【No. 031】再開 魔王と勇者の場合

「フフフ・・・・・・待ちわびたぞ・・・・いや、今世の勇者よ!」


 寒々とした空気が漂う豪奢な広間に俺は一人で絶世の美女と対峙していた。

 黒く長い流れるような髪は美しく、思わず手にとってしまいたくなる程だ。

 そして切れ長の瞳は髪と同じ黒色なのだが少し紫がかった色をしており、雪のような肌と相俟って深い深い暗闇色に見えてしまう。


 「光栄だね!アンタみたいな美女に待っていて貰えたなんて!何ならでも一緒に踊らないか?」


 そう言いながらも俺は聖剣アロンダイトを正眼に構える。

 一瞬足りとて油断できない。

 それ程の魔力が眼の前の美女、もとい魔王ホーアルナンタ―の周辺を渦巻いている。

 俯き加減の魔王が一歩一歩と俺の方へと歩を進めてくる。

 その度に、自分の持つ光の魔力と、魔王の闇の魔力が軋み合う。


 空気が――――

 地面が―――――



 ギシギシと揺れる。



 轟々と吹き荒れる魔力に耐えきれず、魔王城の石畳がゆっくりと剥がれ、重力に逆らい中空へと舞い上がっては塵芥へと帰って行く。


 勇者には石畳が、これから始まる壮絶な戦いを予期している様に思えた。


「っく・・・想像以上にとんでもねぇな」


 後、数歩で手が届く。

 そんな間合いに魔王が入った時、漆黒色のドレスのフレアスカートがふわりと浮いた。

 それと同時に軽く膝を曲げる魔王。

 その様子はまるでダンスの始まりの様で、絵画から切り取られた様なその様は一際優雅で勇者の心を穿った。


「世は―――――ジルバは苦手なのだ。。」


 そう告げた魔王―――――彼女の瞳は涙に溢れていた。


「美女を泣かす趣味はないんだけどな――――それに俺の名前はヘンドリクス。カールじゃないんだ。」


 本当はこんな事するべきじゃ無いんだろう。

 だけど無防備な彼女を眼の前にして俺にはどうしてもこれ以上剣を構えることが出来なかった。

 アロンダイトを鞘に収めると、俺は、彼女は、どちらからともなく互いに手を伸ばした。

 吹き荒れていた魔力はいつの間にか成を潜め、まるで元から一つの物だったかのように混じり合っていた。

 


「人の身で忘れてしまうのは致し方ない。しかし其方の真名はカールビンソン・ヘンドリクス。原初の勇者にして最悪の魔王ロビンソンでもある。」


 そう彼女が告げた。

 普段なら何を馬鹿な話をと一蹴するはずなのだけど、何故か彼女の言葉がストンと腑に落ちた。


「嗚呼・・・・そうだったのか」


 その瞬間僕は理解した。

 何故勇者だからと言って命を賭して魔族と戦ってきたのか。

 魔族も魔族の営みがあり生活があったのもここに来るまで見てきた。

 愚かだと思った。

 肌の色が、言葉が違うだけで争っていた。

 何故否定したのか?何故受入れられなかったのか?

 心が否定していたと思っていた。

 だが―――違った。


 「俺は――――」「勇者は――――」

 「「呪われていた」・・・・・・・・・そして妾も呪われ生を受けた」


 繋いだ手がふわりと離れていく。

 指先に少しだけ届かない。


 「勇者は記憶を無くし、魔王は全てを覚えてる」


 朗々と、凜と、魔王が、彼女が謳う様に、揺蕩う様に祝詞を紡ぎ出す。


 「我等は輪廻し必ず回帰する。幾星霜繰り返しただろうか?時には最愛の人に殺される為魔王となり、時には全てを忘れ最も愛した人を殺した咎人となる。一体何度繰り返せば争いは無くなるのか!一体何度私は貴方を殺すのか!一体何度アタシはアンタに殺されるのかぁぁ・・・・・・ねぇ、教えてよ・・・・・・うっ・・・・・・・・・ぐぅ」


 感情が剥き出された彼女の悲痛は僕の胸に確かに届いた。


「全部思い出した。確かに僕は君を愛してい。だけど僕はここに来るまで余りにも多くの犠牲を払いすぎた。僕だけ・・・・・・僕等だけ幸せになる事は出来ない。僕は余りにも多くの命を奪ってしまった。ホーアルナンタ・・・・・・いやキャサリン。もう終わりにしよう」

「あいしてい『た』?たぁ~?巫山戯るな!こっちとらお前が産まれる前から魔王させられて、ずっとずっとお前の事思い続けて200年以上待ってたんだぞ?それをだ、あ゛あ゛ぁ?あいしてた?『たぁ』今一瞬思い出しただけで愛を語るなこのズベタ野郎がぁ?どれだけこの瞬間にかけて用意してと思ってるんだ?分かるか?お前今幾つだ?『19歳で』じゅぅうううきゅうッ!!!若造が!!!こちとら248歳なんだよ!!!248年お前の事想い続けて絶世の美女になるために存在してきたんだよ!!それをお前?「多くの犠牲を払いすぎた?」ぼけぇっ!!しっとるわ!!どうするんだよ!?今、これから!?このままアタシが死んでまた繰り返すのか?争いを?それともここで愛を育んで終わるのか?それとも全部放棄して――――――――今此処で死ぬか?嗚呼??」


 ガチガチガチガチ―――――――


 何の音だろうと思っていたら僕の歯が鳴る音だった。

 美女が怒ると怖いってホントだったんだ。

 と、取り敢えず怒りを収めて――――。

 

 「アレ?なんだか変な臭い」

 「な、なぁキャサリン――――俺、考えたんだ。僕も今記憶が少し戻ったばっかりだし、ほら、しばらく一緒に暮らしてお互い色んな事話合う時間を作たっらどうかなっ―――――」


 ザシュっ――――


「アタシ流石にお漏らしする男と一緒には居れないわ」


 最後に僕が聴いたのはそんなキャサリンの言葉だった。



□■□■□■□■□


 「ほっらぁ~。やっぱり永遠の愛なんて無いじゃ無いかファー?」

 「いや、結構いい線いってたよこの人達。だってほらかれこれ30回以上は輪廻をめぐってるよエル」


 ふむ、と一言頷くとエルは顎をさすり思案顔だ。


 「確かにそうだな。しかし敵対する立場を繰り返させるとかファーは存外意地悪だな」

 「そんな事無いさ。僕は優しいよ?あ、イイコト思いついた!次はさ親子なんて良いかも知れないね?ほら人間の心の動き、感情の起伏一杯見れるんじゃ無いかな?」

 「ファー、親子をどうするつもりなんだい?」

 「どうしようかな?今度は親子を殺し合わせる?それとも離ればなれにして探させる?」

 「残酷だな―――」

 「ええ?そうかなぁー?」


 ふぁさっ、と二人は大きな黒い翼を広げると魔王城の棟の上から飛び立っていった。

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