【Ex- 042】転生したら前世で好きだった人が婚約者で俺の理性がやばい件について
死んだ時のことは、よく覚えている。目に焼きついて離れないとはこのことで、今でもたまに夢に見る。いつだって俺は叫んでいる。やめてくれ、と叫んでいる。お願いだ、彼女のことは助けてくれ、と。
逃げて、嶺さん。逃げて。
どんなに俺がそう言っても、彼女はふらつきながら近づいてくるし、必死に俺の名前を呼んでいる。俺は夢の中で、どうしてだよと喚いているけれど、どうしてもクソもない。俺が彼女を守れなかったからだ。
惚れた女の子が、俺の名前を呼びながら知らない男に乱暴されて死んだ。悔しかった。頭がどうにかなりそうだった。それは生まれ変わっても、呪いのように俺について回った。
「……ダン?」
ふっ、と俺の意識が現実に引き戻される。レーティアがこちらを伺い見ていた。
「講義中ずっと寝ておりまして? 王太子殿下ともあろうお方がそのようなことでは……」
「起きてました!」
「清々しいですわね、嘘のつき方が」
レーティア・フォーティン。彼女の魂を持つ、俺の婚約者。
なぜだか初めて会った瞬間から、俺には彼女が嶺さんの生まれ変わりであるということがわかった。彼女に前世の記憶はないようだ。それでもいい。むしろ、その方がいい。あんな記憶は消えてしまった方が絶対にいい。
呆れた顔のレーティアが「帰りますわよ」と鞄を持つ。最近はごく自然に俺と歩くようになってくれて嬉しい。ずっと『殿下』と呼ばれて壁を感じていたが、めちゃくちゃ頼み込んでようやく名前で呼んでもらえるようになった。嬉しい。
「あ、お帰りになるんですね、お姉さま! 私もご一緒します!」
なんか、邪魔なのがついて来た。
アミ・リオイータ。正直この子のことはどうでもいいが、レーティアにひどく懐いているし俺を目の敵にしているようなので苦手だ。というかワンチャン彼女のことを狙っている感があって本当にやだ。同性だろうが異性だろうが関係ないね。もしもの時は、人の婚約者に手を出したらどうなるかわからせてやるんだからね。
三人で教室を出て、長い長い中庭を歩く。知らない花が咲き誇っており、その中を歩くレーティアもまた、花のように美しかった。
歩き方、もっと言えば所作の全てが前世の彼女と同じだった。本当に綺麗な人だな、と俺は思う。鼻の奥がつんと痛くなった。
否が応にも、先ほど見た夢が思い出される。
逃げて、嶺さん。逃げて。俺はそう叫んで、それでも彼女は。彼女は、逃げない。
ふらふらと俺に近づいてくる。どうして、と俺は喚く。彼女が力なく俺の隣にへたり込んで、俺の手を掴む。
『死なないで、小林。お願い。死なないで』という彼女の声と、涙が俺の指先を濡らす。
どうして、もクソもない。彼女の行動に間違いはなかった。間違っていたのは、俺の方だ。
俺はそんなところで転がっている場合ではなかった。俺は彼女のその行動を間違ったものにしないために、何が何でも、死に物狂いで、彼女を守り抜かなければならなかった。それができなかったから、たぶん俺は今でもあの日の夢を見る。
今度こそ。俺は彼女を脅かす全てを排除する。今度こそ――――
瞬きをした瞬間、突風が吹いた。花弁が散り、辺りが白く染まる。そして前を歩いていた彼女が「きゃっ」と言いながらスカートの裾を押さえた。
俺は何も考えず、ほとんど無意識に首を傾ける。気持ち、足を曲げた。
白い――――かぼちゃパンツ。
バッと彼女が振り向く。「……ダン?」とじとっとした目を向けてきた。俺はハッとして、自分がいま何をしたか正しく認識する。
「ち、違うんです!」
「何が違うんですの?」
「違うんです嶺さん!」
「嶺さんじゃねーって言ってますでしょ。そろそろ本気でぶん殴りますわよ」
俺は両手で自分の目を押さえながら、「違うんだ! 本当に違うんだ! 一瞬の出来事だったからそうなっただけで、考える時間さえあったら俺はこんなことしないんだ!」と意味不明な言い訳をした。マジで自分でも意味がわからない。一瞬の出来事でそうするんなら本能的にそうってことになるし、普通に最低だろ。
レーティアは深い深いため息をついた。ついに愛想をつかされたかと俺は怯える。彼女は俺に近づいて、小声で「くれぐれも他のご令嬢にそのような真似をなさいませんよう」とたしなめた。それから「わたくしは」とちょっと視線を逸らす。
「わたくしは、婚約者なので許しますが」
顔を真っ赤にして踵を返し、彼女は大股で歩いて行ってしまった。残された俺は、呆然とその後ろ姿を見送る。
つまり……どういうことだ? そういうことか? 何、そういうことって。どういうこと?
婚約者ならセーフって何? え? 婚約者ってパンツ見てもギリギリ許されるの? そんなことまかり通るの? そ、そんなのもう……結婚じゃん……。
頭の中は大パニック。俺の理性は、完全に限界を迎えていた。
横を通り過ぎる際にアミが、「調子乗んな」と呟いて行った。なんでこのパンピーの子はこんなに俺に失礼なんだろう。俺って王太子じゃなかったのかな。でもおかげでちょっと冷静になれたので助かった。
歩いて行ってしまうレーティアを追いかける。「お詫びに何かご馳走するよ」と提案すれば、彼女はいつものクールな表情で「高くつきますわよ」と言った。
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