エキシビジョン作品 6月7日公開分

【Ex- 077】クロスオーバー・カレーダイス

 規則正しいリズムを刻む汽車に揺られるうちに、あたしは眠っていたようだ。

「ごめん、寝てた」


 ボックス席の向かいで、赤に白の花柄模様のワンピースの少女が白い歯を見せて頷いた。


「そっか」

 ポーチから取り出したスマホを耳に当てる。向かいの少女もスマホを耳に当てる。何故か彼女はスマホ越しでないと話をしてくれない。


「寝顔……可愛かった」


 な、なんてコト言い出すの! しかも面と向かって。あたしは思わずスマホを落としそうになる。


「ちょっと、大人をからかうもんじゃ……」

 言いかけて。見た目は少女だけれど、歳上なんだと思い直す。そんなことにはお構いなしに、くすくすと屈託なく笑う少女を見ているうちに、あたしの頬も緩んでくる。


――こんな時間がずっと続けば良いのに。


 でも、どんなに楽しい旅にも終わりはくる。

 あたしの行きたかったところ。やってみたかった事。食べてみたかった物。サイコロの目で着のみ着のまま旅をしてきたけれど。さすがに貯金も残り僅か。自分が無職だという現実が頭を過ぎる。

 それにあたしは知っている。気儘な旅のようでいて、彼女には何か隠された目的があるらしい。その証拠に、少女は時折、誰かに電話を掛けていた。


「私メリーさん、いま新花巻に居るの」


 誰に掛けているんだろう? その誰かの背後に立つのはいつなんだろう? その時が来たら、この旅はどうなるんだろう?


 私の不安を他所に、汽車は釜石線の単線軌道をカタタン、カタタンと走り続ける。目的地の遠野駅は間もなくだ。


 今回の目的地はダイスの目で決まったわけではない。サイコロの目のフリップボードには「いちばんいきたいばしょ!」とだけ書かれていた。

 そこであたしが選んだのが、ここ遠野だった。


 遠野。岩手県遠野地方に伝わる逸話、伝承を記した説話集『遠野物語』の舞台。あたしは作者の柳田国男の大ファンで、卒論のテーマにしたほど。いつかは訪れたいと思っていた場所。言わば聖地。


 駅前は広々と、そして閑散としていたが、駅舎のすぐ傍には土産物屋と食堂が一緒になった建物があった。至るところに遠野物語ゆかりの地だの、かっぱ伝承発祥の地だのと書かれている。


 怪異の大先輩が人間の商魂の贄にされている様を見て、メリーさんはどんな気分なんだろう?


「この河童の置き物……変な顔」


 わざわざスマホで聞くほどの感想でもなかった。


 ふと、目に止まったフリーペーパーに最近開業したお店が紹介されていた。なかなかの人気店らしい。お昼はここにしよう。


「私メリーさん、いま遠野に居るの」


 こうして見ると、少女は全然怪異に見えない。むしろ、近所の仲の良いお姉さん(あたしの事ね!)との二人旅が不安な両親に、逐一報告を入れてる少女って感じ。


「そういえば。あたしは、あなたに違和感なかったけど、ヒーローのソフビ人形が懐かしい子はどうすんの? ヒーローのコスプレするの?」


 メリーさんは、ケラケラとおかしそうに笑って、「やだぁ」と手を振る仕草をする。そうした仕草に、若干の年配感を感じるんだよな。


 スマホ越しにメリーさんが教えてくれたところによると、そういう場合は、後ろに居るわと振り向いたところに、思い出の玩具をそっと置くらしい。

 そして再会の喜びを味わったあと、その玩具は消えるのだそうだ。


「でも今回は消えてもらっては困るの……特別なの……厳密には再会でもないし上手くいく……はず……」


 メリーさんは目に何やら硬い決意を秘めている様子だったけど、それ以上は教えてくれなかった。


 カッパ淵は、なるほど雰囲気のある静かな場所だった。が、「淵」と呼べるようなおどろおどろしさは微塵もない。綺麗に観光名所として整備されていて、若干拍子抜けだった。夫婦のカッパが鎮座する祠があり、拝むと胸が大きくなるらしい。すでに大きすぎるとコンプレックスを感じていたあたしは、拝まないことにした。


 その他、外せない「とおの物語の館」なども見て、遅めの昼を取ろうと、あたしたちは例のお店に行ってみた。


 古民家を改築したそこは、まさに今流行りの古民家カフェといった佇まいだった。

 暖簾をくぐると、威勢の良い男の子の声が掛かる。男の子と言っても、二十歳は超えてそうだ。


「いらっしゃいませ! あっ、か……!」


――「か」? 「か」ってなによ。「母さん」とでも言おうとしたの? 確かにもうすぐ四十だけど、さすがにあんたみたいな大きな子どもがいる歳でもないわよ!


「お、お一人様ですか?」

「いえ、二人……あれ? さっきまで……」


 メリーさんがふらりと突然居なくなるのはよくある事で、あたしはまたか、ぐらいに軽く考えて「えぇ、一人」と答えた。


 案内された窓際の席に着くと、水とメニューが差し出された。人気メニューだという「うちの母さんのカレー」の文字が目に飛び込む。「七つの隠し味を当てたら割引券を進呈」と書き添えられている。なるほど、人気の理由はこれか。


 迷わずそのメニューを注文すると、ペーパーナプキンにスプーンにフォーク、そして紙と鉛筆が出てきた。


――これに隠し味を書くのね。


 面白い趣向だと待つこと暫し。


「お待たせしました」


 出てきたカレーライスは、一見するとなんの変哲もない普通のカレーだった。だけど、まずは匂いから。食欲をそそる刺激がスッと鼻梁を駆け抜けていく。


――うん、セージの葉ね。


 これは味にも期待が持てそうだ。そしてスプーンでひと掬い。


 途端にあたしの中を衝撃が駆け抜ける。あたし……この味、知ってる!


 その時、店の奥で電話が鳴った。背中を向けたオーナーと思しき初老の男性が電話に出る。

「また貴方ですか? え? 後ろ……?」


 オーナーが振り向く。あたしと目が合う。あたしもオーナーも、互いの視線を絡み合わせ硬直する。


「い、いや、そんな……まさか」


 オーナーが何やら呟いていた。あたし分かっちゃった。なんとなく、オーナーに見覚えあるんだもん。なんでだかは分からないけれど。


「桃ジャム……」

「え?」

「これ、セージと桃ジャムと胡桃と……」


 あたしは溢れる涙を拭うことも忘れ、隠し味を連ら連らと唱えて呆然とする。ふと窓辺に目を移すと、赤い服を着たお人形が飾られていた。


 住み込みアルバイト募集の張り紙を指差してあたしは……

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