【No. 093】ボクたち三人で遊んだ裏山の秘密基地とドラコの思い出

 たっくんと、カズと、ボク。

 あの頃のボクらは小学生四年生で、仲良しで、いつまでもこうやって一緒に遊んでいるんだって思っていた。そんなボクたちは夏休みが始まったばかりのある日、山でドラコと会ったのだ。

 ドラコは、ボクたちと変わらないように見えた。少し不思議な服を着ているし、髪の色が緑色で目も緑色だけど、背丈は同じくらいだった。

 表情だって。お調子者のたっくんのおしゃべりに、一緒に笑った。おやつに持ってきたポテチとチョコを食べて、美味しいと言っていた。

 それ以外のことはよく知らない。ずっと昔の文明だとか言っていたけど、あまり詳しいことは話せないみたいだった。翻訳機能がどうとかって言っていたのは覚えている。

 ボクたちは夏休みの間、秘密基地にドラコを住まわせて、ずっとそこで遊んでいた。食べ物を持ち込んで一緒に食べたり、漫画を持ち込んで回し読みしたり、携帯ゲーム機で対戦したり。

 ドラコは最初、漫画の読み方もゲームの遊び方もわからないみたいだったけど、少ししたらすぐに覚えた。「似たようなものがあった」と言って、ゲームなんかボクたちの中で一番上手になったくらいだ。

 ゲームが得意なたっくんはムキになって、何度もドラコと対戦しては、勝ったり負けたりしていた。

 根拠なんてなかった。ずっと今が楽しくて、ずっと一緒だと思っていた。


 夏休みの終わりに、ドラコはいなくなった。「また会える」と言って、どこかに行ってしまったのだ。

 それからだ。なんとなく、何をしていても物足りない感じになってしまった。三人で集まっても、みんなどことなく上の空だった。

 五年生になる時にクラス替えがあって、三人ともバラバラのクラスになってしまった。それでも最初のうちは三人で遊んだりもしたけど、気付けばたっくんもカズもクラスの友達といる時間の方が長くなっていた。

 カズは私立の中学を受験するんだとかで、放課後は塾に通うことになったらしい。塾の行き帰りの急ぎ足を何度か見かけたりした。そしてそのまま、カズは少し離れた私立中学に通うことになった。

 たっくんとは同じ中学だけど、すっかり話さなくなっていた。なんというか、グループが違うのだ。顔を合わせても、昔一緒に遊んでいたことなんか、もうなかったみたいに通り過ぎるだけだ。


 高校ではたっくんとも離れることになった。たっくんは工業高校に通うらしい。気付けばたっくんの髪は金色になっていた。

 カズはどこかの進学校に通っているんだって、何かで聞いた。

 ボクは、そこそこの成績の生徒が通う地味な制服の公立の高校。たっくんともカズとも、世界が違ってしまったんだな、と思う。二人はきっと、小学校の頃のあの面白く遊んだ頃のことなんか忘れてしまったんじゃないかって気がする。


 それでもボクは、ドラコの「また会える」って言葉を信じていたんだ。


 夏休みの夜、むき出しの腕で額の汗をぬぐいながら、ボクは山を登っていた。学校の裏にあるから裏山と呼ばれていて、ボクたちはそこで遊んでいたけど、本当は誰かの私有地だったらしい。

 私有地だけどたまたま放置されていて、だからボクたちはそこに秘密基地なんか作って遊べていた。けれど、ボクたちが一緒に遊ばなくなった頃、持ち主が変わって管理されるようになってしまった。

 ボクたちの秘密基地も撤去されたし、ボクたちは怒られた。それでも、今まで放置されていたことや、子供だったことや、幸い事故がなかったことから、ボクたちは見逃された。

 けれど、今はもう違う。ボクはまだ子供の範疇とはいえ、小学生の頃のような言い訳が通じる歳ではなくなってしまった。

 それでもこうやって裏山を登っているのは、ドラコの声を聞いた気がしたからだ。

 ドラコがいれば、また楽しい日々が帰ってくるだなんて、そんなことはもう思ってない。ボクたちは変わってしまった。ただ、ボクはまたドラコに会いたかったんだ。

 リュックの中身が背中に当たって、少し体を揺すって背負い直す。リュックと背中に挟まれた服がじっとりと濡れているのが気持ち悪い。それでもボクは登り続けた。懐中電灯の小さな光で足元を照らしながら。


 秘密基地があった場所は、どうってことない林だった。当たり前だけど、もうそんな面影はない。ドラコもいない。

 当たり前だ。もうあの頃じゃない。

 ボクはリュックを下ろして、中から折りたたみの踏み台を出した。これが硬くて、背中に当たって、ここまでの道のりとても痛かった。それを近くの木の根元に置く。

 それから、紐。結び方は何度も練習した。輪っかを作って枝にかけて、長さを調節して幹に結びつける。踏み台の上に乗って、その輪っかを両手で持って、最後にと周囲を見回した。

 たっくんとカズとボク。三人で遊ぶのは楽しかったよ。でも、ボクが楽しかった思い出はそれが最後なんだ。

 ドラコ。不思議な友達。「また会える」って言葉が本当なら、本当にまた会えるなら、踏みとどまれるかもしれない、なんて思っていた。


 深呼吸をして、輪っかに首を──そのとき、光が見えた。


 ちらちらとした光が、こちらに近付いてくる。見付かってしまったと思えば怖くなって、ボクはその姿勢のまま立ち竦む。

 近付いてきた光の中に浮かび上がったのは、たっくんとカズだった。


 ボクは二人に引き摺り下ろされて、泣いてしまった。

 ドラコの声が聞こえたんだ。二人ともそう言っていた。


 その夜、結局ドラコは姿を見せなかった。けど、ドラコがボクたちとまた会いたいと思っていることは、三人ともなんとなく理解していた。きっとドラコにも何か都合があるのだ。

 死に損ねたボクの状況は何も良くなってない。たっくんもカズも、二人にはもうそれぞれの進む道がある。ボクとは違う。でも、連絡先を交換した。またドラコに会うときのために。

 ボクは──せめて最後にもう一度、ドラコに会いたい。そう思っているのは本当だ。

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