5月15日 公開分
【No. 083】手を伸ばせば届きそうなあの星から
手を伸ばせば届きそうなあの星から、ある日、その人は降ってきた。片道限りの一人乗りロケットに乗って、あの日とは違う傷だらけの軍服姿で。
「ただ、
護衛軍の兵士達に捕縛され、王宮の中庭に引き出された彼は、私の姿を見つけるや言った。決死の覚悟の中に、どこか優しさをも
その場に集った大勢の中で、彼の星の言語を理解できるのは私を含めて僅か数人だったはず。
それでも、私の
青空の彼方には、その日もうっすらとあの星が見え、城下の人々は不安の中でも日常の暮らしを送ろうとしていた。
……私達のただひとつの兄弟星が、侵略の準備を整えつつあることを、いまやこの星の誰もが知っている。
★ ★ ★ ★
私達の星と彼らの星は
文明のはじめ、多くの民族の言語では、彼らの星を「
天文学がすすみ、彼らの星もまた
あちらにも生命体が……人間が存在することがわかったのは、二百年の昔、望遠鏡が発明されてからのことだった。兄星に住む彼らは、一足先に私達を見つけ、彼らの地上に多くの絵や文字からなるメッセージを記してくれていた。神が、あるいはそれに類する偉大な知性がそう
四万
私の母が覇権国家の姫としてこの世に生を受けた頃、彼らの星から、有人
そして、今から五年ばかり前。遂に彼らのロケットが完成し、史上初めて彼らの星の引力圏を振り切った人間が、この星の大地を踏んだ。
それが、彼らの星と私達の星の、最初で最後の友好的な接触となった。
★ ★ ★ ★
初の訪問から五年を経て再びこの星に降り立った彼は、軟禁状態の城内で、私と侍従達との数人きりになった時にそっと真意を打ち明けた。
「一年以内に戦いが始まる。この星の人々は全て殺されるか奴隷にされる。だが、貴女だけは自分が最後まで守りたい」
彼らが侵攻の準備を進めていることは、私達の星からもわかっていた。彼らがわざと見せつけていたのだ。広大な砂漠に基地を作り、彼らは巨大な軍用輸送ロケットの建造をはじめていた。
空を越えて私達の大地を踏みにじるべく、彼らの兵士や武器が続々とその基地に集まりつつあることは、この星のすべての望遠鏡から手に取るように観測できた。
彼らに対抗しうる武力も、この星の外に逃げ出す手段も持たない私達には、その運命に抗うすべはなかった。姿形は同じでも、彼らの文明は私達より何世紀も進んでいたし、血に
彼は王宮に亡命者として
神が、あるいはそれに類する偉大な知性がそう誂えたかのように、彼の体はこの星の男性と何もかも同じだった。
それから一年近くが経ち、私は今、生まれたばかりの娘を抱いて、王宮の窓から青空を見上げている。すべての街には朝から
彼らの軍用ロケットは半日前にあの星を飛び立ったという。今夜には肉眼でも見える距離まで迫るだろう。明日の朝には、私達の人智を遥かに超えた武器を携えた軍勢が、何万人とこの星に降り立ち、
「お前達は、俺が最後まで、守る」
傍らに立つ彼が私達の言語で言う。まだぎこちなさの残る、しかし強さと優しさを含んだ発音で。
「……私は、あなたにも生きてほしい」
叶わぬ望みと知りながら、それでも私は想いを口にする。切なく口元を
亡国の姫となるであろうこの子に、私達は願いを込めて
この子だけは助けてもらえるだろうか。この小さき星に
手を伸ばせば届きそうなあの星から、今、侵略の手が私達の星に伸びようとしている。
その運命を意にも介さぬように、青空だけがどこまでも綺麗に澄みわたっている。
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