【No. 136】コンビニアイスレコメンダ


「アイスの冷蔵ケースに入った奴って」


 時は五月も終盤。梅雨入りの一報も聞こえてきそうな空の下。


「ちゃんと人生棒に振ったんだよな」


 場はコンビニのアイス売り場。部活帰りの男子高校生が群がる一角。


「体温で溶けたアイスを再冷凍させたのが最も不味い」


 何よりもアイスを愛する良星りょうせいは思いの丈を五月の風よりも熱く語った。


「アイスを冒涜した報いを受けるべきだ。そうだろ?」


 聞かされる方は暑っ苦しいだけだが。


「そーだな。で、今日はどのアイスを?」


 部活帰り。迂闊にも「アイス食いてえ」と呟いたのが運の尽き。引きずり込まれるようにコンビニに入店し、アイスの冷蔵ケース前で本日のアイス講義はじまりはじまり。


「今日は気温が高い。水分補給もできる氷菓にすべきだ」


 良星は一本の氷菓を指差した。手渡してやりたいところだが、冷えたパッケージに触れてはいけない。その瞬間から消費期限のカウントダウンが始まってしまう。


「定番のソーダよりも、舌を刺すような果実味がいい」


 シックな黒パッケージに目を惹くみずみずしい輪切りフルーツ。『大人なガリガリ君 ピンクグレープフルーツ』が鎮座ましましている。


 良星の端的なプレゼンに対して、意外な角度からリアクションが返ってくる。


「それ、いけるのか?」


 良星の向かい側、アイスの冷蔵ケースの向こうから細長い腕が伸びて、大人なガリガリ君を一本摘み上げた。


 キャメルカラーのブレザーと赤ネクタイから某進学校の生徒だとわかるが、部活関連の他校の知り合いとも違う。良星たちにとってまったく見ず知らずの男子高校生だ。


「間違いない。いっとけ」


 にも関わらず。良星は親しい友人に喋りかけるような口調でガリガリ君を勧めた。


「サンキュ」


 さも当たり前のように。彼は余計な仕草一つせずにガリガリ君をレジへ連れて行った。


「えっ? あいつ誰?」


 あっという間に終わった会話に、慌てて同級生が良星に訊ねた。


「いや、知らん」


「えー? 普通に喋ってね? 知らん奴と」


「いいだろ、別に」


 良星も大人なガリガリ君を選ぶ。アイスは溶けかけが旬。少し陽に当ててから戴こう。




 また、ある日。


 空が重たい雲に覆われた日はラクトアイスに限る。良星はアイスの冷蔵ケース前に当然のように立っていた。


 そしてふと顔を上げれば、そこには長身の男子高校生。キャメルカラーのブレザーに赤ネクタイ。細長い腕を冷蔵ケースの中へとさまよわせている。


「よう」


「やあ」


 どちらからとでもなく。普通に声を掛け合ったアイスの二人。


「こないだのよかったな」


「当然だ」


 男子高校生がすらりと告げて、良星はさらりと受け流した。


「今度は僕からだな。こいつを試してみろよ」


 そのしなやかな腕が指し示す先、良星もよく見知ったパッケージが冷気の底に沈んでいる。それは『チョコモナカジャンボ』と見えた。良星はほんの少し首を傾げた。こんなど定番をオススメしてくるなんて。


「いいから」


 良星の心の揺らぎを見抜いたか、男子高校生はプレゼンを続けた。


「冷凍庫からトースター直行で三十秒だ」


 アイスをトースターで焼く、だと?


 良星が顔を上げると、そこにはすでにレジに向かっている彼の背中だけが見えた。冷蔵ケースの海に潜っている良星にとって、そこはもう言葉も届かない陸地の果てだ。




 その晩の風呂上がり。良星はトースターの前から動けなかった。


「で、その子はイケメンなの?」


 姉がしゃしゃり出て良星のカウントダウンを邪魔する。頼むからあと二十秒話しかけないでくれ。良星は姉の声を聞こえないふりした。


「見ず知らずの男の言うこと真に受けてアイスを焼こうだなんて、あんたバカ?」


「あいつは何か持っている」


 名前も知らないけど、良星にはわかる。あいつとアイスを語り合う必要などない。お互いがオススメするアイスを食えば、すべてが理解できる戦友ともになれる。


 きっちり三十秒後、赤く唸り続けるトースターからアイスを引っ張り出した。


 軽く熱を帯びたモナカ生地を手にした瞬間に解った。こいつはすでに良星の知っている『チョコモナカジャンボ』じゃない。アイスの海に新種発見だ。


 パキッ。今までに聞いたことのないサクサク音を響かせて、良星はモナカを半分に割った。姉にも味合わせてやる必要がある。これは検証実験だ。お風呂上がりのアイスタイムどころじゃない。




 そして、また別の日。


 良星がいつものように冷蔵ケースの前に陣取ってじっくり品定めしている時に彼はやってきた。


「よう」


「おう。モナカはトースターで三十八秒だ」


「その八秒は譲れねえな」


 アイスに愛された男たち。彼らがアイスを美味しくいただくのにお互い顔を見合わせる必要などない。


「えっと、誰?」


 冷蔵ケース前のあまりにドライなやりとりに、男子高校生の連れの女子が訝しげに声をかけた。


「誰でもいい。こいつのオススメに間違いはない。今日は何がいい?」


 良星はそこで初めて戦友が彼女連れだということに気が付いた。なんだ。一人じゃないのか。じゃあ決まりだ。


「各コンビニに白くまはいるが、その実力はこれが抜きん出ている」


 『練乳の味わい 白くま』を推す良星。


「でかいし、高いし、避けてたな」


「だからこそ二人の時に食うべきアイスだ」


「たしかに」


 男子高校生は迷うことなく『白くま』のカップを手に取り、それ以上言葉を交わすこともなくレジに向かった。連れの彼女も、えっもういいの? と戸惑いを隠せず二人のアイス男を見交わす。


「えっと、バイバイ。またね」


「うん。白くまは溶けかけが旬だ」


 二人で一つの『白くま』を分け合う。アイスを食う者にとってのある意味理想形でもある。


 次に会った時、あいつは何をオススメしてくれるか。もうすでに待ち遠しい。良星は冷蔵ケースに集中した。

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