第71話:傷だらけの勝者

「僕の……『勝ち』……?」


 コタローさんが述べた言葉の意味を、最初僕は上手く飲み込むことが出来なかった。

 当然だろう、相手は全世界に向けて僕がいじめられ続けている醜態をさらし、モザイクも無しに顔や学校などの個人情報を晒した挙句、次々に僕や『鉄道オタク』と言う属性を馬鹿にする言葉を並べ立て、全てを嘲り笑っている。そんな相手に『勝っている』なんて言えないのではないか――頼もしい大人の1人であるコタローさんの言葉に、僕は初めて疑いの感情を抱いてしまった。


『え!?で、でもジョバンニ君は全世界にいじめられている様子が晒されているじゃん!!これが「勝ち」!?』

『公開処刑以外の何物でもないっすよこれ!』


 確かにたくさんの人が応援してくれているけれど、結局一番苦しんでいるのは『ジョバンニ君』じゃないか――僕が心の中に思い描いてしまった言葉は、幸風さんやナガレ君たちが代弁してくれた。

 でも、そんな面々の中で、僕たちより一回り年齢が上だという美咲さんが、何かに気づいたような声をあげた。


『……あれ……あっ……コタローさん……これ、確かに、動画をアップした側の方が……』

『美咲ちゃんも気づいたようね。そうなのよ、私も最初はジョバンニ君になんて酷い事を、って怒りが先走っちゃったけれど、よく見たら相手側の手段が相当杜撰ずさん、考え無しなのよね、これ』

『杜撰……ですか?』


『そうよ。いじめている側が、自分たちにモザイクも音声処理も行っていない。個人名も学校も、思い当たる人が調べればすぐに分かる状態になっている……』

『……あ……!!』


 その言葉を聞いたトロッ子さんもまた、コタローさんが見定めた勝敗の意味が分かった事を示す声を出した。

 そして、残る僕たちも、少しづつ今回の状況――相手側が明らかに不利となっている状況を理解し始めた。


『そう。冷静に考えてみなさい。普通……いえ、普通じゃありえない話だけど、「誰かをいじめる」とか何か後ろめたい事をやっている時、自分の姿を隠したがるものでしょう?』

『た、確かに……』

『あまり想像したくはないっすけど……後ろから俺たちが刺されちまうのを防ぐために……』


 それなのに、彼らはそんな『いざと言う時』の防衛手段を一切取らないまま、あの時に起こった光景をそのまま世界に拡散してしまった。見知らぬ人とは言え、無茶苦茶な手段で誰かが袋叩きに遭っているのを見て嫌な気分を起こさない人は少ないだろう。そんな予想も出来なかった投稿主たちは、杜撰という言葉がぴったりだ――コタローさんは、丁寧に自分の考えを解説してくれた。

 そして、再度SNSの画面を見た梅鉢さんたちから、例の動画に対しての批判や虐められている僕を応援する言葉がさらに多数寄せられているという報告が届いた。相手側は新たに『煽り』のコメントを投稿していたようだけど、それを受けて動画の削除を求める声もますます大きくなっており、このままではこのアカウントが消滅するのも時間の問題だろう、というのは、幸風さんの考えだった。


『まあ、本家から消えてもネットにアップされた以上、これからも全世界で晒される訳になるけどね』

『「鉄道オタク」と言う理由でいじめを起こした連中、として、っすね……』


 同時に僕の顔も全世界に晒されてしまうという点で完全じゃないけれど、結果としては自滅に近いような形の結末を迎えるに違いない、とコタローさんは語った。

 

「自滅……じめつ……」

『それにしても、なんでSNSに動画を投稿する、なんて酷い事を思いついたのかしら……色々な意味で』

 

 梅鉢さんが抱いた、僕と全く同じ疑問には、あくまで推測でしかないけれど、と前置きをした美咲さんが、幾つかの可能性を語ってくれた。


 1つは、稲川君や取り巻きたちと言った、いじめられている連中が、この僕――いじめを受けた事で『鉄デポ』の皆へ助けを求めたのと同じように、『世界中に味方がいるはずだ!』と思い込み、自分たちの仲間を増やそうと動画をアップロードした、という説。


『悲しいけどさ、やっぱりSNSだと鉄道趣味を馬鹿にする人たちの声が目に入っちゃうことがあるんだよ』

『そうっすよね……現に、あの動画を褒めてた連中もいたっすし。まあ、単なる煽りや反応稼ぎだった可能性もあるんすけどね』

『確かにナガレ君の言う通り、鉄道オタクをわざと煽って貶すのを楽しむアカウントもいるみたいだねー。今のSNSじゃ、鉄道オタクを批判すれば、鉄道に詳しくない人も巻き込んで争いを簡単に引き起こせるからさ』

『酷い現状っすね……』


 色々な意見がごった煮なのがSNSの良い所でもあり悪い所もである。その中で、極端な意見を述べる人たちの『声』は、時に非常に大きく、そして心地良く聞こえる事がある。その意見に賛同する人が聞けば猶更そういった傾向が強くなるものだ。

