【No. 090】「サイカイ」を取り戻せ!

大事おおごとよ! あたしたち宇宙うちゅうげたものりだわ!」

なんです、アヤハナ部室ぶしつ入室にゅうしつしてくるなり不自然ふしぜん口調くちょうで」

「そう、その不自然ふしぜんはなしなのよ」

「またベニヤ野郎やろう醜聞しゅうぶんでもつけましてん?」

「それよ! あなた、自分じぶんでヘンだとおもわなくって?」

「ヘンなのはそのってけたようなおじょうふう語尾ごびですよ。普段ふだんそんなキャラじゃあらへんでしょ」

「あなたのほうこそ! そんな西にしなまりのごとしゃべり、記憶きおくくってよ!」

「うーん? 指摘してきけてみると、なにやら認知的にんちてき不協和ふきょうわおぼえるも……」

だれぞに、あたしたち言葉ことばを――ううん、この宇宙うちゅう法則ほうそくげられたのよ」

「どうしてアヤハナはそう、つね大仰おおぎょう方向ほうこうはなし飛躍ひやくせしめるんです。コミックのみすぎですよ」

「コミックだって立派りっぱ読書どくしょうちよ。あなただって、このまえ古文こぶん満点まんてんれたのは、あたしの蔵書ぞうしょあったればこそでしょ」

「そのけんはミスドでおごってチャラにしたでしょう。で、なんですって? 僕達ぼくたち言葉ことばげられたぁ?」

「だってあなた、あたしのこと『アヤハナ』なんてんでた記憶きおくある?」

「アヤハナはアヤハナでしょ」

「あたしはあなたのなんなのよ」

「たまたまおなじボードゲームせき年長者ねんちょうしゃですね」

「そんなひとなんぶの?」

「ッ! そんな、ぼくはその言葉ことばってるはずなのに……!」

「そう、認識にんしきより欠落けつらくしてるでしょ」

疫病やくびょう――このあとつづ文字もじなんだったんだ……!」

「こらっ、せん――に――てなんてことを――」

「!? ア、アヤハナ、そのうでっ、どうして、えっ……!」

「……無念むねんだけど、あたしには、もうときのこってなくってよ」

うすれてえそうな間際まぎわにまでヘンなおじょう言葉ことば!」

たのんだわ、えた文字もじもどして……あたしと、また……!」

せん――」


 ――ぼくは、このひとなんぼうとしたんだ?


「アヤハナ……」


 つぎ刹那せつなには、まえよりそのひと痕跡こんせきえ、部室ぶしつにはぼく一人ひとりくすのみだった。

 呆然ぼうぜんとするぼくに、ふとうつったのは、昨日きのう勝負しょうぶ途中とちゅう放置ほうちしてあった将棋盤しょうぎばんけそうになるときたとべてすのは、あのひとしきくせだ。


「ヘンだな。こますくなくね?」


 ぼくもとよりこんな口調くちょうだったっけ?

 そんなことより、記憶きおくわねえ。この盤面ばんめん、あのひと玉将ぎょくしょうめるぼくこまは、飛車ひしゃぎん香車きょうしゃ……。


りねえ。ななめにすすむやつと、ねるやつはどうした?」


 何故なぜだろう、えたこま名前なまえ想起そうきできねえ。


「もしや、? うしなわれた文字もじ名前なまえふくむものは……!」


 ハッと気付きづき、ぼく部室ぶしつたなにあるはずろうとして――


え! 子供こども年始ねんしあそびとしてられる、ふだげてふだあそびのセットを見付みつけられねえ!」


 れば、えた文字もじれるとおもったのに……!


「あのあそびのも、えた文字もじふくんでたってことだ……」


 そして、ぼくのシックスセンスのとおりなら――


「あのひと名前なまえも、きっとその文字もじふくんでて……ゆえにえたんだ……この宇宙うちゅうより……!」


 自分じぶんにじなみだ認識にんしきした。

 そうだ、つねぼくをオモチャにしてくる、面倒めんどう年長者ねんちょうしゃだけど……それでも、あのひと二度にどえなくて結構けっこうだなんて、ぼくおもわねえ!


