【No. 095】留学した幼馴染に再会したら、別人どころか外人になって帰ってきた

 とある晴れた日の日曜日。私は親友の聡子を連れて田舎の寂れた駅に向かっていた。いや、連れてではない。聡子の付き添いで駅に向かっていると言う方が正解か。


「純ちゃん、私なんだか怖い」


 私の隣を歩く聡子が不安気な声を出す。私は景気付けるように笑いながら聡子の背中をバンと叩いた。


「なーに言ってんの! 譲治はあんたの彼氏じゃん。たった二年留学に行ってただけでしょ。久しぶりに会うからってそんな緊張しないの!」

「うん……でも、会わない間にすごく変わってたらどうしようと思って……。英語がペラペラになってたり、女の子遊びもしてたりして、こんな田舎に住んでる私のことなんか嫌になっちゃわないかな」

「だってあの譲治でしょ? 気が弱くていつもニコニコしてる譲治がそんな簡単に変わるわけないじゃん」

「そう、そうだよね」


 私の言葉に聡子がコクリと頷く。だが、その瞳は不安に揺れていた。

 まぁ無理もないか、と私は内心でため息をつく。聡子は顔は可愛いのだが、やはり田舎育ちゆえどうも芋臭さが抜けない。もう大学生になったと言うのに、未だに小さい頃と同じ黒髪ショートで化粧もしていない。都会の大学に進学し、染髪カラー化粧メイクを覚えた私から見ると物足りないのは確かだ。

 それでも、私は小さい頃から譲治が聡子のことを大事に想っているのを知っている。そう、私達は幼馴染なのだ。

 物心ついた頃から一緒にいる譲治も、人の良さが伝わってくる垂れ目と短い黒髪が可愛い男の子だった。チェックシャツのボタンをきっちり上までとめていてファッションセンスが死んでるのは否めないけど、誰よりも優しくて気のいいやつなのだ。

 そんな彼が、大学生になってアメリカに留学したいと言い始めた時はびっくりしたものだ。聡子も私も反対したが「ビッグになりたい」と言う彼の言葉が覆ることはなかった。

 そして今日は、彼が留学を終えて帰ってくる日だった。だが、長い海外生活を経て恋人が変わっていないかが心配らしく、聡子がどうしても私に付いてきてほしいと言うのだ。ゆえに、私はこうやって彼女の付き添いをしている。


「もうすぐ電車、来るね」


 聡子が駅の時計を見ながらソワソワと落ち着かない様子で言う。


「大丈夫よ、人間そう簡単に変わらないもの。せいぜいハンバーガーを食べるのがうまくなってるのと、コーラのことをコークっていう程度しか変わってないって」

「そうかなぁ」

「そそ。あとまぁポテトのことをポテェイトゥって言うくらいじゃない? あんたのことを好きなのは絶対に変わらないって」


 私が笑って言うと、聡子も微笑みながら頷いてくれた。と同時に、ガタンガタンと音がして駅に電車が滑り込んできた。


「あっ来たよ! ほら、二年ぶりの再会じゃん」


 そう言って私は聡子の背中を押す。おずおずと進み出た聡子の目の前で電車の扉が開く。そこに立っていたのは――




 金髪碧眼のマッチョメンだった。



「誰!!」

「やぁサトコ、ジュン。二年ぶリだネ〜! 俺だよ、俺! ジョージ! 忘れちゃったノ〜?」

「いや日本語カタコトすぎだろ!!」


 あまりの別人っぷりに私は思わず大声で突っ込んでしまった。いやどっからどう見ても知らんやつだ。なのに隣の聡子はハッとした表情で彼を見つめている。


「本当に譲治なの……?」

「そうだヨ聡子! どっからどう見ても君たちの幼馴染のGeorgeじゃないカ!」

「いや無駄に発音が良すぎて腹立つな! どこからどう見ても知らない外人だよ。行こ、聡子」

「でも純ちゃん、もしかしたら彼すっごくアメリカかぶれになっちゃったのかも。大阪に行った明子だって関西弁になって帰ってきたし」

「んな遺伝子レベルで変わるわけあるかぁ! 聡子目を覚ませ!!」


 聡子の肩を掴んでブンブン揺らすが、彼女は目の前の彼を見つめたままボーッとしている。久しぶりの恋人との再会というイベントのせいで脳が思考を停止しているようだ。


「でも、もしかしたら本当に譲治かも……だって私達の名前知ってるし」

「そこがキモいのよ! なんで私達のこと知ってるの!? まさかストーカー!?」

「それは僕がホンモノのジョージだからだヨ。サトコ。もうすぐ付き合って三年ダネ。あそこの桜の木の下で僕が告白したのを、君も覚えてるダロ?」

「そ、そう。当たってる……」

「ジュンコも久しぶりだネ。ジュンコが酔っ払って飲み会の後にそこの道端で大の字になってたのが懐かしいナ〜」 

「なんで私の思い出はそれなんだよ。殺すぞ」

 

 だが私のツッコミは虚しく青空の中に溶けていくだけだった。

 



 結論から言うと、彼は別人だった。当たり前だ。問い詰めた結果、黒髪チェックシャツの本物の譲治が電柱の影から顔を出した。

 どうやら譲治は留学したものの、ずっと日本人と喋っていたばかりにあまり英語力が身につかなかったらしい。この結果は恥ずかしいと思った彼は、ルームメイトに頼んで替え玉になってもらったということだった。

 私としては英語ができないことよりも、幼稚園児にもバレそうな替え玉作戦を決行したアホさに涙が出そうだったが、聡子が目を潤ませて再会を喜んでいるから水に流すことにした。

 そしてなんとこの金髪外人の名前もジョージだという。


「実は僕も日本に留学することにしたんダ。よろしくね、ジュンコ」

「は? え? 何ここに残るの?」

「あ、彼、東京の大学に留学することになったんだ。日本のことはよくわらないだろうから、純子と同じアパートを教えておいたよ。よろしくな」

「何勝手に決めてやがんだこの赤チェック野郎ォォォ! ていうか別人だってバレる前提だってことじゃん! お前は英語力の前に知能をつけろ! 馬鹿ジョージ!」

「おい馬鹿なんて言うのをやめろよ。ジョージはまだこっちに来て日が浅いんだから、そんな悪口言ったら可哀想だろ! 純子は酷いな!」

「いや酷いのはお前の頭だよ!! どう見てもさっきからお前のことしか言ってないだろ!!」


 だけどなんやかんやあって、結局ジョージ……もといGeorgeが私のアパートの隣の部屋に住むことになり、幼馴染との再会が新たな恋の出会いになったりするのだから人生わからないもんだ。


 え、その話気になるって? 文字数が足りないから、その話はまた今度。

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