第12章
第168話:新型電車でいこう
あまり思い出したくない、前の学校での地獄のような日々の中、図書室で偶然出会った女子生徒――綺堂彩華さんと『特別な友達』になってから、気付けば随分の月日が過ぎた。
一緒に様々な場所へ出掛けたり、会員制クローズドSNS『鉄デポ』に招待されたり、そこで立場も経験も違うたくさんの友達と巡り会えたり、生まれて初めての『オフ会』に参加したり、様々な事を僕は経験した。
勿論、楽しい事ばかりではなく、苛烈ないじめを何度も経験する事になったけれど、最終的にそれらの行為は前の学校であるスポンサーの大富豪・綺堂家の逆鱗に触れる事となり、その報いを受ける事となった。
そして、崩れ落ちるのみとなった学校を逃げ出した僕は、過去に入学を希望していた学校へ彩華さんと共に再度転入と言う形で挑む事を決意した。
綺堂家の当主・綺堂玲緒奈さんの説得も無事に成功させた後、僕たちは協力し合いながら転入試験へ臨んだのである。僕たちが新たな学校へやってくる事を楽しみにしていた『教頭先生』をぎゃふんと言わせるべく、満点を獲得しよう、と約束しながら。
そんな怒涛の日々を経て、ようやく日常が落ち着きを取り戻し始めていたある日、僕が訪れていたのは大手私鉄が停車する少し大きな駅前にある広場だった。
(また早過ぎたかな……)
随分久しぶりとなった、彩華さんとの『図書館デート』――一緒に電車に乗って、街の一番大きな図書館へ向かい、仲良く本を借りたり一緒にご飯を食べたり、楽しい経験を共に過ごす時間。それを楽しみにし過ぎた成果、僕は待ち合わせ場所となったこの広場に、
当然ながら、駅前に彩華さんの姿は見当たらない。しばらく空き時間をスマホの画面とにらめっこして過ごすべきか、それとも彩華さんの分を含めた飲み物でも買ってこようか、そんな事を考え始めた時だった。
「あ、譲司君、おはよう!もしかして、待たせちゃったかしら?」
「おはよう、彩華さん。全然大丈夫だよ」
元気な声を上げながら、彩華さんがやって来たのは。
既に僕がいたのを目の当たりにしたせいで、てっきり遅刻してしまったのか、と謝りかけた彩華さんを、僕は腕時計を見せて安心させた。結果的に、僕も彩華さんも揃って予定よりもかなり早い時間に到着してしまった、という事実を確認し合いながら。
「やっぱり、予定時間を早めにセットしておいた方が良かったかな……」
「そうね……。送迎の人を無駄に急かせちゃったし。まあ、でも私も譲司君も結局早く来ちゃったわけだし、結果オーライ、かしら?」
「それもそうだね……」
そんなやり取りをしているうち、僕と彩華さんはある事を思い出し、互いに笑顔を見せあった。僕と彩華さんが最初に『図書館デート』をした日も、同じようにこれから起きる楽しい時間を我慢できず、家を急いで飛び出した結果、予定よりもかなり早く到着してしまった事を。
そして、僕と彩華さんは、互いの衣装もその時と似たような感じになっていた事を思い出した。僕は『100系新幹線』、彩華さんは『キハ58系気動車』の色合いを模した服に身を包んでいたのである。
「ふふ、なんだかリバイバル列車みたいね」
「こういう事もあるんだね……」
でも、昔懐かしの列車を再現する『リバイバル列車』とは異なり、今の自分たちは昔とは一回り違っている事を、僕と彩華さんは互いに言い合った。
彩華さんはより頼もしく凛々しく、僕は格好良くなった――そんな感じで面と向かって褒め合った結果、嬉しさの反面若干気恥ずかしい気持ちになってしまったけれど。
ともかく、無事に駅前に集まることが出来た僕や彩華さんは、予定よりも早く大手私鉄の電車に乗り、図書館へ向かう事にした。
改札を通り過ぎてホームに辿り着いた直後にやってきた電車は、最初の『図書館デート』の際に乗車した旧型電車を置き換えるため次々と導入が行われている、最新鋭の電車だった。当然ながら、僕たちが座った座席――窓に背中を向けて通路側を向くように座る、通勤・通学などの大量輸送に適した『ロングシート』の座り心地は、旧型電車と比べて格段に良くなっていた。
幸いにも車内は空いており、悠々と隣り合って座ることが出来た僕と彩華さんは、これから長らくお世話になるであろう新型電車の感覚をたっぷり堪能した。
「外見のデザインは賛否両論みたいだけれど、私は悪くないと思うわ。今までの電車から一気にイメージが変わったけれど」
「確かにそうだよね。でも、乗り心地がとても良くなっているし、利用する人たちからは高評価を集めそうな気がするね」
「譲司君の言う通り、実際に乗ってみないと分からない事もあるわよね」
「うん……」
そんな事を小声で話しつつ、図書館の最寄り駅方面へ走り続ける電車の雰囲気を共有しあっていると、彩華さんが僕にスマートフォンの画面を見せて、こう言ってきた。
「それにしても……譲司君……私たち、本当にやったのよね……!」
そして、僕もまたスマートフォンを操作してある画像を表示させ、彩華さんに見せた。
「そうだよね……僕たち、やったんだよね……!」
互いの画面に映されていたのは、共通した内容――『教頭先生』が教頭を勤め、僕が再度憧れを抱き、彩華さんと共に新たな生活を過ごす事を望み続けたあの学校への転入を承認する旨が記された『合格通知』だった。