「きっと……たすける!」


 れた見開みひらき、ぼく決心けっしんした。

 うしなわれた文字もじぼくもどすのだ。このぼくで。


記憶きおくのこ文字もじ五十音ごじゅうおんひょう照合しょうごうすれば、うしなわれた文字もじあぶせるはず!」


 ノートをひろげ、ぼく五十音ごじゅうおん筆記ひっきするも――


  あ?うえお

  ?きくけこ 

  ?しすせそ

  たちつてと……。


「ダメだ……こんなもの記述きじゅつしたところで、言語げんご専門せんもん知識ちしきしに、けた部分ぶぶんおとなんてみちびせねえ……!」


 手詰てづまりとおもったそのときぼく脳裏のうりをよぎる先刻せんこく記憶きおく


「そうだ……ぼく先刻せんこく記憶きおくより欠落けつらくした表現ひょうげんであのひとぼうとした……。こんな五十音ごじゅうおんひょうなどじゃなく、語義ごぎ言葉ことばまとまりをせれば!」


 だけど、どうする。ってるはずこまふだあそびの名前なまえ想起そうきできねえのに。どうやって、うしなわれた文字もじふく言葉ことば記憶きおくよりこす?


「くっ、せめてあのふだあそびのふだられれば……ハッ、そうだ!」


 そこでひらめく。日本語にほんごには、五十音ごじゅうおんひょうだけじゃなく、もうひとつのならじゅんもあったじゃん!


「そう、あれは、文義ぶんぎのある文章ぶんしょうになってたはず!」


 記憶きおくこせ。はじまりは、そう、ナンチャラほへと……、だ!


まえにあのひとべてた……。あれは無秩序むちつじょ文字もじならびじゃなく、高僧こうそうによってげられた高度こうど歌遊うたあそび……!」


 この部室ぶしつで、自慢じまんげにべるあのひとこえを、ぼく必死ひっし記憶きおくそこよりす。


「そうだ、このうた仏教ぶっきょうおしえをんでるんだ。諸行しょぎょう無常むじょうだのなんだのとべてたはず……。色即しきそく是空ぜくう空即くうそく是色ぜしき……ハッ、だっ! 、だ!」


 刹那せつなひらめごとく、ぼく宇宙うちゅうひともどした。

 れば、将棋盤しょうぎばんうえには、もどってきたこま


つぎだっ……! いろにほへどりぬるを……、つねならむ、だ!」


 おもせ。そう、「おもす」という言葉ことばもどしたいまなら、きっと出来できる!


「『たれそ』は『だれぞ』……これは反語はんごなんだ。このだれ永遠えいえんではない、といている。『わナニよたれそ』は……そう、『だれぞ』だっ!」


 ぼくにもうひといろどちる。

 将棋盤しょうぎばんにはしたこまのこるは一文字ひともじだ!

 が……。


「うゐのおくやま、けふこえて……。あつゆめ? いや、あまゆめか……?」


 ぶんかたちからすると、ここには形容詞けいようしはいるはずだが……。まえふたつとことなり、その単語たんごひとつに特定とくていできない。あかゆめでもしきゆめでも、なんでもはいりうる……!


「くっ、もっと古文こぶん勉強べんきょうしてれば……!」


 悔恨かいこんつくえたたいたとき、あのひとの――先輩せんぱい言葉ことば脳裏のうりをよぎった。


“このまえ古文こぶん満点まんてんれたのは、あたしの蔵書ぞうしょあったればこそでしょ――”


「ッ……源氏げんじ物語ものがたりっ! 大和やまと和紀わきっ! だっ!!」


 おもわずげた瞬間しゅんかん一陣いちじんかぜ世界せかいけ――


「また、えたね」


 ぼく眼前がんぜんには、先輩せんぱいやさしい笑顔えがおがあった。


「ありがと。あたしをもどしてくれて」

おもしましたよ。先輩せんぱい本当ほんとう名前なまえを」


 アヤハナ、ではなく。彼女かのじょ名前なまえは。


「――おかえりなさい、彩花さいか先輩せんぱい

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