【Ex- 042】二年後に私から全てを奪うはずのヒロインとフラグが立っている件について

 どうも皆さん、こんにちは。レーティア・フォーティンと申します。悪役令嬢でしてよ。ちなみに前世では群馬県民でしたわ。言っとくけど群馬にも文明はありますからね、馬鹿にしないでください。


 転生したらかつて自分がプレイしていた乙女ゲームの悪役令嬢だった。なんかついでに好きだった男の子の転生先も同じだったし、婚約者だった。


 まっ! そういうこともありますわな!! ラッキー!!


 とまあ、そう単純でもないけれどそんな感じの現状、私はいわゆる転校生となっていた。

 婚約者のダン・ルシフェル・コーディーこと小林が、どうしても私と同じ学校に通いたいと関係各所にごねたからである。『本当は俺が君の学校に行くべきなんだけどね……』と言っていたが、私が元々通っていたのはいわゆるお嬢様校である。あいつが女装して通う線もあったと言うが、私から言わせればそんな線はある方がおかしいと思う。

 ちなみに原作乙ゲでもレーティアは転校生だが、それは彼女が婚約者の元へ押しかけて来たという流れであって、彼女の執念を表すエピソードの一つだ。


「ごきげんよう、皆さま。わたくし、レーティア・フォーティンと申します。気軽にレティとお呼びになってね」


 転校は、まあいい。元々友達が多い方ではないし。ただ、原作通りの道に乗っかるのが少々不安なだけだ。なんせ――――


「は、はじめまして! 私も本日転校してまいりました、アミ・リオイータです!  よろしくお願いします!」


 やはり、この子と並ぶことになってしまった。


 原作乙女ゲームの主人公プレイヤーキャラ、アミ・リオイータ。彼女がこの学校に転校するこの日からゲームは始まる。貧しい生まれの彼女は、しかしその美しい精神を学園長に見抜かれ、スカウトのような形でこの学校へやってくる。同じ日に転校してきたレーティアはこの子をいじめ抜き、最後には完膚なきまでにやり返されるのだ。

 悪役令嬢レーティア・フォーティンにあらゆる可能性を奪われながら、やがて悪役令嬢レーティア・フォーティンから全てを奪う少女である。




 初登校の一日を終え帰り支度をしていると、すっ飛んできた小林が「お茶でも行こう、レティ」と声をかけてきた。私は腕組みしてちょっと考えた。なんかちょっとデートみたいじゃん? と心が揺れたのは秘密だ。

 というか王太子の身柄、フリーすぎでは? この国大丈夫?


 王太子殿下とその婚約者が街ブラしても何も起こらない、さすがの治安。王家のお膝元にある都市部なのだから当然か。


「あのっ……やめてください……!」

「いいじゃねえかぁ」


 前言撤回。クソ治安である。

 前方で、私たちと同じ年頃の少女がチンピラに絡まれていた。私は思わず「うわぁ……」と声を出してしまった。見間違うはずもない。ヒロインアミ・リオイータだ。

 そういえば、こんなイベントがあった気がする。転校初日、アイテム購入のために街へ出るとチンピラに絡まれ――――


 私はちらりと隣の小林を見る。この時ヒロインを助けるのは、お忍びで街ブラしていた王太子殿下であったはずだ。

「なんか変なやつがいるねー。怖い怖い。行こっか、レティ」

「助けないので?」

「ああ、じゃあレティのことを送り届けてから戻ってきて助けるよ」

「おっそい」

 やる気がなさすぎる。「とにかくレティ、ここから離れよう」と腕を掴んでくる小林の手を振りほどき、私は歩き出した。こいつがやらないなら私がやるしかない。


「ちょっと。その子、嫌がっておりますでしょ」

「おっとぉ!? 別嬪で別嬪が釣れたぞ。お嬢ちゃんも遊んでくれんのかい?」


 強引ではあるが攻撃的であるようには見えない。ここは毅然とした態度ではっきり断り立ち去れば、追いかけてまでは来ないだろう。「ごめんあそばせ」と言いかけたその時、追いついてきた小林が「危ないよ、嶺さん」と言ってくる。突然の嶺さん呼びに、私は少し動揺した。

「なんだ、男連れか。まあいいや」

 そう言って、チンピラは私の肩を抱く。

「恋人がしてくれないようなすごいこと、してやるからな」


 小林が目にも止まらぬ早さで腰に携えた剣を抜き、そのままためらう素振りもなく斬りかかってきた。チンピラも「ぎゃあっ」と言ったし、私も「びゃあっ」と叫んだ。チンピラが私を突き飛ばして避ける。


「こ、こここ、こば……殿下!? さすがに判断が早すぎましてよ! ナンパぐらいで刃傷沙汰はいくら何でも! いくら何でもですわ!」

「俺はもう迷わない。疑わしきは殺す」

「迷ってほしいですわぁ! さすがに迷ってほしいですわ、人を殺めることに関しては!」


 顔を引きつらせながらもチンピラが「何だよ、坊ちゃん。そんなオモチャ振り回して。やれるもんならやってみやがれ」と煽る。私は「馬鹿ですの!? あんた、目を見て本当にやる人間かそうでないか判別できないならナンパ師なんてやめちまいなさい!! 命が惜しけりゃ帰って便座でもあっためてな!!」と怒鳴った。チンピラはドン引きの顔で去っていった。

 ふう、と一息ついて私は汗を拭う。


 そんな私に、ずっと黙っていたアミが「あの」と声をかけてきた。

「ありがとうございますっ」

「いや……追い払ったの、実質殿下ですし」

「かっこよかったです……お姉さまとお呼びしても?」

「だから追い払ったの殿下ですし。私たち同い年ですし」

「“お姉さま”とお呼びする気持ちに年齢なんて関係ないんです!」

 多少はあると思いますけど。


 後ろからフェードインしてきた小林が「俺の婚約者ともうちょっと距離を取ってほしいな」と笑顔で口を挟んでくる。

「……王太子殿下は、婚約者の交友関係に口をお出しになるんですか? ダサッ」

「あ?」

 オラつくな小林……。そんでヒロインちゃんもさっきまで剣振り回してた男のことを小学生みたいに煽るなよ……。


 険悪なムードで何やら言い合いを始めた二人に、私は首を傾げる。一応はヒロインと攻略キャラのはずである。どうしてこいつらは初対面でこんなに仲が悪いのか。

「お二人とも、先ほどから聞くに堪えませんわ。喧嘩なさるなら犬語でやってくださいまし」

「ワンワンッ」

「きゃんっきゃんっ」

 何なのコレ。


 正直、不安要素が増えただけである。考えるのも面倒になってしまった。

 私は深くため息をつく。あーあ、なんかもう――――


 マックのポテトとか食いてえなぁ~~~~。

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