事前に貰った資料通り、通知が届いたのは転入試験の当日、試験が終わって数時間後のこと。入試とは仕組みが異なるとはいえ、僕と彩華さんの進路は、文字通りあっという間に決まったのである。
「あの日は僕の家の夕食はちょっとしたパーティー状態だったね……」
「私も、シェフの人たちが気合を入れた料理をたっぷりご馳走してくれたわ」
様々な形で祝福してくれた僕や彩華さんの家族や関係者と同じように、『鉄デポ』の皆も大いに祝福してくれた。合格祝いに新曲を作ろう、動画を制作しよう、と張り切りまくる皆の行動については、流石にそこまでやらなくても大丈夫だ、と止めたけれど。
そして、久しぶりに『鉄デポ』へログインした教頭先生は、情報保護の観点から伝えられる情報は限られている、と前置きを入れながらも、僕と彩華さんに試験結果の一部を報告してくれた。残念ながら目標としていた全教科満点は実現しなかったけれど、筆記試験は全教科とも中々の好成績で、合格ラインを余裕で突破するほどだった、と。
教頭先生や綺堂家執事長の卯月さんが常々述べていた『今まで通りの勉強のペースを維持し続ければきっと大丈夫』という言葉を信じ、互いにキツい勉強を諦めずに挑み続けた努力が、見事に実を結んだのである。
「ふふ、教頭先生は腰を抜かしたかしら」
「どうかな……。でも、驚かせたのは間違いなかったかもしれないね」
一方、筆記と共に僕たちが受けたのは、あの学校の先生たちが集まった部屋で行った面接試験だった。緊張しながらも頑張って筆記試験を乗り越えた先で僕たちを待ち受けていたのは、転入希望の学校を司る『校長先生』との対話だったのである。
背は若干低めで赤っぽい髪色をした女性の先生で、きりりとした表情の中に真剣さを溢れさせつつ、どこか優しさや頼もしさのようなものも感じる事が出来た、と僕は彩華さんと語り合った。
「質問は手厳しかったわね……。私、結構痛いところを突かれちゃったわ」
「そうだったんだ……。でも、不安になった僕に励ましの言葉をかけたりしてくれたよ」
「へぇ、そんな事があったのね。まあ、少なくとも、前の学校のあの理事長とは比べ物にならない程優秀な校長先生なのは確かね」
そんな事を彩華さんが言っているうち、僕はある事を思い出した。確か、教頭先生が以前僕と彩華さん、そして父さんや母さんに伝えてくれた話だと、そもそも前の学校で苛烈ないじめを受け、逃げるように学校を辞める事を決意した僕と彩華さんを自分たちの学校へ転入させたい、と最初に提案したのは、あの赤髪の校長先生だったという。面接の場で見せてくれたあの凛々しさや優しさを含めると、きっと生徒や先生たちから慕われる素敵な校長かもしれない――そんな事を考えている事に夢中になり過ぎた僕は、彩華さんの顔が近寄っている事に気づくのに少々時間を費やしてしまった。
「譲司君、何を考えているのかしら?」
「え、い、いや、その……」
「あ、もしかしてあの校長先生、美人で綺麗でスタイルも抜群だった、なんて思っていたり?」
「い、いや、そ、それは……!」
電車内なのに慌てて大声を出してしまい、慌てて口を抑えた僕に、彩華さんは少し言い過ぎた、と謝罪をしつつ、確かにあの先生は美人で綺麗で、同性の目から見ても抜群のスタイルの持ち主だった、と振り返った。
「い、彩華さんから見るとそう感じたんだね……」
「ごめんなさい、てっきり譲司君も同じことを考えているのかと……」
「う、ううん、大丈夫だよ……」
そして、彩華さんは語った。自分の母――綺堂一葉さんは、きっとあの校長先生と同じ雰囲気を持つような人だったに違いない。自分も、ああいう感じで歳をとりたいものだ、と。
「……お母様、私たちの転入試験の合格、きっと喜んでくれているわよね……」
その言葉に、僕はどこか寂しさのようなものを感じた。
彩華さんにとって、一葉さん=母さんは二度と会えない存在。例え父さんである玲緒奈さんや、親戚の梅鉢家の人たちから様々な話を聞いても、永遠にその温かな肉体に抱きしめられる事はない。だからこそ、一葉さんは永遠の憧れである、という旨を、以前彩華さんから聞いたのを思い出したからである。
そんな彩華さんの心を、少しでも慰めてあげたい。そう考えた僕の思いは、即座に声となって発せられた。
「……きっとそうだと思うよ。それに、前も言ったかもしれないけれど、彩華さんは間違いなく、一葉さんのように綺麗で素敵で、逞しくて凛々しい人になれると思う。僕はそう信じたいね」
「……ありがとう。譲司君がそう言ってくれるのなら、そうなれる気がしてきたわ」
お母様のような立派な大人になるために、私ももっと頑張らないと、という彩華さんの表情には、普段の頼もしさが戻ってきていたような気がした。
それに少し安心した時、間もなく電車が図書館の最寄り駅へ停車する事を告げる自動音声が車内に響いた。
立ち上がりつつ足の上に置いていたリュックサックを背負い、僕は彩華さんと共に両開き式の自動扉の前へと向かった。心地良い乗り心地や様々な話に夢中になり過ぎて、降り過ごしてしまう事がないように……。
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