【No. 005】那義と永実の冒険

「長い間、ご苦労様でした」


 収監施設の通用口を出ると、後援会の代表を務める中年の男に出迎えられる。


「いろいろとご尽力をいただき、ありがとうございました」


 彼らの助力がなければ、16年目の収監生活に突入していたかもしれない。

 俺は着慣れないスーツの腰を折り、素直に感謝を述べておく。


「これから当座の滞在先へご案内します。高級ホテルとは言いませんが、時代の変化に慣れていただける設備は整っています。さ、こちらへ」


 男に促され、停車中の車に向かう。


「ねえおじさん。おじさんも“勇者”なの?」


 ふいに後ろから声を掛けられ振り向くと、黄色が目立つ花束を持った、十代半ばほどの少女が伺うような視線を俺に向けていた。

 交通量の多い生活道路ということもあり、人々の往来は多かったが、まさか俺に声をかけてくる人が他にいるとは思わなかった。

 そんなことより、勇者だと?


「勇者なんかじゃないよ」

「でも“黄泉行軍”の人でしょ? はい、これどうぞ」


 少女は俺に花束を差し出す。

 

「貰ってあげてください。あなた方を英雄視する世論は少なからずありますから」


 男の声を背中に聞き、そんなもんか、と左手で花束を受け取る。

 少女は、はにかんだ笑顔のまま左手を差し出してくる。

 外界の最新の常識は知らないが、花束贈呈と握手がセットになっているのだろう。花束を右腕の肘で抱え、左手で握手する。

 少女はぺこりと頭を下げた後、走り去って行った。


「よくあるんですか?」

「私も出迎えは初めてなので分かりません。でも申した通り、あなた方を評価する人は私たち以外にも多いのです。表立って言わないだけで」

「やったことは褒められたものじゃない。多くの人が死んだんだ」

「でも、その結果、何千万という人の命が助かった」

「そんなのは、別に、俺たちの行動となんの関係もないかもしれない」

「それを決めるのはこれからの人ですよ。さあ行きましょう。あなたたちが守った国を、見てやってください」


 乗り込み、動き出した車窓から街を眺める。

 平穏な風景。

 鉄や油の匂いもなく、怒号も悲鳴も聞こえない。

 道端に焼け焦げた車の残骸も無いし、放置された死体も無い。


 16年前、軍事クーデターから始まった一連の騒動は、各組織間の争い、地方間の小競り合い、次々に生まれる抵抗組織の活動の果てに、諸外国の介入で終焉を迎えた。

 当時、ネット配信サービスを生業としていた俺たちは、ネット上で真実を公表するジャーナリストを気取り、戦禍の中を駆け抜けた。

 正しい情報こそが真実を証明する。

 そんな使命感に取りつかれ、俺たちが危険の中で掬い上げた情報で世論は動いた。

 熱狂した世論は、死地に飛び込む俺たちを“黄泉行軍”などと呼んだ。

 ただ火中の栗、とはよく言ったもので、期待に報いる使命感は危機感を凌駕し、越えてはいけない領域を見誤っていた。

 俺たちは軍のトップと政府の密約現場を押さえ、世界の世論をバックに第三勢力の介入を果たし混乱は収まった。そして、国家の権益を損ねたという罪状で投獄された。

 為政者の立場、法令順守、秩序の維持、取引、落としどころ。

 様々な思惑があり、俺たちはただの犯罪者として断罪された。


 大量殺人者が、戦争の名のもとで英雄と称えられるように、真実を暴き混乱を収束させるきっかけになった俺たちも、最初は恐れを知らぬ“勇者”などと多くの人に持ち上げられた。

 だが諸外国の統治は必ずしも幸福な未来を運んでこなかった。

 大衆の不満は俺たちに向けられた。ガス抜きのように。



 案内されたホテルの部屋からは、湾岸の復興地帯が良く見えた。


「荷物、ここに置いておきます。部屋の中の設備はご自由にどうぞ。でも片腕で大丈夫ですか?」

「気付きました? 握れないだけですから大丈夫です」


 右手の握力が少ないのは生まれつきだ。

 また来ます。と言う男に感謝を告げ送り出す。

 一人になり、抱えていた花束を活けるため包装を解く。

 茎を束ねた輪ゴムに、小さな封筒がくくりつけられていた。


「マイクロSD?」


 ラベルには『那義と永実の冒険』とあった。


 備え付けのパソコンを起動し、カード内の実行ファイルを起動する。

 昔、永実とよく作ったゲームエンジンだということはすぐに分かった。


 ゲームは所謂テキストゲームの様相だったが、選択肢も音楽もなく、使われている画像は、あの頃俺たちが現場で撮ったものばかりだった。

 それは、俺たち“黄泉行軍”の軌跡だった。


 誰が作ったのかは明瞭だ。

 物語は最後の突入シーンの前で終わっていた。

 そこから先を見ていない人物。

 そこで俺が拒絶した人。

 平坂永実だ。


◇◇


「いよいよだね那義。私、あなたと一緒に“勇者”をやれて嬉しかった。だからね、この先に何があっても……そばにいさせて」


 一緒にいることが愛情だと思った。

 どんな危険な場所でも、二人でいることが大切なことだと思った。

 でも、気付いていたんだ。

 熱に浮かされているだけだった。

 義憤に駆られ、ノリと勢いでここまで来ただけだと仲間の誰もが知っていた。後戻りが出来ないところまで来て、俺がどれほど彼女を危険に晒しているか、心の底から恐怖した。

 一緒に死ぬ覚悟より、彼女を一人放り出す無責任な選択をした。


 それでも、生きていてほしかったんだ。


 ゲームは俺の「俺たちは勇者なんかじゃない……帰れ」というセリフで終わっていた。


 スタッフロールの代わりに、俺たちのその後が詳細に描かれ『勇者たちに捧ぐ』と締められていた。

 暗転し、タイトル画面に戻る。

 そこに、さっきまで無かった文字が浮かんでいた。


 “another story”


 クリックすると「俺たちは勇者なんかじゃない……帰れ」のシーンに飛んだ。

 そして、選択肢が二つ現れた。


(さよなら)

(愛してる)


 逡巡の後、あの時言えなかった言葉を選ぶ。

 シーンは変わり、赤ん坊の写真が表れた。

 

 産まれたての泣き顔。

 目を開けた笑顔。

 ハイハイする姿。

 よちよち歩き。

 幼稚園らしき門の前で泣きそうな顔。

 走る姿。

 笑う姿。

 徐々に成長する少女は、きみに良く似ていた。


 最後は動画だった。


『お父さん。これから会いに行きます』


 ニッコリ笑った顔は、さっき見た笑顔だった。

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