【No. 149】天の御使いやあらへんで!

 緩和された途端にやっぱりぃ。「滝二中★七十二期」と銘打たれたグループからは用意してたの? くらい綿密かつ迅速に「同窓会のお誘い」通知が飛ばされてきたわけで。まあ二年がとこ延期も延期だったからそりゃあまあ、って気もしないでもないけど、幹事を請け負った柴崎の隠し切れてない下心と脂ぎったニキビ面と手入れされてない天パー頭を次々と思い出しては突いた鼻息が想定以上に長くなる。


 とは言え良いタイミングかも。みんな二十歳は確実に超えての酒の席。顔突き合せない方が話せることも勿論あるけど、対面での重要性、それもやっぱりここ二年くらいで身に染みた。宴会とかでのわやくちゃの中でしか、聞けないこともあるから。それにまだ社会にあまり染まってないうちに会っときたいって気持ちもあって、あとはまあ、看護専門学校で余裕の無い生活を送っていることもあって、何かそういう非日常的なところで発散したいって、うんまぁそれも大きいかな。


 中学時代、って言っても滝坂第二中学校には二年の三月までしかいなかった。親の転勤、この時期に? とは思ったけど、女手ひとつで年子のきょうだい三人を育ててくれてるヒトに、何も言えることは無かったし。でも思い出はたくさんある。


 そのうちのひとつは、甘くてヘビーなものだけど。


――おーい、アオイユウぅぅー!!


 そのコの名前が青井アオイ、で、自分がユウ、だから。だから感はそこまで無いとは思うけど中二男子の思考は辟易するほど短絡的で。出席番号も前うしろだったから、ひとまとめにされてそう呼ばれることが多かった。大方、面白半分で。


 かたやバスケ部の二年でエース。すらっとした長身に、染めてないと言い張る耳に掛かる栗色の髪がスリーポイントを放つたびに柔らかく跳ね、シュートを決めるたびに爽やかな笑顔からこぼれる白い歯があらかたの女子たちをきゃあと言わせるほどの存在。


 かたや教室の陽が差さない片隅で腐女子の描いたカプ絵に群がり、ぐひぐひと攻め受けの是非について突拍子も無い持論を垂れ流す、もっさりした黒髪が目にかかるほどで陰鬱さ半端ない存在。当時ゆるふわウェーブと言い張ってたけど柴崎ごめん自分も天のパーの者だったわ。


 そんな二人のそれこそカップリングが面白かったんだろう。迷惑な話だったけど嬉しくもあって、アオイは持ちし者特有のおおらかさで底辺民にも分け隔てなく接してくれて、それをありがちにも真に受けて結構乗せられている自分もいて。つまりは、


 初恋の人だったわけで。


 巷では「初恋は成就しない」とまことしやかに言われているが、自分の場合も勿論そうで、巷とは少し違ったのが、「この先どんなに頑張っても成就することは絶対無い」という点だった。


――青井と家族が乗ったクルマが事故に遭ったみてーだ。トラックと、正面衝突。


 それは自分が転校した三か月後くらいのことだった。柴崎からのメッセージはその後何回か要領を得ない感じで続いたけど、一週間も過ぎない頃には来なくなっていた。聞けなかった。けど最悪が起きたことはその文面というか流れというかで分かってしまって。そしてそのまま今に至る。


「あれぇ、誰だー? えーと待って待って当てるから。スギちゃんじゃないし……エトゥ?」


 大衆居酒屋の地下。三間くらいぶち抜き貸し切りの宴会場ではもうかなり出来上がってる雰囲気が醸し出されていたわけで。出遅れた、のはわざと。存在感も印象も薄い自分が最初から居ても居たたまれないし。でもそれでも、ここに来て、ちゃんと聞いておきたかった。


 アオイのことを。


 幹事と思しき正真正銘のゆるふわウェーブの綺麗な髪の女の子はメイクをばっちり施した顔をアルコールで真っ赤に染めながら、何とかスマホの画面をいじくって照会しようとしてくれている。と、その背後から、お、アサユウじゃあねーかー天パーじゃねーから一瞬分からなかったぜーと軽薄な声を掛けてはくれたものの、お前には言われたくない度最大級の、アフロの成り損ねのような頭をした男の声が掛かり、それでも少しほっとする自分がいるのも感じている。あ、転校しちゃったあの。じゃ私のことなんか覚えてないかー、と少し潤んだ瞳でその女のコは言うけど。うん、思い出せない。そこは曖昧にしておく。柴崎からは馴れ馴れしくサッシーとか呼ばれてるけど、誰だろう。思い出せないよやっぱ。


 何となくでその二人の座った卓に付く。場はもうぐだぐだになっていて、自己紹介とかさせられなくて済んで良かったぁ。それよりも、聞かなきゃ。いきなりは何だから、昔話に花を咲かせる体で。


「……そう言えばさ、アオイっていたよね?」


 自分ではさりげなく言えたつもりだった。けど。隠し切れなかった思いが言葉と共に漏れ出てしまったみたい。瞬時に固まる目の前の「サッシー」と柴崎の顔。何かを言おうとした紛いアフロの鳩尾に肘を突き入れてから、「サッシー」はじっとこちらの目を覗き込んできた。うん、いたよ、という、柔らかな声と、言いたいことは分かってるから、みたいな目で見て来られて。酒の勢いも手伝って、言わでものことを口走っていた。


 釣り合わないことは分かっていたけど、ずっと憧れていたこと。初恋だったこと。そして……それが言えずじまいになってしまったこと。


 気が付けば、恥ずかしいことにおしぼりに雫をこぼしていた。でも今日ここに来て話せて良かったよ、ずっと引っかかってたことだから、と勝手に昂ってしまって地下なのに天井を見上げて空の彼方にいるはずのアオイに向かって泣き笑いを向けてみたりした。


 その時だった。


「いやぁ、そこにはいないと思うよ」


 いきなりそんな小馬鹿にしたような口調で言われた。え? 思い出を汚されたかのようで気色ばんでしまうけどさらに、


「……だって目の前にいるし」


 ええ?


 っていうか悠くん変わり過ぎだってのどんだけ身長伸びてんの……という言葉にようやく全てを思い出した僕は同時に事の次第を悟る。そんな間抜け面を悪戯っぽい目で見つめながら、青井莉乃さんはよく見ればあの時と全然変わってなかった感じで微笑むのであった。


 ……僕の初恋が、今まさに始まろうとしていた。


(了)


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