【No. 082】推しの尊み モブのジャスティス【性描写あり/BL要素あり】

 ヨシダくんはもう泣きそうだ。タマキくんが彼の指を絡め取った。

「俺のこと避けるなよ」

「べ、別に。避けてなんか」


(いや三日前から完全に避けてるよねヨシダくんッ!)


 私は二人の隣の席で努めて無表情を装いつつ、ぬるいカフェラテをすすった。

「じゃあ俺の話、聞ける?」

「分かった。聞くから。手ぇ離してよ」

 むしろグッと引き寄せたタマキくんに、私は小さくサムズアップ。


(今度こそ逃がしちゃだめだよ、タマキくん! はよ告白いっけぇぇ!)


やっとこの日が来たと、声援をカフェラテと一緒に飲み込んだ。

 


 ――事のはじまりはつい最近、二ヶ月前。

 仕事帰り、何の気なしに入ったカフェでゆるふわ系茶髪男子ヨシダくんに出会った。そのときは「イケメン眼福ぅ」くらいにしか思っておらず、特に意識もしていなかった。

 私がお茶を飲み終え、帰ろうとしたときだった。ほとんど同時に席を立ったヨシダくんと、今し方店に入って来たクール系黒髪男子タマキくんとが目の前で衝突したのだ。

 後から分かったことだけど、どっちも余所見していたらしい。派手な衝突音を響かせて、床に折り重なって倒れた。人のいない店内。私だけがその瞬間を目撃していた。


 ――二人のキスを。


 おぉぉい、ぶつかってチューかよ!? とはツッコめなかった。大丈夫ですか! とも言えなかった。スーツ男子をロンT男子が押し倒している光景に、脳内が忙しかった。


(何この尊みの塊……!)

 

 どうやら二人は十五年ぶりの再会だったらしい。それもまたクる設定と言えよう。

 「会いたかった」と腹黒そうに微笑むタマキくんと、少し気まずそうに頬を赤らめるヨシダくんが「またね」と別れるまで、私は草木のように直立していた。

 だってキスシーンなんて、漫画かWeb小説か薄い本でしかお目に掛かったことがない。実写の破壊力すごい。私は呼吸を忘れるほど彼らを見つめた――のが良くなかったのかもしれない。

 以来、二人の偶然の再会や逢瀬に必ず鉢合わせるようモブになってしまった。

 会社帰りのカフェ、友人を待つファミレス、夜中のコンビニ……。偶然見かけては、ごく近くに存在してしまう。

 正直、いくら尊くても出歯亀は良くない気がして、初めは見ないよう聞かないよう努力した。でも全て無駄だった。休日も平日の夜も二人が会うなら必ず居合わせてしまうし、絶対隣の席になる。

 はっきり言って最高だ。


 ――だから私はこれを宿命と受け入れ、二人のもだもだを側で見守ることにしたのだった。

 


「ヨシダ、俺は転校したあともお前を忘れた事なんてなかった」

「うん。でも僕たちもう子どもじゃない。ベタベタつるむのも、会うのも……やめた方がいい」

「なんで急にそんなこと……!」


(負けるなタマキくん! ヨシダくんは三日前、他の男スパダリ風上司と寄り添っていたことを誤解してるんだよ!)


「ダメだ。俺、ずっとお前のこと好」

 タマキくんが遂に言いかけたそのとき、間が悪くスマホが鳴った。ヨシダくんのだろう。タマキくんは二人でいるときに絶対にそんなヘマはしない。

 すると案の定、ヨシダくんが「ごめん、ちょっと」と席を外した。長めの茶髪がさらりと揺れた。

 遠くでベルが鳴ったので外に出たようだ。


(悪意のない天然はこれだから……罪! あぁまたお預け)


 そっと席をうかがうと、俯くタマキくんの姿。

「シュン……他の奴なんか放っておけよ」


(出た……! タマキくんが一人きりのときだけ呟く、ヨシダくんの下の名前! 小さい頃はきっとそう呼んでたんだよね。あぁ本人の前では言えない思わず溢れてしまう言葉尊いジャスティス。しかもヨシダくんの前では決して見せない素直な懇願デレごちそうさまですデリシャス!)


 とりあえず私は長丁場を覚悟して二杯目を注文した。でもなかなか彼が戻って来ない。

 タマキくんの苛々は限界ライフはゼロよ! と叫びたいのを堪え、熱々のカフェラテを飲み込む。実際、隣からは机を指でトントンする音がずうっと続いている。でも彼に動く気配はない。


(トイレついでに見てこようかな)


 不思議なことにどんなに毎回近くで見ていても、私が彼らから認識されたことはなかった。たぶん正しくモブだからだろう。または恋は盲目アウトオブ眼中か。

 トイレは店の出入り口を横切った奥。ヨシダくんが誰かと通話しているのを確認し、個室に入った。

「はぁ、またヨシダくんの天然が炸裂してケンカになっちゃうのかな。タマキくん、クールを装う短気系肉食男子だからなぁ」

 だけど三日前、ヨシダくんは確かにタマキくんの上司にヤキモチを焼いていた。肩を親しげに抱かれるタマキくんを絶望した顔で見ていたのだ。だからきっと今日こそ――!


(ん? 誰かの声が)


 ホールへと出るドアの向こう、タマキくんの声がした。

「……なぁ、俺と一緒なのに他の奴と電話して。ヨシダはさ、俺のことあおってるのか?」

 ノブに触れかけていた手が止まる。

「そんなこと、な……ぁ!」

 僅かにドアが軋んだ。


(ままさか、ドアの向こうで修羅場クライマックス!? ちょ、出れないし見れない!)


 私は固唾を飲んで聞き耳を立てた。

「答えるまで離さない」

「あお、ってなんか、なぃ」

「へぇ? 顔真っ赤にして俺に目ぇ潤ませてる自覚もない? かわいいよ」


 ――合掌ジーザス……!


 彼ら専属のモブである私には、ドア越しでも

 ヨシダくんの潤んだ上目遣と、色気ダダ漏れのタマキくんの舌舐めずりが。少々くぐもった声すら臨場感を増長させて、脳内の映像化を捗らせる。

「タマキくん、やめっ……っあ」


(チューか!? 濃厚なやつなのか!? それともナニか! ああぁぁ! 見せてよ、いや至近距離じゃなくていい引きのアングルもあぁぁ!)


「は……シュン、お前とずっとこうしたかった……好きだ。好きなんだ」

「り、リョウくん……! ぼ、ぼくもホントは、好き」


 お め で と う ガ ッ デ ム !!!


 その瞬間、二人の恋の成就を見られなかった悔しさと心からの祝福が、胸の中で激しくないまぜになった。

 そして私は拳を天を突き上げたまま、腰を抜かした。



 しばらくして私が生まれたての子鹿よろしく立ち上がったとき、既に二人の姿はなかった。席に戻るとカフェラテは冷たくなっていて、火照った体にひどく心地よかった。

 それっきり、ヨシダくんとタマキくんには出くわしていない。少し寂しいけど、それでいい。

 二人推しカプが幸せなら、それがモブの幸せジャスティスだから、ね!

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