【Ex- 037】笑顔と感謝でおもてなし、大人様ランチを召し上がれ

 その日は清々しい秋晴れだった。真っ青な空の下、爽やかな風が懐かしい香りを運んでくる。


 薄切りにした玉ねぎと人参とセロリを、予めニンニクの香りを移しておいたオリーブオイルで炒める。それから湯剥きしたトマトとじっくり煮出したブイヨンと合わせて、塩とバジルを加えてコトコト煮込む。裏ごしして、アクセントに角切りトマトを加えてひと煮立ちさせたら、オリジナルのトマトソースの完成だ。

 

 キッチンに立つ隆盛りゅうせいは活き活きとしていた。社畜生活に見切りをつけ、両親の経営する洋食屋の料理人見習いになって早半年。店のメニューには『大人様ランチ』が増えた。その売れ行きはというと、まあ、なかなかの好調といったところか。ほら、早速忙しくなりそうな予感がする。

 

 チリリーン。

「いらっしゃいませ」


 平日のランチタイム、最初の客は若い父親と小さな女の子だった。お冷のグラスを運ぶ隆盛に、父親がテーブルの上のメニュー表を指さして言った。


「えっと、お子様ランチと、僕は大人様ランチをいただこうかな」

「かしこまりました」


 椅子に座った女の子は隆盛からグラスを受け取ると、「あのね」と元気よく話し始めた。

 

「さっきね、あかちゃんみてきたの。あたしおねえちゃんなの」


 にこにこと笑う女の子の横で、父親も優しく微笑んでいる。

 

「実は一昨日、下の子が生まれたばかりなんです」

「それはそれは、おめでとうございます。そっかあ、お姉ちゃんになったんだね」

「うん、あかちゃんね、こんなにちっちゃいの」


 女の子は何かを捧げ持つように両掌を上に向けてみせる。

 

「ははは、きっと可愛いんだろうな。……あれ? 何か付いてる」


 隆盛はふと女の子の髪に小さな白いものを見つけた。父親がそっと摘み取ってみると、それは蒲公英たんぽぽの綿毛だった。


「あ、さっきふうしたわたげさん。おそとにかえしてあげなくちゃ」


 そう言って女の子はハンカチを取り出し、大事そうに綿毛を置いた。父親は相変わらずにこにこと女の子を見守っている。隆盛がキッチンに戻ると、またドアが開いた。

 

 チリリーン。

「いらっしゃいませ」

 

 次に入ってきたのは、リュックを背負った学生風の青年二人組だった。その手には大きな紙袋を抱えている。調理を始めた隆盛に代わって、隆盛の母が二人を席に案内した。青年たちはそわそわと店内を見渡しながら、何やら聞いたことのない言葉を話している。隆盛の母は首を傾げた。


「あら、お二人はどちらから来られたんです?」

「「台湾です」」

「まあ、台湾から。学生さんなの?」

「「はい」」


 よほど仲が良いのだろう。息がぴったりだ。

 

「僕は留学生で」「俺は旅行です」

「今日はアニメイトに行って」「これから温泉で一泊するんです」

「日本は街がとても綺麗で」「人が優しくて」

「食べ物も美味しくて」「アニメは面白くて」


「「最高ですね!」」


 二人は息継ぎもせずに流暢な日本語を披露する。


「一昨日はお寿司とラーメン食べました」「昨日は天ぷらとカレーライス食べました」

「今日はオムライスが食べたいんです」「日本の洋食と言えば何と言ってもオムライス」


 二人の日本愛に苦笑しつつ、隆盛の母はメニューを広げて見せた。

 

「え、ええ、オムライスですね。ありますよ。大人様ランチはいかがですか?」

「「はい、殿ランチ、お願いします!」」


 宿まで待ちきれないのだろう、注文を終えると、二人は紙袋からオレンジ色の忍者やら麦わら帽子の少年のフィギュアの箱を取り出してはテーブルに並べ、蓋を開けたり閉めたりしながら盛り上がっている。


 近くの席では女の子がお絵描き帳を取り出し、父親の隣で夢中でお絵描きをしている。女の子を囲む黄色い花、そして綿帽子。たくさんの綿毛が空を舞う……。



 

 キッチンでは、隆盛が手際よく大人様ランチを盛り付けていた。

 

 オムライスとハンバーグには角切りトマトがごろごろ入ったソースがかかっていて、ハムとチーズ入りのサラダにはプチトマトが彩りよく添えられている。お子様ランチ用のサラダは、ハムとチーズを星の形にくりぬいて。それに、具沢山のナポリタン、ウサギのりんご。

 

「いただきます」


 料理が運ばれてくると、女の子はさっそく上機嫌にオムライスを食べ始めた。そしてすぐに「むふっ」と声が聞こえてきそうな満足そうな笑顔を顔に浮かべる。


 続いて台湾から来たという青年たちが、濃厚なトマトソースのたっぷりかかったオムライスをスプーンに山盛りすくって、ぱくっと一口……。 

 

哇塞うわ好好吃哦!うっまあ!


 青年が思わず上げた声が店内に響けば、女の子がその真似をした。

 

「はおはおちゅー」


 青年たちが笑って女の子に手を振った。声を上げて笑う女の子と小さく会釈する父親。店内は謎の一体感に包まれる。

 

 

 

 プレートはあっという間に空っぽになった。お腹もいっぱいになった帰り際、青年たちがお菓子を配り始めた。隆盛と隆盛の両親、そしてランチタイムを共にした親子にも。綿毛を包んだハンカチを握りしめ、女の子は目をきらきらさせて珍しいそのお菓子に見入っている。

 

 七人もいれば会話だってしっちゃかめっちゃかだ。

 

「これ、台湾のお土産です」「どうぞ食べてください」

「パイナップルヌガーです」「美味しいですよ」

「おにいちゃんたち、ありがとう」

殿ランチ美味しかったです」「ご馳走様でした」

「ありがとうございました。またお越しくださいね」

「今度はお母さんと赤ちゃんも一緒においでね」

「うん、あかちゃんもいっしょにおこさまらんちたべるの」

「珍しいお菓子ありがとうございました」

「温泉、楽しんでくださいね」

「「はい!」」


 そんなこんなで親子連れと青年たちがワイワイと出て行くと、店には急に静けさが戻って来る。シンとした店内で隆盛と両親は互いに顔を見合わせ。それから一斉に「ふっ」と噴き出した。


 ああ、何て清々しい気持ちなのだろう。


 そのとき、またドアベルが鳴った。

 

 チリリーン。

「いらっしゃいませ」

「大人様ランチ一つ下さい」

「はい、かしこまりました。お席へどうぞ」


 休んでいる暇などない。いや、今やこの忙しさが隆盛にとって逆に楽しみでもあるのだ。


 さあ今日も。笑顔と感謝でおもてなし、特製の大人様ランチをどうぞ召し上がれ。

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