6月1日(最終日)公開分
【No. 161】ふたりでひとり
双子の姉が事故で死んだ時、僕は家にいた。自分の部屋でベッドに寝転んでいた僕の身体に突然衝撃が走り、慌てて飛び起きる。そのままの勢いで階段を降り、一階のリビングに駆け込んだ。
「お姉ちゃんが……!」
今までも、姉と僕の感覚が共有されたことがあったから、すぐに分かった。姉の身体に何かが起きたのだと。母が真っ青な顔で姉の携帯を鳴らし、事故にあって病院に搬送中だと知らされた。全員で搬送先の病院に行き、集中治療室の前で身を寄せ合って祈った。
姉を轢いた車は逃走していて、轢き逃げ事件として捜査されるということだった。
倒れている姉を発見し、救急車を呼んでくれた人は、姉をはねた車が白っぽい乗用車だったということだけ目撃したらしかった。
姉はすぐに搬送されたが、しかし打ちどころが悪く、意識を失ったまま数日後に亡くなった。
身体が半分、失われたみたいだった。心に穴が空いたとか、そういう例えを聞いたことはあったけれど、それよりもっと大きかった。
葬式から半月ほど経ち、ようやく何かをする気になった僕は、主を失った姉の部屋に入ってみることにした。高校に入学した時からもらったそれぞれの部屋。やっと自分の趣味のままに部屋を飾れると喜んだものだったが、こうしてみると趣味も似通っていたなと思う。姉の部屋も、僕と同じでシンプルなものだった。
『ちょっと、勝手に入ってこないでよ!』
そんな姉の声が聞こえてくるようだった。それくらい、姉の存在感が至る所にあって、僕はまた泣いた。通夜でも葬式でも枯れ果てるくらいに泣いたはずだったのに、まだまだ涙は溢れ出るらしかった。
二人別々に選んだはずなのに被った修学旅行のお土産。別の店で買ったはずなのに色違いのお揃いになったパーカー。双子ってすごいねと笑いあった日は、もう二度と訪れない。
僕は姉のパソコンを立ち上げた。男女の差はあるはずなのに、一卵性双生児の遺伝子の賜物か、顔認証は僕を姉だと判断したらしかった。パスワードを求められることもなく、デスクトップが表示される。
特別目立ったものはなかった。大学のレポートが書きかけになっていて、たしか昨日が提出期限だったな、などと思う。一つだけ、よく分からないフォルダがあった。
ただ『V』とだけ書かれたそのフォルダをクリックすると、いくつもの動画データが並んでいた。
「これ……」
一番上の動画を再生すると、可愛い女の子のイラストが動きながら、ホラーゲームをプレイしている様が映し出された。『陽向ひなた』という名前の女の子として聞こえてくる声は、少し高くはあるものの間違いなく姉の声だった。
「お姉ちゃん、こんなのやってたんだ……」
全く気付かなかった。インターネットのブラウザを立ち上げ、ブックマークから動画投稿サイトに飛ぶと、姉のアカウントが表示される。最後の更新は事故の二日前で、それまでコンスタントに二日に一回ほどのペースで投稿していたらしい。急に更新が途絶えたことで、姉を心配するコメントもいくつか見えた。
登録者数はそれほど多くはないものの、毎回見にきてくれている人がいるらしい。
投稿された動画の中には、楽しそうな姉がいた。動画を全て見終わる頃には、僕の心は決まっていた。
姉の後を継ごう。
デスクトップのフォルダには、まだ投稿していない動画が数本残っていた。僕はその動画の投稿準備をしつつ、『陽向ひなた』になるための練習を始めた。そもそも、声の質は似ている。声変わりが終わってもさほど低くならなかった僕の声は、今でも裏声で発声すると姉とほとんど見分けが付かなかった。
地声の低い部分をあまり使わず、高めの音域と裏声で喋るように意識する。ボイスチェンジャーを使うことも検討したが、生の声で頑張る方がいいだろうと思った。
姉が撮り溜めていた動画を全て出し切ってしまう頃には、僕はひなたになっていた。テストとして撮った動画を、母にも観てもらう。姉の動画と僕の動画、母は散々悩み、自信なさげに僕の動画を当てた。
「すごいね、そっくり。見分ける自信あったけど、難しかった」
「お母さんがそんなに悩むなら、きっと大丈夫だね」
「うん。すごいね。違うって思って聞いたからこっちかなって思えたけど、そうじゃなかったら分からないと思う」
「こんなことやってるなんて知らなかったけど……おかげでお姉ちゃんとずっと一緒にいられる気がする」
僕は、姉の動画の続きを撮り、そして投稿した。初期の頃からずっと見てくれている人からのコメントに緊張したが、『今回も良かった! いつもより調子が良かったんじゃない?』と、中の人が違うとは思っていないようなコメントだった。
胸を撫で下ろし、ひなたを見る。動画の中でぴょんぴょんと楽しそうにゲームをするひなたは、僕でもあり、姉でもあって。
視聴者の中では、変わらず『陽向ひなた』であり続けるのだ。
「これからもよろしく、ひなた」
画面の向こうから、姉が手を振っている気がした。
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