5月14日 公開分
【No. 081】残念ですが、再会は滅亡しました。【ホラー要素あり】
『これは、録音された、緊急放送です』
ブツブツと途切れがちな、しかし誰しもを叩き起こす大音量の放送。
どうやら今日も、いつもと変わらぬ朝が来たらしい。
『我が国はただ今、詳細不明の危機に、陥っております。現時点で政府は、対応策を、提示できません』
期待していた部分にも、一切の変更はなかった。淡々とした声だけが街に響き渡る。
『自分の、命を守ることだけを考えて、行動してください。家族や他人との接触を、一切控えましょう。止むを得ない場合、目を合わさないように行って、ください』
この部分には毎度、肌がぞくりとする。国の最高機関が、すべての国民に無理難題を突きつけているのだ。この国で誰とも会わずに過ごすなんてことは、ほぼ不可能だ。
『現在、警戒すべき項目は、次のとおりです。まず【……】行為は禁止。もしくは徹底的に、控えること。誰と顔を合わせたか、決して、忘れないようにしてください』
今日も肝心な部分が抜け落ちている。音声がひどく乱れるため聞き取れないその最重要ワードだが、すでに誰もがネットを通じて知っている――“再会”だ。
“皆、まだこのチャンネルを見てるなら聴いてほしい。あの変な放送で聞こえない部分には、【再会】って単語が入るんだと思う”
そう語るのは、動画サイトで人気の投稿者だった。それまで顔出しはせず、いつも陽気にゲーム実況をしていた彼。それが5日前――つまりこの危機が始まった翌日――に、突然その素顔を全世界に向けて晒したのだった。
何かに怯えきった青白い顔で、彼はカメラを見つめる。
“昨日は家族揃って晩飯を食べた。俺と奥さんと、子供ひとりだ”
雑音除去の編集もされていない彼の声は震えていて、ハアハアという切迫した息遣いがそのまま配信されている。
“俺は深夜に活動するから、大体朝食は他の家族より遅い。なのに今朝は、このゲーム部屋のドアを狂ったみたいに子供が叩いてた。ママが消えたって叫んでて”
彼はそこで一度言葉を詰まらせ、戸惑いと後悔が混ざった顔を両手で覆い隠した。指の隙間から、くぐもった声が漏れ出る。
“編集中に寝落ちしてた俺は寝ぼけたまま、何だよそれって言い返した。でも子供は、ママにおはようしたら消えた!って繰り返すばかりで。朝食に出ない俺への嫌がらせかと思って、ムカついたくらいだ”
彼の神経質そうな指が爪を立て、自身の頬を引き下ろす。血走った目はカメラを見ておらず、もはや恐怖だけに支配されている有様だった。
“ドアを開けて、子供を見た。そしたら一瞬輝いた目が、急に虚ろになって……言ったんだ。『【再会】は禁止です』って。それで……それで、消えた”
頬に紅い痕が残ることも気に留めず、彼はぐしゃりと顔面を掻き回した。
“消えたんだ、本当に! これだけ残して、目の前で”
子供用の小さなフォークをカメラに見せつけ、うなだれる。
“それからすぐ、家の外から悲鳴が聞こえた。奥さんかもしれないと思って飛び出したら、全然知らない女だった。ランニング中に夫が消えたって混乱してて”
次に彼が取り出したのは、明るい色のスポーツタオルだった。
“旦那さんは走るペースが早いから、いつも最後にこの辺りで合流するらしい。でも今日は、顔を合わせた瞬間に向こうが変なことを言って消えたんだと”
彼はもう震えを隠すことさえ困難になっていた。ここから先はずっとカメラを見つめたまま、瞬きもせずに話し続けることになる。
“俺だってワケわからないし、とにかく家に戻ろうとした。けど女が置いていくなって縋ってきた。それで、その泣き顔を見た。そしたらやっぱり機械みたいな声になって、息子と同じことを言って……女は、消えた”
“それ以来、誰とも会ってない。実家や親族、昔のバイト先にも電話してみたがどこもつながらない。ネット仲間にSNS経由で連絡してみたら何人かとつながったが、みんな同じような状況だった”
“わかるだろ? 知ってる奴でも知らない奴でも、とにかくもう一度会う――【再会】したら、どちらかが消えるってことなんだ!”
“これを見たほとんどの人が、俺が変になったと思うだろう。でも狂ったわけでも、ネタでもなんでもない。今はただ、【再会】を避けろ。もう会えないかもしれないけど、皆――可能なら、また会おう”
配信が終了しました、という見慣れた画面に変わる。これ以降、彼の投稿はない。コメント欄は荒れていたが、日が経つごとに彼の証言を支持するものが多くなっていた。
“これマジだよ。うちにももう、私しかいない”
“なにこれ、病気? どうしたら”
“政府しっかりしろ”
“たすけて”
『自分の、命を守ることだけを考えて、行動してください』
また放送が虚しく繰り返される。テレビはどこも砂嵐で、電車が走る音も聞こえない。パトカーや救急車のサイレンも。同棲していた彼女は、実家の様子を見にいくと言って出ていったきり連絡がない。
だんだんと世界が終わっていく――そんな気がした。
「ああくそ……腹減った」
彼女はミニマリストで、食糧の買い溜めをしない。もうそれらも底を尽きかけている。まだ店舗が機能しているかは不明だが、調達に出なければ。
はじめて飢餓状態まで追い込まれた俺は、のろのろと洗面所へ向かった。
『補足放送。……との【……】行為も禁止です。屋内でも、十分に注意を――』
役に立たない放送が響く廊下を進む。行動すると決めたら、なんだかビクビクしていた自分が恥ずかしくなってきた。壮大なドッキリだったりして、と苦笑しながら洗面所の明かりをつける。
彼女が磨き上げた鏡に、頬がこけたスウェット姿の男が映り込む。
「なんかバカみてぇ。ラーメン食おうかな」
そもそも、誰であろうがもう一度会っちゃいけないってなんだよ?万が一そうだとしても、顔を見ずに話するとかライン使うとか、最悪筆談とか。直接合わない方法はあるはずだ。そう考えると、少し気持ちが前向きになった。
「おっし! 行くぞ」
顔を上げ、パンと両手で頬を打つ。
そこだけようやく血色を取り戻した男が、鏡の中から無機質な声で言った。
『【再会】は禁止です』
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