5月12日 公開分

【No. 072】穴狙い

【さあ、各短編ゲートインから一斉にスタート。14番『天使のビデオレター』好ダッシュ、3ポイントリード。追って15番『あの日のココアをもう一度』、内からは5番『再戦の刻』、さらには6番『ここで会ったが八百年目』、3作横一線。外を回って2番『サイカ先輩のタイムリープ概論』、2ポイント離れて――】



「よう、爺さん。性懲りもなく今日も穴狙いかよ。よくやるねぇ、どうせスると分かっててよ」

「ふん。勝算のない博打はせんぞ、儂は」

「んなこと言ってよぉ、今月に入ってもう三連敗じゃねぇか。俺が言うのもナンだがよ、ドブに捨てる金があんなら孫にオモチャでも買ってやったらどうだい」

「要らんお世話じゃわい。儂ぁの、若いの。の再来を待っておるのよ」

「あぁ? だからよぉ、この匿名コンレースで『穴』なんて短編が勝った試しはねぇだろうが」



【さあ、どっと広がって先頭、12番『最後の握手会』。14番『天使のビデオレター』が差を詰める。内から7番『未練』、さらに6番『ここで会ったが八百年目』。あと200を切って、先頭は外から15番『あの日のココアをもう一度』、『ツワモノどもと夢のあと』、『ここで会ったが八百年目』、さあ9番『元カレ殺し』が出た! 『元カレ殺し』、ゴールイン! 2着は『ここで会ったが八百年目』、3着は――】



「あぁ畜生ッ! ココアのヘタレがよォ!」

「お前さんもスッとるじゃないか」

「てやんでぇ、てめぇのご執心の『穴』なんざカスりもしてねぇだろが。なあ爺さん、なんだってそんな捻りのねぇタイトルに毎回突っ込んでんだ。まだボケちゃねぇんだろ」

「ふん、どうせ今日びの若いモンは『光VS闇編』も知らんのじゃろ」

「知らねぇよ。あんだそりゃ、昔の匿名コンか?」

「教えてほしけりゃ一本寄越しな」

「チッ、意地汚えジジイが……っと、禁煙中だったぜ。かかぁがウルサくてよ」

「三日とつもんかね。まぁいい、貸しにしといてやろう」

「偉そうに言いやがって。それで、その『光VS闇編』とやらで何があったんだよ」

「忘れもせん、あれはこの競文場けいぶんじょうの移転前のこと……年号が変わったばかりの頃じゃ。初めてサイド対抗戦が導入された光VS闇編でな、何人もの作者がたわむれに突っ込みおったのよ。『穴【ホラー要素あり】』と題された短編を、初日の内からな」

「あぁ? おいおい爺さん、やっぱり耄碌もうろくしちまってんのか。そいつぁ話が合わねぇだろ。なんでオープンの前から他のヤツとタイトルを被せれんだよ」

「簡単なことじゃわい。あの頃は事前の受付期間の内から、届いた作品のタイトルを主催者がグループDMで公開しておったのよ。勿論、中身は伏せてな」

「はぁ、ナルホドな。誰かが『穴』って作品を出してんのを見て、中身も知らずにタイトルだけ被せて悪ノリしやがったわけか」

「そういうことじゃ。オープン後には連中の悪ノリはさらに加速して、『穴【ホラー要素あり】』だの、『穴【ホラー要素なし】』だの、『穴【性描写あり】』だの、『穴VS穴』だの『穴VS穴VS穴』だの『穴ファイナル』だの、光と闇の両サイド合わせて二十に届こうかという『穴』が量産されていった。『穴【穴要素なし】』なんてのもあったのぉ」

「へっ、そんだけ穴ボコじゃ馬も走りづらかろうぜ」

「これ、若いの、ここは競馬というギャンブルが競文けいぶんに置き換えられておる世界じゃろうが。上手いこと言おうとして世界観を混乱させるでない」

「べらんめぇ。メタ発言のジジイに言われたかねぇや」

「……のう、若いの。儂ぁ、あの頃の匿名コンが懐かしいのよ。今の匿名コンが悪いとは言わんがな。悪ノリという点じゃあ、まだまだあの時代には及ばん」

「ケッ。それで願掛けってワケか」

「ここの連中が皆『穴』を忘れてもな。儂が賭け続けておる限り、いつかは再び『穴』の開く時もあるかもしれん」

「開いたらどうなるってんだ」

「それは連中の決めることよ。儂の知ったことじゃないわい」

「無責任なこって。年寄りはこれだからいけねぇ」



【……14番ゲートは『幼馴染の備忘録』。15番『帰ってきたウチュウ人』。最後は16番ゲート『穴狙い』――】



「じゃからな、若いの。たとえ目の前のレースを何度かスッてもな。この新匿名コン再会編で、『穴』と題された作品にこれから一作でも再会できたら、この賭けは儂の勝ちなんじゃ」

「ハッ。そん時ゃ孫にケーキでも買って帰りやがれ」

はな垂れ小僧にゃオレオで十分じゃわい。ほれ、次が始まるぞ」

「16の単勝か。相も変わらずドブに捨ててやがる」

「なんの。最後にゃ儂が――」



【……全短編、スムーズに収まって係員離れます。さあ、一斉にスタートしました――】



「勝つぞ――」

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