5月18日 公開分
【No. 094】あたしの会社のダンディな部長がド変態な素人作家だった件について
プレゼン動画を再生するため、藤堂部長に借りたタブレットを開くと、見慣れたアプリが表示されていた。
小説投稿サイト〝カイテヨンデ〟のユーザートップページだ。
《大筒さんのダッシュボード》
の下には「最近更新した小説」
その一番上に、連載中『ロリッ子奴隷を大人買いしたら異世界で最強の小学校が爆誕したのでざまぁする』の文字が。
「はあぁぁぁぁぁぁ?」
あたしは、ここが客先の会議室で、最終契約に向けたプレゼンの場であることを一瞬で忘却し奇声を上げた。
「
プロジェクタースクリーンの隣で待機している、タブレットの持ち主である藤堂部長が聞いてくる。
どうした? じゃないわ!
ただ、そんな醜聞は我が社の問題であってお客様には関係ないのだ。
ここでいま一番大事なことは契約を取ること!
こんなことで仕事を投げ出しちゃいけないんだ! あたし!
「いえ、なんでもありません」
あたしはレイヤー時代、いつでも表情を切り替えられる鍛練をしてきた女。
状況対応能力だって問題ない。
タブレットのホームボタンを押し、プレゼン用の動画アプリをタップしてから、プロジェクタに繋がるケーブルを挿す。
やっべ、先にケーブル挿さなくて良かった、マジで。
「……!」
あたしの一連の不審な動作を見たからだろうか、藤堂部長が何かを察する。
だが慌てることなくスクリーンに映し出されたプレゼン動画に合わせ流ちょうな解説を始める。
さすが、あたしが尊敬……もう過去形でいいよね? していた部長だ。偉いぞ。
あたしは藤堂部長が仕事をしている間、今朝のショックが伏線であったことを思い出す。
〇〇〇
あたしは今朝ショックなことがあった。
一人暮らしの気軽さで、朝食を食べながらスマホで見るのは〝カイテヨンデ〟
今年、就職してから自分の作品を執筆する時間も取れず、もっぱら読み専で、フォローしている作品や作家さんの更新状況を確認する日々を送っている。
その中に、「大筒」というペンネームの作家さんが新作を上げていた。
『ロリッ子奴隷を大人買いしたら異世界で最強の小学校が爆誕したのでざまぁする』
というなんとも形容しがたい作品名だった。
題名詐欺かもしれない、と好意的な疑いのまま本文を読んでみる。
うん。ロリじゃなかった。それどころか、ペドだ。
自主レーティングで「性描写有り」にチェック入れりゃいいってもんじゃないだろうに。
「え? どうしたのこの人?」
一人暮らしが長いと、けっこう独り言を発する癖がついているが、思いのほか大きな声になった。
なにせ「大筒」さんと言えば。
『黎明のカストゴレイル』という異世界ファンタジーの長編でブレイクし、『
さらに驚いたのは『強欲の801』というBLジャンルでの現代ドラマ。
多くの中高生を腐らせたと話題の作品だ。
あたしは高校時代、17歳からこちら側に来たけど、23歳の今に至る六年もの間、大筒さんを知っていた。思えば活動期間も似たようなものだ。
相互フォローの関係で、コメントのやりとりだってしていたし、ファンだったと言っても過言じゃない。
もちろん、尊敬するクリエイターは他にもたくさんいるし、大筒さんが唯一無二の存在だとか、人生に於いて多大なる影響を受けた、というほどじゃない。
それでも、生み出される作品を毎回楽しみするくらいの存在だったのだ。
にも関わらず、まさか倫理ギリギリの線を狙って来るとは、誰が想像しただろうか。
性癖はいい。
どんな思いがあり、どんな表現をするか、そんなのは自由だ。
それが多くの読者に受け入れやすい流行みたいなものであっても。
その証拠に、新作だと言うのに、星も作品フォローもえらいことになっている。
「この人も、売れる小説が書きたいってことかな」
そう呟いて時計を見ると、出社ギリギリの時間になっていた。
今日は顧客での最終プレゼン。
社の規模としてはけっこう大きな契約で、部長指名であたしがお供を仰せつかっている。
遅刻する訳にはいかないのだ。
アパートを出るころには、大筒さんがロリに目覚めたショックは薄れていた。
そう、あたしは社会人だ。
現実世界が、趣味の世界に引きずられるわけにはいかないのだ。
〇〇〇
「その、なんだ、すまなかった」
「なんのことでしょう?」
部長は助手席で、膝上に置いたタブレットを眺めながら呟く。
プレゼンは大好評で、次回のアポで本契約という大成功の帰路、社用車の中は異様な雰囲気に支配されている。
「見たんだろ?」
多くを語らない部長が端的な質問で仕掛けてくる。
秘密を見たあたしを、どう対処するか悩んでいるのか? だとすれば、とぼけるのが最適か? 間違っても揶揄していい状況じゃないだろう。
「作品の投稿をされていたんですね」
「ん、ああ、数年前から、な」
作家が身バレする辛さは承知しているつもりだ。しかも、あの内容の作品を同じ会社の部下に知られた部長の心境、お察しします。
作品の内容に触れるのは悪手だ。無難なテーマでお茶を濁そう。
「大筒というのは?」
「私の名前をローマ字で並べ替えたんだ」
「ああ、なるほど。でも、まさか部長が大筒さんだったとは思いませんでしたけど」
「……私を知っているのか?」
やべっ、あたしが大筒を認知してるってのは失言だ。
部長は驚き、運転中のあたしの顔を凝視する。つーかこっち見んな。
「
「……
「ひょっとして、美少女レイヤー作家のミサミサかね?」
こいつ! なんであたしの秘密を! 〝カイテヨンデ〟内じゃ「ミサミサ」としか言ってない。レイヤーなんて公言してない。
動揺を肯定と受け取ったのか部長は続ける。
「マジ、え、マジ? 本物のミサミサ? いや、コミケとかで見てたのはコスだもんな! そっか似てるとは思ってたんだけど、いやまさかこんな偶然もあるんだな! 私はね、そんなミサミサが素人作家で投稿始めるって聞いて、興味持って、それから自分でも書き始めたんだよ。いやーそうか、
こうして、出会っていたことすら知らぬまま、リアルで再会は果たされた。
そしてそれは、あたしにとって地獄のリアルの始まりだった。
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