【No. 089】桜の下でまた会おう【ホラー要素あり】

 優花は気が重かった。

 十年ぶりに会う中学校の同級生に良い思い出がないことも、三年前に廃校になった中学校に訪れるのも、そして、彼に会うことも。

 あの頃に使っていたバスを待ちながら、バッグの中から一枚の古びた葉書を取り出す。

 そこに書かれている文字と、当時の出来事を思い出す印象的なイラストを眺める。

 教室の引き戸と、その上に紐で繋がった青いバケツ。そして水に濡れて笑っている少年の絵が描かれている。

 幹事に聞いたが、桜木くんは集まる全員に葉書を投函したらしい。そして桜木くん自身の体験が描かれていることは、今日集まるクラスメイト全員が知っていることだ。


 無邪気とか、悪ふざけで済む話でないことはその頃からぼんやり理解していた。

 にも関わらず、何をされてもニコニコして情けない声を上げる桜木くんから得られる笑いは、テレビの向こう側で繰り広げられるコントを自分達が演じている実感を伴い、それが田舎の中学生が得る数少ない娯楽と感じていたのは紛れもない事実だ。

 彼が当時、どんな思いでいたか、彼がその後どんな人生を歩んでいるか、彼からの葉書が届くまで、優花は一度も振り返ることはなかった。


『桜の下でまた会おう』


 イラストに添えられた一文に、彼はいったいどんな想いを込めているのだろう。

 彼へのイタズラに積極的に絡んだことはなかったが、それを見て笑っていた一人として、恨み言の一つや二つは受け入れるべきだと自戒する。

 そして社会人として、分別のつく大人として、過去の自分の振る舞いを精算しなくてはならない。

 気は重かったが、今回のタイムカプセル開封式を、贖罪の機会としてしっかり謝っておこう。

 十年目のこの機会にこんな葉書を送った彼だって、きっとそれを求めているはずだから。


 それにしても、この葉書はずいぶん黄ばんでいるように見える。

 消印は数日前なのに、書かれてから投函されるまでずっと宙を彷徨っていたイメージが浮かぶ。

 優花たちが覚えていなくても、彼だけはあの頃を忘れていなかったということなのだろう。



 中学校の校門前に当時の担任を含む十五人が集まると、担任は閉鎖されている校門脇の通用口にかかる鍵を開ける。

「あれ? 桜木くんは?」

 優花は当時仲の良かった聡美に小声で問う。

「あーなんか遅れて現れるとか何とか、桜木のお母さんが幹事の佐藤に言ってたみたいよ」

「そう、なんだ」

「あれでしょ? 桜木からの葉書。あれなんなんだろうね? ずっと前に書かれたみたいだし、お前らのしたこと忘れてないぞって脅しみたいなやつ?」

 聡美は少し呆れたような、憤慨してるような苛々とした口調だった。

「実際さ、忘れてたんだよね。だからとりあえず、謝れれば謝ろうかな、なんて」

「そんなことしなくていいよ。大体さ、あいつだってそうやってみんなと遊べてたわけでしょ? 今の時代なら普通にシカトされてボッチだったのを、ちゃんと役割を与えてあげたんじゃない。佐藤や丸山たちも少しムカついてるみたいだよ」

 積極的に、桜木くんに絡んでいた筆頭の二人は、タイムカプセルを掘り起こすスコップを担いで先頭を歩く。

 ここから校舎脇を抜け、裏の林を少し歩いた先にある大ケヤキが、今日、優花たちが集まった理由。掘り起こすタイムカプセルが埋まっている場所だ。

 何人かのグループで談笑しながら未舗装の山道を歩く。

 三年前に廃校になった後、山の中腹にあり広大な敷地を含む中学校を管理するほどの余力がこの街に存在しなかったらしく、廃校後は立ち入り禁止措置が取られていた。

 今回はタイムカプセルを掘り起こすイベントということで、立ち入りを特別に許可されていた。

 人の立ち入りがない林は、四月特有の生命力が満ち始める予感のような雰囲気と、余所者を警戒する気配のようなものが漂っていた。

 気が重い。優花はその思いが内面から生まれたものではない実感を覚えながら薄暗い林を歩く。


 目的地で最初に飛び込んできた光景は桜色。

 それはピンク色でも桃色でもない、激しい桜色だった。

 満開の桜の木が、そこだけが異界と感じられるほど強烈な存在感を放っていた。

「おお、さすが山の中、ここだとまだ満開なんだな」

「あれ? ここがケヤキですよね、隣にこんな桜の木がありましたっけ?」

 担任は感嘆の言葉を漏らし、佐藤が隣にある大ケヤキを指差しながらその光景を訝しむ。

 佐藤だけではなく、こんなところに桜の木があることを、少なくとも十年前にタイムカプセルを埋めた誰の記憶にも存在しなかった。

「ああ、老木だったからな。いつの間にかまた咲くようになったんだな……ん?」

 担任の視線の先、背の届く位置にある枝に青黒い布のようなものに気づく。

「なんでブルーシートが張ってあるんだ?」

 誰かの声を聞きながら、確かに風化してぼろぼろになったブルーシートに思えた。そしてそこから垂れ下がる、紐のようなものを視認する。

 誰もが桜木から送られた葉書のイラストを思い出していた。だが、紐を引いて落ちるものはなんだ?

 予感を元に紐の下を辿ると、桜の木の根元に、僅かに盛り上がる雑草の生えた小山。そして。

「なんだ、立て看板か?」

 誰かの声に視線を向けると、桜の幹の根本、そこに木の板が括り付けられていた。

 恐る恐る近寄る佐藤が、そこに書かれている文字を読み上げる。

「タイムカプセルを、掘り起こしたらこっちも掘ってね、早く会いたい、な……」

 佐藤は読み終わる前に一堂を見回す。

 優花だけではなく、皆が重苦しい空気を感じ推し黙る中で。


 桜だけが、呼応するように、サアっと満開の花弁を揺らす。

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