【No. 088】ピアノデイズ

【ピアノデイズ】


ピアノを習わされたのは、母親の趣味である。

バレエはやっていなかったけれども、ピアノはやらされた。どうやら、母親は幼少期にピアノを習いたかったのだけれども、

習わせてもらえなかったらしく、その鬱憤、未練、わだかまり、そんなものが私に押し付けられた。

サボったら怒られるし、母さんの趣味でしょうなんて言ったら母親は泣くので仕方がなくやった。優しいとかそういうのではなく、

今にして思えば母親は子供だったのだろうとなる。母親の形をした子供。幼い。原因は祖母だろうかとなるが祖母は私が物心つく前に死んでいた。

近所のピアノ教室に通わされて週に何回かピアノを習った。さすがにピアノコンクールで優勝をするとか、海外留学だとかまでの腕は

身に付かなかったけれども、それでも両手でピアノは弾けるようになったし、家には電子ピアノがあったからそれを弾いてはいた。

母親は黒いピアノが欲しかったらしいが高いので無理だったのだ。置き場所とか困るし。


「ピアノ、ここにもあるんだ」


小学校一年生からピアノをやり始めて義務教育が終わる中学三年生まではピアノをやっていた。良く続けた。偉い! 私。

高校生になってからは部活動が忙しいで止めた。ちなみに部活は家庭科部である。お菓子を作って食べて終わる。お菓子は美味しい。

通っている高校は電車通学なのだけれども、駅にピアノが置かれるようになったのは高校一年生になって二か月ほどしてからのことだった。

ストリートピアノという奴だ。

過疎化が進んで小学校や中学校が潰れて行って、ピアノが余り初めて、ピアノの有効活用をするにはどうしたらいいのかみたいな話になり、

駅とか、公共の場とかにピアノが置かれるようになったのだ。暇な方は弾いてください。ルールはでも守ろうねと言うものだ。

行きかう人々はピアノに視線を向ける人も居るけれども、通り過ぎていく。ピアノはグランドピアノだ。側にある看板では小学校で使われていたが、

廃校になったので、と書いてある。グランドピアノの側には長椅子がある。

本日は部活もないので暇だったし、家に帰っても、自室のベッドでごろごろしながらソーシャルゲームを周回するぐらいしか

やることはないし、帰りの電車はまだまだ何本もあったから、一本ぐらい遅らせても、家には帰られる。

私はストリートピアノの側に行き、鞄を傍らに置いた。何を弾こうか考える。

よし。これを弾こうと鞄から譜面を出して鍵盤に指を滑らせた。

しっかりとした調律がされたグランドピアノは私が思っていた通りに音を奏でてくれていた。弾いた曲はやっているソーシャルゲームの

メインテーマソングだ。曲が全部英語なので和訳を見ながら聞いていた。英語の成績は良くないので歌詞の意味は翻訳を読まないとわからないが、

このアーティストは歌詞の方はゲームに沿わせて作ってくれていた。

採譜は出来る。フルで弾いた。弾き終わったらすっきりした。いい演奏をしたと自画自賛、両手を何度か振ってから私はピアノから離れる。

拍手をありがとう知らない女子高生の二人組。うちの学校じゃないな制服が違うし。

身近なところにストリートピアノがあると運が良ければいい演奏が聴けるし、たまにコスプレをして弾いている人とかもいる。

コスプレが出来る人は勇気があるとなる。やりたいからやっているのだろうけれども。


「帰ってソーシャルゲームをやろう」


演奏をしたらやりたくなったので、私は自宅でソーシャルゲームをすることにした。




私が演奏をして一週間後、ストリートピアノにまた来た。今日は何の曲を演奏しようかなとしていると、


「こんにちは。始めまして」


「は、はじめまして」


初めましてと話しかけられた。椅子に座った体を横に向ければ、そこにはお嬢様がいた。お嬢様と言ってしまったが、

着ている制服がキリスト系の女子高のものだよ。可愛い制服のところ。お嬢様(仮)は私に学校名と学年と名前を教えてくれた。

同学年だ……私も名乗る。


「たまに覗いていたら、逢えた。逢いたかったの」


「私に?」


「前に弾いていた曲。採譜がずれていたから」


ずれてたか、となる。ずれてたというのは音を私は書き記したのはいいが、おかしいところがあったのだ。


「分かるんだ」


「わたしもピアノをしているから、クラスメイトが聞いていた歌ってのは知っている」


「お嬢様、ソシャゲやるんだ」


「や、やるよ。やるからお嬢様だってやるから」


お嬢様というのを天の上の生き物と想っていたがこのお嬢様は否定した。近いところのお嬢様となる。


「演奏が出来るんだ。これも演奏ができる、よね」


「やってみる」


鞄から譜面を取り出して席を譲る。お嬢様は椅子に座り譜面を眺めてから譜面をピアノの譜面台に置いて、弾き始める。


(上手い……)


お嬢様、とってもピアノが上手だ。私以上に上手い。どれぐらい上手いかというと採譜した譜面にアレンジを加えて、

なおかつ聞きやすく、流れるように演奏をした。ピアノは音で描く絵画みたいなところはあるが、丁寧に水彩絵の具で景色を塗りたくって、

作っているような、そんな演奏だ。

彼女がピアノを弾き終わると、拍手が聞こえた。ギャラリーが出来ていた。


「どうだった、かな」


「凄い上手い。私以上に上手い。お嬢様、凄い」


「凄いと言ってくれたのは嬉しいけれど、貴方のお陰だから」


……私のお陰って何があるのだろうとなる。初対面だよな、恐らく。初対面じゃなかったらすまないとなる。


「私が手助けに慣れているなら良かった」


妥当な返事をしておく。


「ピアノ。弾いているのが楽しいのは久しぶりだったの。いつもはクラシックばかりだから」


「音ゲーとかしないんだ。ピアノの音ゲーとかあるよ」


「……音のゲーム」


「よし。暇なら弾き終わったことだしなにか食べよう。時間があるから案内するから」


「嬉しい」


お嬢様はふんわりしている。私はお嬢様とこの場を離れて帰りの電車を遅らせることにする。

私は彼女のことを覚えていないけれど、いい出会いなのは確かである。ありがとうピアノ。この時私は恐らく初めて、きっと初めて、

ピアノに感謝した。



【Fin】

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