何か用事っすか?』
『そうね……そう捉えてくれたら、嬉しいわ』
ナガレ君への問いに対しての答えは、ほんの少しだけ気になる言葉だった。だけど、『特別な友達』である梅鉢さんが、怪しい事なんてするわけがないと考えた僕は、すぐにその疑念を打ち消し、この場を後にする梅鉢さんを見送る事にした。
「う、う……違う、彩華さん……きょ、今日は……本当に……あ、ありがとう……」
『どういたしまして。そしてジョバンニ君、改めて私は、皆の前で宣言するわ』
ジョバンニ君ほど、鉄道オタクの『鑑』と呼べる人は存在しない。
だから、絶対に貴方の受けた屈辱や怒りは、みんなで晴らしてあげる。
ジョバンニ君の事は、絶対に守りきってみせる。
梅鉢さんの『守る』という言葉は、聞けば聞くほど、説得力や頼もしさが増すように感じた。
「わ、分かった……」
『と言う事で、ここで今日は失礼します。ジョバンニ君も含めて無理しないように……』
そう梅鉢さんが言いかけた時、今度は美咲さんの方に動きがあった。誰かから電話がかかってきたため応対する必要があると告げ、そのまま美咲さんは一旦席を外した。そして、その間に梅鉢さんは改めて僕たちを気遣う言葉を述べ、『鉄デポ』のプライベートルームを去っていった。
そして数分後、戻ってきた美咲さんの方も、緊急の用事が出来た、との事で、今回はここでログアウトする事を宣言した。アイドルである美咲さんが所属している芸能事務所の社長から連絡があり、すぐに事務所へ向かわなければならなくなった、と言うのだ。
美咲さんのところの社長と言えば、美咲さんたちが僕や梅鉢さんへの『いじめ』への対抗手段を模索する際、一緒に考えてくれたという人だ。もしかして、それと関係している事じゃないか、と推論を述べた幸風さんだけど、残念ながらそこまでの詳細は分からなかった、と美咲さんは述べた。
『でも、ここまで大騒ぎになっている訳だし、社長も把握している可能性が高いかな……今回の件についても一緒に尋ねてみるよ』
『助かるっす、ミサ姉さん』
『ありがとうございます……』
「あ、あの……美咲さん……」
『今日はごめんね、色々取り乱しちゃって。でもそんな私……ううん、私たち『スーパーフレイト』も、みんなジョバンニ君を応援したい。その気持ちだけでも分かってくれたら嬉しいよ』
「だ、大丈夫……です……!とっても……力になっています……!」
美咲さんの言葉も、他の多くの人々の応援と共に、僕の心を立ち直らせる大きな原動力になっていた。
その気持ちを返すことが出来た僕の言葉に安心したような声を出しつつ、美咲さんもプライベートルームをログアウトした。
『いやぁ、だいぶ減っちゃったねぇ』
『そうっすね、みんな色々と忙しいみたいっすし……』
やがて、残された僕たちの中で、ここでプライベートルームを閉じて、皆の疲れをそれぞれの形で癒す方が良いのではないか、という共通の思いが芽生え始めていた。今回は本当に色々あって、正直言って気持ちの上下も激しく、『疲れたか』と言えば非常に疲れたような感じだった。でも、僕にはまだ、疲れを我慢してでもやらなければならない事があった。
「あ、あの……こ、今回の件……その……」
そして、僕は勇気を振り絞って皆にこれからどうするかを連絡した。状況を知らないかもしれない父さんや母さんに、今回の事態を丁寧に報告する、と。
どう反応されるかは未知数だけれど、それでも僕には自分の考えを伝える義務があると思った。だからこそ、勇気を振り絞ってちゃんと自分の意見と共に全てを伝える――そんな僕の言葉に返ってきたのは、皆からの激励の言葉だった。
『何度も言われちゃってるけどさ、絶対に無理はしないように!あたしからの約束だよ!』
『そうっす!頑張れなんて言わないけど、応援はさせて欲しいっす!』
『わ、私も……いじめに挫けないジョバンニさんの思い……受け取りました……!』
『そうね、健闘を祈るわ』
『ジョバンニ君、いざと言う時は思いっきりご両親に甘えてもいいんだよ。君にはまだまだたっぷり「少年時代」、そして「青春」を味わう権利があるんだからねぇ』
「み、みなさん……あ、ありがとうございます……ぼ、僕……やってみます……!」
そして、もう一度感謝の言葉を述べた後、僕は覚悟を決め、『鉄デポ』をそっとログアウトし、そのままパソコンの電源も落とした。
悪い事も何もしてないのに、リビングへ向かう廊下をゆっくりと歩く緊張感は相当なものがあった。父さんや母さんがどのような反応を示すのか、この僕、『和達譲司』と言う存在が図らずも世界中に拡散してしまった事をどう思うのか――色々な事が頭を駆け巡る中、僕はそっとリビングの扉を開き――。
「譲司……来たか!!」
「譲司……良かった、無事だったのね!本当に良かったわ!」
――直後、涙声の母さんに抱きしめられ、同じく安心したような嬉しさを見せる父さんからたっぷりと頭を撫でられた……。
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