【No. 042】二年後に婚約破棄してくるはずの王太子が絶対に私を幸せにすると息まいている件について

 私の名前はレーティア・フォーティン。

 前世の記憶がありまして、いつかの日にプレイした恋愛ゲームに出てきた、とことん主人公の邪魔をするうざったい令嬢の名前が、レーティア・フォーティンだったんですわ。

 つまり、悪役令嬢ってことですわ。


 ちなみに上の文、お嬢様言葉か関西のおじさんかおわかり? 正解は……関西弁のお嬢様でした! 何がおもろいねん、はっ倒すぞ。


 今日は許婚さまに初めてお会いしますの。信じられるかしら。お相手は王太子殿下でしてよ。

 ま、二年後に婚約破棄されるんですけどね~!

 さーて、いずれあたくしに婚約破棄叩きつけてくるイケメンのご尊顔でも拝みにまいりましょうかね~!

 と、完全にヤケクソで私は王家の別邸まで訪れていた。ヤケクソなのが表に滲み出ていたようで、連れて来た使用人に『お嬢様、人は第一印象が9割ですよ』とマナー講師のようなたしなめられ方をした。


「ねえ、この婚約をこっちから破棄したらどうなる?」

「お父上様に殺されます」

「詰んでる」

「詰んでおりません。王太子殿下に精一杯媚びをお売りなさいませ」

「あんたなんかクビよ」

「今まで大変お世話になりました」

「うそうそ! ひとりにしないで!」


 そんなことを言っているうちに、ドアを軽く叩く音がして男が入ってくる。

「お待たせしてしまってすまない」

 王太子ことダン・ルシフェル・コーディーは伏し目がちにそう詫びて、パッと顔を上げた。さすがはメイン攻略キャラ。とてつもなく華やかな顔である。


 目が合った瞬間、雷に打たれたような衝撃があった。


 前世の記憶が鮮やかに蘇る。

 なぜ? どうして? こんなところに、こいつが?


 すうっと息を吸い込んだ王太子が、『信じられない』という顔で声を張り上げた。

「えっ、嘘! マジ!? 嶺さんだよね!? 覚えてる!!? 俺!! 俺、小林!!」


 ――――同クラの陽キャ。

 同じクラスにいた陽キャの小林じゃないか!!

 前世でソロ充生活を楽しんでいた私にことあるごとに絡んできて、どんなに私が話しかけんなオーラを出しても貫通してきた陽キャの小林が、なぜここに!?


 落ち着け。落ち着け私。

 目の前の男のビジュアルは、ゲームの中に見た王太子殿下そのものだ。にもかかわらず、私にはそれが、あの小林であることが直感的にわかってしまった。どうやら向こうも同じらしい。

 王太子は興奮しすぎてもはや「嶺さん、小林、俺。小林、俺さん、嶺、ちくわ」と全てがめちゃくちゃになっていた。


 う、うるせえ! 私は嶺さんじゃねえ! レーティア・フォーティンじゃ!

 お前も小林じゃなくてダン・ルシフェル・コーディーだろが! 世界観を壊すな!


「な、なんのことやら……。人違いをなさっているのでは?」

 私がそう言うと、彼は見るからにトーンダウンして落ち込んだ様子であった。「そっかー、だよねー」と頭を掻く。

「たとえ嶺さんが覚えてなくても、謝りたかった」

 だから嶺さんじゃないっつうの。


「……守れなくて、ごめんね」


 ――――どうして?

 どうして、そんなことを。謝らなければならないのは私の方なのに。


 私と小林は、同じ場所で死んだ。

 その日、私はデカいゴミ袋を抱えて校舎裏を歩いていた。小林は全然関係ないのについてきて『嶺さん、それ持つよ』とか言っていた。私は内心で『あんたにこんなの持たせたらクラスの女子に何言われるかわからんわ』と思い、彼のことはほとんど無視していた。

 それで、知らない男が向かいから歩いてきたのだ。手を隠していたので包丁は見えなかった。小林は私を庇うように前に出て『どうかされました?』と男に声をかけ、刺された。

 最初のうち小林は激しく抵抗して、揉み合っていた。けれど、段々動けなくなって――――

『逃げて、嶺さん』と小林は最後まで言っていた。

 走って人を呼んで来ることが最適解であったことは間違いないが、愚かにも私は彼にかけ寄って何度も名前を呼んだ。泣きながら呼んだ。その場を動くことができなかった。悲しくて悲しくて動けなかった。

 それで男は私の上に馬乗りになって、私の首を絞めた。

 薄れ行く意識の中で、私は


 また小林に会いたい。もしまた会えたら、その時には、素直にあなたに好きと言いたい。


 そう、確かに願っていた。


「どうなさったのです、お嬢さま」と呼びかけられて私はハッとする。気付いたら私はボロボロに泣いていて、せっかくのドレスをシミだらけにしていた。


「お慕い申し上げておりました、殿下」


 王太子は割とデカめの声で「えっっ」と言った後で、「あ、はい」となぜか姿勢を正した。それから咳ばらいをし、「失礼。少々取り乱してしまいました」と顔を赤くする。

「というのも、僕たちは前世から結ばれており、この婚礼が祝福に満ちたものであると確信を持ったからです」

 おお……ちゃんと演技できんかいワレェ。ん? 前世から結ばれてた? リップサービス過剰かよ。

「今度こそあなたを守り抜き、幸せにするとお約束いたします」

 陽キャの仲間意識強すぎ。てか私が気まずいわ。逆に私になんかさせてくれ。穴開いた靴下とかない? めっちゃ縫っとくよ。


 待てよ。

 小林はいいやつだし、なんだかんだいって私のことを見捨てられなくなってしまうのでは?

 しかしこのレーティア・フォーティン、悪役令嬢らしく破滅イベントが死ぬほどたくさんある。父の汚職による没落、呪い、闇落ち。マジで死ぬほどある。

 もし婚約破棄をされずにいたとしても、上記の破滅イベントを避けることはできない。最悪、王太子を巻き込んで一緒に破滅する。


「あのぉ」

「はい」

「やっぱり婚約破棄なかったことにさせていただいても? お詫びに穴の開いた靴下とかめっちゃ縫うので」

「何を仰っているんですか?」


 すぐさま使用人が私の口を塞ぐ。

「申し訳ございません。殿下があまりにも素敵なお方なので、お嬢さまは少しばかり錯乱されたようです。本日はこの辺りで……」

 と、誰にも口を挟ませる隙もなく私を脇に抱いて退散した。

 使用人に小脇に抱かれながら、私はぼんやり考える。


 何とかして婚約破棄させなければ。小林を破滅させてしまう。

 長すぎる廊下には、王太子殿下こと小林の「次はいつ会えますか!? 次はいつ会えますかー!!?」という声が響いていた。

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