第18話:美少女からの招待状

「大丈夫よ。私は全然気にしていないわ」


 放課後、真っ先に昼休憩の事――色々と『急な予定』が入ってしまい、会うという約束を破ってしまった事を頭を下げて謝った僕を、梅鉢さんはいつもの笑顔を見せながら明るい口調で許してくれた。


「予定がいきなり入ったんでしょ?だったら仕方ないわ。むしろ、謝ってほしいのは譲司君に無理やり予定を入れた面々ね」

「そ、そうかもしれないね……」


 『予定を入れた面々』が何者なのか、その『予定』はどういう内容だったのか、今回も僕は梅鉢さんに全て隠し、笑顔を返す事に徹した。この僕が学校でどういう状況なのか、少しでも察せられてしまう事を恐れながら。

 でも、幸いにも梅鉢さんはそれ以上昼休憩の事を言及せず、早く鉄道の話をして盛り上がろう、とせがんできた。

 僕の方も、悪夢そのものだった時間を忘れるべく、一緒にその話に没頭する事を望んでいた。


「今日は図書室へ行く……?」

「うーん……今日はここでお話ししましょう。ネットで面白い情報を手に入れたからね」

「え、気になる……教えてくれる?」


 そんな流れで、梅鉢さんが持つ、最新機種だというタブレットの画面を見ながら、僕たちは今日も変わらず鉄道談義に花を咲かせた。

 タブレットに映っていたのは、客車列車や貨物列車の先頭に立つ『ディーゼル機関車』の資料だ。

 そこまで詳しくないけれど、と前置きしながらも、大好きな気動車と技術的に関わりが深いディーゼル機関車の知識も豊富な梅鉢さんに感心している中、ふと梅鉢さんの口から『ブルートレイン』という単語が発せられた。ディーゼル機関車は、ブルートレインの歴史においても様々な名列車を牽引し、日本中で活躍してきた歴史があるのだ。


「確かにそうだよね……あ、そういえば、ブルートレインと言えば……」

「この前会ったサクラね。あの子の知識と憧れには、私も全く敵わないわ……」

「僕の知らなかった事もたくさん把握していたからね……年代によるヘッドマークの違いとか……」


 いつの間にやら話題が変わって、有名なモデルにしてインフルエンサー、そして大のブルートレインオタクな幸風サクラさんの話で持ちきりになった時、僕はある事を思い出した。

 あの日――幸風さんと初めて出会い、あっという間に仲良くなり、梅鉢さんも交えて交友関係を築くことが出来た日の夜、僕はふとした拍子に、とある疑問を抱いたのだ。それを解消するチャンスは、まさに今しかない。


「そ、そういえば梅鉢さん……」

「ん、どうしたの?」

「あ、あの……ずっと聞きたかったんだけど……う、梅鉢さんと幸風さんって……どうやって友達になったの……?」


 プライバシーに関わる事かもしれないし、言いたくない内容だったら申し訳ない、とまた謝ってしまった僕だけど、それを見た梅鉢さんは考えるようなしぐさを見せた後、何かを覚悟したような視線を僕に向けた。どうしたのか、と一瞬身構える僕へ、梅鉢さんはお僕と同じようにずっと言いたかったことがある、と告げた。


「え、僕に……?」

「ええ。あの後、サクラたちから相談があったの。是非譲司君に伝えて欲しいって。そして私も、同じように伝えたい事があるの」

「えっ……!?」


 幸風さんだけではなく、梅鉢さんからも伝えたい内容がある。その視線を見る限り、それはとても真剣で重要、大事なものに違いない。すっかり背筋が伸び、緊張が隠せなくなってしまった僕であったが、次の瞬間視界に入ったのは、僕の手を握り、嬉しそうな表情を一気に近づける梅鉢さんの姿だった。


「譲司君、私たちがいる『鉄デポ』に入会してくれない!?」

「て……て……てつでぽ・・・・……?」


 あまりにも突然の勧誘、そして聞き慣れない単語に、僕は唖然としたまま、間抜けな声を出してしまった。

 

「な……何それ……?ご、ごめん……僕、知らない……」

「……あ、そうか……こっちこそごめんなさい、そうね……ちゃんと順を追って説明しないと……」


 そんな僕の表情を見て事情を察してくれた梅鉢さんは、一旦僕から離れた後、手持ちのタブレットを操作した。

 そこには、シンプルだけどはっきりと『鉄道』に関連した場所である事がはっきりと分かる、梅鉢さんが言っていた『鉄デポ』なるものの公式ページが表示されていた。


「ここが、私が入会している、鉄道ファンや鉄道オタクが過ごす場所。様々な鉄道知識が集う車庫のような場所だから、『Railway Depot』=『鉄デポ』って名付けられたって聞くわ」