 もしかしたら、リアルの状況――四方八方から聞こえる『鉄道』を褒める声に自分たちの『鉄道オタクは弱者』というアイデンティティが揺らぎ、団結も崩壊しそうになっている事態にうんざりした結果、味方が多いように見えるSNSを最後の心の頼りにしたのではないか、と美咲さんは語った。


 そしてもう1つは、逆に稲川君たちを陥れるために、クラスの誰かが動画を撮影していた取り巻きらしき人と結託し、わざと動画をアップロードした、と言う説。


『先程彩華さんからお伺いしましたが、確かあのクラスは私たちが動画を投稿して以降、特に首謀格が粗暴になり、結束が乱れるようになった、と……』

『そう言えばそうだった……動画の事ばかり考えていたせいで忘れてたよ……あたしたち、さっき聞いたばかりなのに』

『こっちの方が説得力はありそうっすね……』


 確かにそうかもしれない、とナガレ君の言葉に同意しつつ、美咲さんは自分の考えの解説を続けた。もしこの考えが正しければ、あの過剰なまでの『鉄道オタク』への煽りの文章も説明はつく。わざと鉄道オタクやネットの人たちの怒りに触れやすい文章を選んで投稿する事で、より多くの人たちの目にあの動画が拡散される効果を得ることが出来るからだ、と。

 ただ、その過程で虐められている『ジョバンニ君』までモザイク処理もなしにネットに公開した辺り、どちらにしろ決して褒められるものではないし、むしろ『自爆』覚悟でないとこのような事はやらかさないはず。結局はどちらの可能性も衝動に任せた考え無しの行動だろう、と言うのが、美咲さんの結論だった。


 実際のところ、どちらが正しいか、もしくはこれらとも違う真相があるのか、それは相変わらず煽りの文章を残し続けている相手しか知らない状況だけど、まさにコタローさんの言う通り、この動画投稿が結果的に相手の『自滅』に近い形になった、と言う事は僕も納得できた。

 僕自身も、世界中に情けない顔や制服、そして悲惨な姿が晒されてしまったけれど、様々な罪を被るのは間違いなく相手の方だろう――言葉は非常に悪いけれど、コタローさんがはっきりと言った『勝者』という言葉が、ようやく心の中に沁み込んできた気がした。


 そんな中、幸風さんが『鉄デポ』のプライベートルームの中に、どこか悲しそうな、そして落胆したかのようなため息の音を響かせた。その『落胆』の対象は、幸風さん自身だった。


『あたしさ、ついさっき「やべー奴を気にするよりも頼もしい味方に目を向けろ」ってジョバンニ君に言ったんだよ。でもさ、実際に目の前でこんなことが起きちゃうと……』

『……私もそうでした……。あんなことを言っておきながら、つい悪い方向ばかりを見てしまって……』


「え、で、でも……」

『あら、そんな事を言ってたのね』


 そんな2人を励ましたのは、コタローさんだった。それは、大切な友達の事を思っている人なら間違いなく起こりうる思考判断だろう、と。


『大切な友達が目の前で酷い事をされて、ショックを受けないはずはない。貴方たちも、少なからず心にダメージを受けていた。だから、みんなつい悪い方向に考えが向かってしまった。そうじゃない?』


『そっか……もしかして、俺たちが諦めかけてしまったのも……』

『そうかもしれないわね……。コタローさんのお陰で、何とか立ち直れたようなものだわ……本当にありがとう……』

『ごめんなさい、迷惑をかけてしまって……』

『私も情けない所見せちゃったね……みんなから「姉さん」って呼ばれている立場なのに』


『まあまあ、さっきも言ったでしょ?みんなは全然悪くないわ。それに……』


 ジョバンニ君本人はどう思っているのか、それを聞かないと――コタローさんの言葉の真意を、薄々だけど理解できることが出来るほど、僕の心も先程の強いショックからじわじわと元に戻っているようだった。今の僕の言葉には、皆の不安な心を鎮めるだけの効果が存在するはずだ、と。

 そして、僕は何度か深く息を吸って吐いた後、ゆっくりと口を開いた。ちゃんと僕が考えた通りに、喉から声が出てくれた。


「あ、あの……ぼ、僕は……心配してくれて、本当にありがとう……って……みんなに言いたいです……」


『ジョバンニ君……!』

「う、うめ……彩華さん……ごめんね、そ、その……」


 まだショックが残っているけれど、それでも僕は何とか持ち堪えられている。それはみんな、全員の応援や励まし、そして懸命の支えのお陰だ。その思いを、僕はもう一度、『ありがとう』という言葉に纏め、梅鉢さんたちに贈ることが出来た。

 そして、皆から安堵の声が聞こえ始めた、その時だった。


『み、みんな大丈夫!?ちゃんと全員いる!?』


『うわ、びっくりした!!』

『教頭先生、いきなり大声出さないでくださいっす!』

『そうですわ!もう、折角話が落ち着いたのに!』


『え、な、何!?!?私、何かやっちゃった!?』


 凄まじい慌てようで駆け付けたのは、コタローさんと並ぶ、もう1人の『大人』代表ともいえる、教頭先生だった……。

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