【No. 148】おかえり私のお肉ちゃん

 私は人よりぽっちゃりしている。お腹はぷにぷにだし、腕も脚もぷくぷく。昔はクラスメイトからデブって言われることが多かったんだけど、最近はぽっちゃり体型のモデルさんが雑誌に載ったりして、市民権を得てきているらしい?

 私の両親もやっぱりぽっちゃりしていて、それが悪いことなんてちっとも思っていない人たちだった。私のこともそれはそれは可愛がってくれて、ことあるごとに可愛い可愛いと連呼するくらい。

 だから、ほっそりした人をスタイルがいいなぁと思うことはあっても、自分がそうなりたいと思うことはなかった。


「お前さ、ちょっとは痩せたら?」

「え?」

「デブってさ、うまく痩せたら巨乳になるらしいじゃん。顔はそれなりなんだしさ、俺の隣に立って恥ずかしくないくらいになってくんない?」

「え、でも、ありのままの私が好きだって……」

「付き合い初めより太ったよね?」

「それは……うん……」

「最初に裏切ったのはそっち、努力して信用取り戻してくれる?」

「分かった……」


 付き合っていた彼氏にそう言われ、私は目の前が真っ暗になった。初めて付き合った人だったから、もう彼以外見えていなくて。だから必死にダイエットをした。友人に心配されても、無視して、全力で。

 食べるのが大好きだったのに、食べ物を見ると気持ち悪くなるようになって。げーげー吐いて。そんな私を、彼氏は気味の悪いものを見るような目で見た。彼のために痩せたのに、気が付いたら彼は私の前からいなくなっていた。


 どうしてそんなことになったのか、理解できなかった。だって、彼が痩せろって言ったのに。ぽっちゃりして健康体だった私の身体は見違えるほどボロボロになっていて、何もする気が起きずに会社を休職した。少し休めば元気になれるかと思ったけれど、そう簡単には行かない。結局、退職することになってしまったのだった。

 ガリガリに痩せた状態で突然実家に帰ってきた私を、両親は辛抱強く支えてくれた。私はその度に申し訳なくなって、ボサボサの髪や割れた爪を見て泣いた。


 しばらく病院に通い、だんだんとご飯が食べられるようになってきた頃、私は小さなお菓子屋さんでアルバイトを始めた。食べ物の匂いを嗅いだだけで気分が悪くなることもあった時期、そのお菓子屋さんから漂う香りだけは大丈夫だったのだ。母は私のためにそこのお菓子を買うようになり、常連になった。雑誌の隅に写真が載り、客が増えたから店員を募集しようとしていたのを聞いた母が、私に話を持ってきてくれたのだった。


 初めはうまく笑えなかった。人前に立つのは久々だったし、自分の見た目が気持ち悪がられるのではと思って過呼吸になったりもした。私が落ち着くまでは母が裏にいてくれて、一人で対応できるようになるまで助けてくれた。

 母から独り立ちしたあとも、時々発作に悩まされることがあった。そんな時は調理場から店長が走ってきてくれて、すぐに助けてくれた。

 申し訳なくて謝ると、謝られるよりお礼を言ってくれた方が嬉しいですと笑ってくれるような人だった。


 通常の人よりも少し痩せているくらいにまで回復してきた頃、店長に告白された。


「あなたを、ぼくのお菓子で幸せにしたいんです」

「でも、私、すぐ太っちゃうから……」

「知ってます。お母さんから話は聞いてますから」

「だったら……」

「それに、ぼく、ぽっちゃりしていた頃のあなたに会ったことがあるんですよ」

「えっ?」

「五年前、駅前の本屋さんの前で、血糖値が下がっちゃって立てなくなっていたぼくを助けてくれたの、覚えてませんか?」


 そう言われて記憶を辿る。そんなに何回も人を助けたことなどないから、店長のいう出来事を思い出すのは簡単だった。けれど、記憶の中の男性は、目の前の店長とは結び付かなかった。


「身長が……」

「はい、なんでか遅い成長期が来ちゃったんですよ。自分でも驚きです」


 私がやや見上げて話す店長が、五年前は私より背が低かったなんて信じられない。けれど、確かに私は駅前で座り込んでいた男性にラムネをあげた。ラムネどころか、その時にカバンに入っていた食べ物を全部あげた記憶がある。


「なんか、恥ずかしくなってきました……お菓子いっぱい押し付けた気が……」

「えぇ、いただきました。なんて素敵な人なんだろうと思いましたよ。ここで店を初めて、あなたのお母さんがお店にきた時は驚きました。あなたにそっくりだったから」

「わ、私がこんな風で、がっかりしたんじゃ……」

「いえ、ぼくのお菓子の匂いは平気だったと聞いて、嬉しすぎて飛び上がるかと思いました。ぼく、お菓子だけじゃなくて料理も作れますから、あなたの食べる物を作らせてください、毎日」


 そんな風に、まっすぐ見つめられて告げられたら、断れなかった。店長のことは嫌いではない……むしろ好きだったから。

 男の人を信じるのにはそれからさらに時間がかかったけれど、薬指に結婚指輪をはめてもらう頃には、私のお腹周りにも腕にも脚にも、お肉が帰ってきていた。


「また会えたね、お肉ちゃん」


 むにむにと自分のお腹をつまむ。ソファに座った私の膝枕が大好きな店長は、太ももに体重を預けて嬉しそうに笑う。


「明日のお休みは何をしますか?」

「アイシングクッキーのリベンジをお願いします」

「ああ、この間は我慢できなくて食べてしまいましたしね。そうしましょう」

「はい!」


 お腹の中でどんどん大きく育つ子が、自分も早く食べたいとお腹を蹴った気がした。

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