「こんな場所が……で、でも僕、全然知らなかった……」

「まあそうよね。ここは会員制のクローズドSNS。招待された人しかアクセスできないようになっているの。大手サイトの検索にも引っかからないみたいね」

「へぇ……」


 梅鉢さん曰く、ここは鉄道趣味を生き甲斐にしている人たちの『隠れ家』のような場所。

 名前も性別も、生まれた場所も住んでいる地域も異なる面々が毎日のようにふらりと集まり、まったりのんびり、時々賑やかに、稀に真剣に、鉄道を始めとする様々な話題で盛り上がっている、という。

 中には本名で活動している人もいるけれど、プライバシーやセキュリティ関連もしっかりしているお陰か、安心して交流が出来ている、と梅鉢さんは教えてくれた。


「そ、そうなんだ……」

「そう。もしかしたら、勧誘とか金儲けとか、怪しい人たちが乱入しないか、って考えているかもしれないけれど、大丈夫。そういうのはすぐ追い出されるし、そもそも滅多に入れないようになってるみたいよ」

「へ、へぇ……」


 僕が考えていた不安に関しても、入会済みの梅鉢さんは既に把握しているようだった。


 そして、梅鉢さんは僕がずっと抱いていたもう1つの疑問――梅鉢さんと幸風さんの関係について、丁寧に教えてくれた。

 梅鉢さんと幸風さん、本来なら関わり合う事が無かったであろう2人の鉄道オタクは、この『鉄デポ』で偶然にも出会い、やり取りの中で次第に意気投合し、やがて名前や立場を教え合う程の間柄になった。ただ、学校や住んでいる場所まで教え合う事については互いに遠慮し合い、あの時図書館でこれまた偶然出会う時まで、ずっと知らなかったという。


「そ、そうだったんだ……」

「それでね……これは私が謝らなきゃいけないわ……」

「えっ?」

「本名は勿論明かしていないんだけれど、私に特別な友達ができたってこと、『鉄デポ』のみんなにも自慢しちゃったの。ごめんなさい」

「特別な……もしかして……僕?」

「ええ。サクラが譲司君の事をある程度認識していたのは、そういう事なの」

「な、なるほど……」


 そして、僕の事を教えたところ、『鉄デポ』で知り合ったという、幸風さんを始めとする梅鉢さんの友達はみんな揃ってその『素敵な友達』とやらに興味を持つようになった。

 同じ鉄道オタクなら是非話題を共有してみたい。一緒に鉄道の事を語り合いたい。自分も是非会ってみたい。全員とも、僕の事を好意的に見ているのは間違いない、と梅鉢さんは語ってくれた。


「この画面の向こうに、譲司君といっぱい語り合いたい、仲良くなりたいって人が、たくさんいるの」

「……そうなんだ……」


 勿論無理強いをする事はない、と念を入れつつ、梅鉢さんはもう一度、僕へお願いをした。

 鉄道オタクたちが集まるこの場所に『車籍』を入れてみないか――つまり、『鉄デポ』へ入会してみないか、と。


「……」


 正直、とても嬉しかった。僕の事を待っている人が沢山いる、と言う事実を教えてもらっただけでも、僕はとても満足だった。

 だからこそ、逆にとても怖かった。僕の事を待っているというのは、それだけ全員ともこの僕、『和達譲司』と言う存在に、途轍もない期待感を抱いている、とも言う事でもあるのだ。


「……う、梅鉢さん……ほ、本当に僕で大丈夫……?僕が入って……『鉄デポ』で待っているみんなの期待に沿えなかったら……僕はどうすれば……」

「……譲司君」

「……え……えっ!?」


 次の瞬間、僕の頭は暖かく柔らかい梅鉢さんの掌によって何度も撫でられていた。

 緊張と恐怖、困惑と不安でいっぱいになってしまった僕の心を優しく和らげるかのように。


「大丈夫よ、そう気負わなくても平気。みんな個性的で優しくて、私みたいな人も、すぐに受け入れてくれたんだから」

「本当……だよね……梅鉢さんが言うんだから……」

「ありがとう、私を信じてくれて」


「……でも……」


 それでも、やはり僕の心に残る一抹の不安は消えないままだった。

 僕は『鉄デポ』と言う名前の大きな世界に足を踏み入れる事に対する恐怖が、ずっと僕の心にまとわりついていたからである。

 そして、情けない事にそれは、梅鉢さんからの優しく頼もしいアドバイスでも、拭い去る事は出来なかった。


「……ごめん、今答えを出すのは……もう少し待ってもらっても……いい……?」

「勿論よ。見知らぬ集まりに加われ、なんていきなり言われても尻込みしちゃうもんね。分かった、返事はいつでも構わないわ」

「ありがとう……」


 でも、リアルでもネットでも、自分には『和達譲司』という特別な友達がいるって自慢したい。

 堂々と本心を述べた梅鉢さんは、まるで僕を知らない世界へ導く列車の『運転手』のようだった……。

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