【No. 024】表裏一体の暴風域
「ひさしぶりだね、ソーマ。今日はどうしたの」
ソーマは水無月颯真の中にいるもうひとつの人格だ。
彼らは両親と幼い頃から仲が悪く、喧嘩が絶えない。
今日も顔に傷を作り、絆創膏を貼っている。
ソーマは家に帰らない口実を探し求めた結果、文芸部にたどり着いた。
私も似たような理由で入部届を出した。私たちはどこにも居場所がなかったのだ。
文芸部の活動は文化祭と入学式で冊子を作る以外、特に何もしない。
部活動ではあるから帰宅が遅くなっても問題ない。
私たちにとって、非常に過ごしやすい場所だった。
二人と出会ってからまだ数か月しか経っていないが、楽しい毎日を過ごせている。
ここ最近は落ち着いていたから安心していたが、そうでもないらしい。
「なあ、志緒利。アイツにさ、何か言ってやってくれないか」
「なんで?」
「こんなふうになっちゃった颯真はさ、嫌になってるんだ。
この世界から消えたくて仕方がないくらい、ぜんぶが嫌になってる。
本当はオレがどうにかしてやりたいんだけど、お願いだ」
ソーマはカタカナでオレと書く。颯真は漢字で俺と書く。
ソーマの色は赤、颯真の色は青。
私は脳内でそんなふうに二人を認識していた。
その告白はあまりにも突然すぎた。
ソーマは誰より颯真を大事にしているし、いきなり嫌いになる理由はないはずだ。
「そんなことを言われても……何かあったの?」
顔の傷を颯真はあまりよく思っていない。
それだけでクラスメイトは逃げていくし、いつまでもひとりぼっちだ。
世界の最底辺の住む者同士、群れを成すのは必然と言えた。
「大丈夫だよ、別に気にしないから」
ソーマの肩を叩く。
表情をこわばらせ、呼吸が荒くなっている。
「逃げるな、何があったかちゃんと言って」
私は彼の腕を掴んだ。
颯真に戻る前に事情を聞かなければならない。
「やっぱり無理な話なんだよ。颯真が帰ったところで、あの家には何も残されていない。
結局、何もできなかった。ぜんぶ壊された、何もなくなった……」
「待って、本当に何の話?」
本当にワケが分からない。
焦点の合わない目は何を見ているのか。
「ごめんな。何もできなかった」
それだけ言い残してソーマは消えた。
しばらく黙って、颯真がゆっくりと話し始めた。
「昨日、帰ったら俺の部屋がめちゃくちゃにされててさ。
親父に聞いたら俺が財布から金盗ったって、そればっかでさ」
重い沈黙が流れる。ぽつぽつと呟き、涙をぼろぼろと流す。
「俺はやってない。ていうか、昨日はずっと志緒利といたし。
家にいないの分かってるはずなのに、どんだけ言っても聞いてくれないし」
ソーマが言っていたのはこのことか。確かに家族のことはどうにもできない。
お互いの家が崩壊している以上、逃げ場なんてない。
そりゃあ、嫌になって当然だ。
「
消えたほうがいいのかな」
「消えるな! 私が困る!」
肩をはねらせ、目を丸くした。
「だから、消えるなって言ってんの!
そりゃ、生きているだけで地獄だよ! 息の仕方も分かんなくなるし!
でもさ、アンタらがいなくなったら私が困るんだよ!
誰と一緒に小説書けばいいワケ⁉ 私だけじゃ何も書けないよ⁉」
「それ、関係あるの?」
「あるから言ってんの! アンタらがいるから私も楽しいの! それでいいじゃん!」
自分でもめちゃくちゃなことを言っているのは分かっている。
ソーマから何か言えと言われてしまった手前、もう引き返せない。
「……それでいいのかな」
「今はそれでいいんだよ! ほら、アイスでも食べに行こ!」
壁に当たったら、その時にまた考えればいい。
未来に希望を持てない以上、今を生きるしかない。
腕をぐっと引っ張る。とにかく、前に進む。
シャツで涙をぬぐいながら、後をついて来た。
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