【No. 171】君は優秀な招き猫。
水滴を纏った深いぶどう色の紫陽花の下に、白地に飴色と枯れ葉色の三毛猫がまるくなっていた。
さっきまでざんざん降りだったから、雨宿りをしていたのかもしれない。
華奢なカラダをしているから、まだ成猫ではないのかな。
可愛いなぁと、手を伸ばすと、猫ちゃんは顔を上げてジロリと黄金色の目で私を睨んだ。
おお、ごめん、と呟いて手を引っ込める。
「あれ? 保科?」
顔を上げると、山谷くんが黒いマウンテンバイクに跨ったままわたしを見下ろしていた。
道端でしゃがみ込んでいるから気になったのだろう。
声をかけられたのが嬉しくて、「今、帰り?」なんて、わかりきったことを口走って、声なんて上擦っちゃって……ああ、もう、恥ずかしい。
「うん、帰り」
へへって笑う山谷くんが、雲間から射し込んで来た光に照らされてキラキラ輝いている。
わたしが恥ずかしがっているのを、察してくれたのかもしれない。
胸がきゅぅって音を立てる。
「あのさ、よかったら、一緒に帰らない?」
わたしが全力で頷くと、山谷くんが真っ黒のマウンテンバイクから降りた。
山谷くんと一緒に帰れるなんて、夢にも思わなかった。
わたしは三毛猫にばいばいと手を振って、山谷くんの隣をロボットみたいにがちゃがちゃ歩いた。
昨日。
雨がざんざん降りだったから、仕方なく自転車を押して帰ることにした。
傘を片手に押して行くのは面倒くさくて、歩む足は重たい。
車通りの少ない住宅街で助かった。水溜りを避けて歩いていると、民家の間に鮮やかな紫色の紫陽花が溢れるように咲いていた。
一瞬目を奪われて、通り過ぎようとかかとを上げた――そのとき。
「ぶなぁ」
こう言ってはなんだが、不細工な鳴き声だった。
思わず噴き出してしまって、俺はその場で声を殺して笑った。
紫陽花の下から、俺を怪訝そうに覗く金色の目。
白い毛並みをベースに、薄いのと濃い茶色の二色が付いた三毛猫だった。
「そんなとこで濡れないか?」
手を伸ばすと、不機嫌そうに背を丸めて睨みつけてくる。
威嚇されてるな、と渋々手を引っ込めた。
「ごめんな、笑って。……じゃあな」
俺が謝ると、猫はふてぶてしく「んぶなぁ」と鳴いた。
「あれ? 保科?」
昨日、猫を見つけた紫陽花の咲く民家の間、保科が蹲っていた。
保科は顔を上げると、目をきらりと輝かせた。
彼女とは同じ帰り道だけれど、クラスが変わってからは部活が違うこともあってなかなかすれ違わない。
今日は雨も上がったし、保科にも会えたし、ツイてるなと思う。
「今、帰り?」
上擦った声に、赤らめた頬。
好意的に思われてるな、とは感じている。
そして、俺はその好意がまんざらではない訳で――。
ちらりと彼女の横を見ると、紫陽花の下から昨日の三毛猫がひょこっと顔を出した。
気のせいって言われるかもしれないけど、してやったりという顔をしている気がする。
「あのさ、よかったら、一緒に帰らない?」
視界の端で、三毛猫が左手で顔を洗った。
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