【No. 134】シン・モジラ ―特謎単変生物混成対応班―

■東京湾 多摩川河口付近

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字衛隊じえいたい指令無線)

《巨大不明生物の進行は目下もっか止まらず。道路標識、看板等の文字を吸収し巨大化を繰り返しながら都心方面へと移動中》


(逃げ惑う人々の悲鳴)

(赤い眼を光らせる大蛇だいじゃ状の巨大不明生物。市街地に甚大な被害をもたらしながら蛇行だこうを続ける)


《政府より通達。以降、対象を特謎とくめい単変たんぺん生物せいぶつ・モジラと呼称する》



■国防省本省庁舎地下 字衛隊統合指揮所

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「総理より特謎単変生物への攻撃開始の下命を確認」

「対象区域の避難、完了しました」



■東京都品川区 北品川

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◆陸上字衛隊 対戦車回転翼航空記こうくうき TP-2500 現着


《オウサー1、こちらCP、特謎単変生物への射撃を開始せよ。繰り返す、射撃開始、送れ》

《CP、オウサー1、了解、射撃する。目標正面、特謎単変生物頭部、字数300、発射用意――》

《射撃待て! 射線上に住民を確認!》


(突如、蛇行を停止するモジラ。その眼下に避難の遅れた幼稚園教諭と園児達)

(泣き喚く園児達を宥め、絵本を手に語り掛けを続ける幼稚園教諭)


《オウサー1、CP、攻撃中止、待機維持。送れ》

《了解、攻撃中止。待機する》


(モジラ、人間達を一瞥いちべつしたのち天王洲運河より離岸、海中へ消える)



■首相官邸地下 防災管理センター中央会議室

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「特謎単変生物は現在、東京湾底に潜行中と推測されます。海字かいじが哨戒を強化していますが、早期発見は困難かと」

陸字りくじでは再上陸を警戒した防衛陣地の展開を最優先で進めています」

「それにしても、奴はなぜあの時動きを止めたんだ?」

「現場からは、住民の発話行動に興味を示したようだったとの報告もあります」

「米国資料にあるModzillaモジラの由来を調べたところ、南戸島みなみとじまに『もじら様』という伝承があります。文字の龍が訛ったもので、人身ひとみ御供ごくうの代わりに物語をにえとしていたとか」

「あの生物が、その『もじら様』だというのか」

「馬鹿を言うな。あんな巨大生物が言語を理解するなどありえん」

「しかし、字衛隊の通常攻撃もどこまで有効か分かりません。発話行動による鎮静化の可能性も含め、今はあらゆる対応策を検討するべき事態です」

「それでしたら、自分の高校時代の先輩に詳しい人がいます。量子言語学を語らせれば右に出る者は居ませんよ」


◆学術省研究開発局言語防災研究課 課長補佐 涼宮口すずみやぐち彩花さいか 入室


「映像を分析した限り、対象は当該住民の発話行動を知覚したのち静止、転進しています。統語的文法性と一定の寓話性を有する発話音を対象の聴覚器官に共振させれば、対象の活動を一時的に停止させることが可能と考えます」

「つまり?」

「寝物語でも聴かせてあげれば、ってことです」


(ざわつく室内)


「そんなことであの生物が鎮静化できるとは思えんがな。おとぎ話とは違うんだぞ」

「量子世界においては知性体の精神活動が素粒子の挙動に影響を与え因果律に干渉しうる事例があることは実証済みです。古代人はこれを言霊ことだまと呼んで利用していました」

「先輩自身も酷い目に遭いましたもんね」

「酷い目とは?」

「リポグラム位相空間の偶発発生により、私自身が余剰プランク次元ブレーンへの質量転移を体験しました。言葉の力とは本来、それほどの影響を物質世界に与えうるということです」

「まあ、言ってみれば人間の思考も神経線維上の電気信号の伝播に過ぎませんからね。シナプス間隙かんげき間の情報伝達時に発生する微弱な電子波の位相変化を六次元方向に増幅できれば、物質的干渉は可能かと」

「小難しい話はいい。要は言葉の波を浴びせてやればいいんだろう」

「急ぎ、混成対応班を編成し、分析・立案に着手します」



■首相官邸二階会議室(特謎単変生物混成対応班 本部)

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「以上、モジラに関して判明している事実は現状これだけだ。ここから先を調べるのが我々特謎混トクメイコンの仕事だ」



■神奈川県鎌倉市 稲村ガ崎

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《特謎単変生物の再上陸を確認!》

《K01まるひとよりCP、目標の飛翔を視認!》


(風雨の中、低空を飛翔し建造物を破壊しながら東京方面へ移動するモジラ)

(字衛隊各駐屯地より字走砲じそうほう航空記こうくうき等による飽和攻撃を開始)



■防災管理センター中央会議室

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「字衛隊の攻撃、目標に全弾命中するも損傷を確認できません」

「あれだけの攻撃を受けて死なないのか!」

「米国大使館より連絡。『残り字数も少ない。字衛隊の通常戦力で対処できないなら熱書ねつかく攻撃に踏み切る他なし』と」

「例の語部かたりべプランの進捗はどうなってる」

「策定には今少し時間が掛かります」

「早くしないと字数がなくなってしまうぞ!」



■特謎混 本部

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◆帝都大学文芸学部民族考古学研究科 助教 ヨン・美言ミヨン 特謎混に合流


「字数もないので手短に行きましょう。私の先祖は日本から半島に渡ってきました。我が一族に代々伝わる物語の束がこれです」

「なぜ折鶴の形を」

「世界各地の研究機関のスパコンを動員し、この記述内容を解析してモジラの活動停止に有効なシナリオパターンを導出しましょう」

「貴女が物語を語るのでは駄目なんですか。巫女さんの末裔でしょう?」

「特定個人の霊的感覚をトリガーとして事態を収拾したら、ゴジラではなくガメラになってしまいます」

「そうだね……」



■東京都千代田区 ウズメ作戦前方指揮所

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(モジラへの陽動作戦開始。日米合同戦力による波状攻撃を展開)

(地上に崩折くずおれた対象の頭部聴覚器官を特殊建機小隊スピーカー車列群メーサー車みたいなのが包囲)


(指揮所より作戦推移を見守るヨン助教)

「遠い昔にご先祖様の恋を成就させてくれた龍神様との再会が、本作の主要素だった筈なのだけど……。残念ながらそれを描き切るには字数が足りなかったようね……」


(スピーカー群より発話音波を大量投入されたモジラ。満足げに一声鳴いて人間達を一瞥し、海へ帰る)


(後輩を連れて指揮所から海を眺める涼宮口すずみやぐち課長補佐)

「あのモジラが最後の一匹とは思えない。いつまた訪れるとも知れない再会の時に備えて、私達も物語の腕を磨き続けないとね」



【 終 】

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