【No. 015】四人のだいじな話し合い

「だから俺は悪くないっつってるだろうが!」


 親父のデビルボイスが、中空に飛んだ。


 俺も姉ちゃんも母さんも、いつものように無言になる。親父はなんでも、叫ぶことで解決しようとする。高校生の今となれば肉弾戦で勝てなくもないが、昔から植え付けられた習性というものはかくも恐ろしい。


 ここは雲の上に設けられた、一台の円卓。

 家族まとめて死んじまった俺たちに、話し合いをするようにと神様が設けてくれたテーブルである。


「俺は余裕もって右折しようとしてたんだぞ! スピード上げて直進してきたのはあっちだ!」

 工事現場で働いていた親父。こいつは家族以外にも怒声を叩きつけ、多くの人間から小金をむしりとってきた。


「んなこと言っても、ハンドル握ってたのは親父じゃーん?」

 キャバクラで働きながら、結婚詐欺を繰り返してきた姉ちゃんがダルそうに言う。もう死んでしまって吹っきれたからなのか、生前よりも雄弁だ。


「どうしましょう……どうしましょう……」

 自分が不幸だと思いこみ、同情してくれた人たちに数々のストーカー行為をおこなってきた母さんが気遣わしげな声で言う。


 どいつもこいつも、終わってる。


 俺は勇気を出し、ここぞのタイミングで円卓に拳を叩きつけた。


「うるせえ! 次の人生考えろって、あのおっさんが言ってたじゃねーか!」


 かくいう俺も、学校では素行不良。死ぬ三日前にも別校の野郎のアバラを三本折ったばかりだった。とにかくクソがクソで固められたような、俺たち家族だ。


 うーん……。


 みんなで唸る。


 神は言っていた。俺たち一家は本来地獄行きなのだが、再修行のためにもう一度人生をやり直す必要があると。

 そして、一家全員事故死というのはちょっと不憫なので、家族で話し合った「次の人生」の希望を多少は加味してくれると。


「全員政治家の一家ってのはどうだ?」

 俺がのけぞりながら言う。

「だめよ。政治家って危ないんだから。変な奴が家まで来たらどうすんの」

 姉ちゃんが止めるも、俺は諦めない。

「じゃあ弁護士くらいで我慢しとくか」

「それもだめ。弁護士も危ないの。知ってる? 弁護士って身元がバレないように偽物の名刺つくったりしてるのよ」


 どうやら権力案は、却下らしい。


「お金がたくさんあればねえ……みんなねえ……幸せになれるのにねえ……」

 と言う母さんの目は笑っていない。むしろ死んで得したような感じ。

「そいつは必要だな」

 俺が同意すると、姉ちゃんもうなずいた。しかし。

「だめだな」

 珍しく親父が同調しなかった。

「金はいつかなくなるもんだ。金を得るためにはなんらかの理由がいる。理由がねえから、俺みたいな人生になっちまうんじゃねえか」

「じゃあ、お金を稼ぐ職業に就いてるってのは?」

 俺の提案に、親父はまたも首を振る。

「だから、それが問題なんじゃねえか。やべえ仕事か、忙しいかのどっちかだろ。そんなの俺は御免なんだけどな」


 たしかにそうだ。

 親父は金がないからこそ、気楽に生きてきたと言える。

 しかしながら母さんが金を求めた気持ちもまたわかる。


「ん、じゃあ」

 姉ちゃんが人差し指を立てた。

「お金は普通でいいよ。でも、幸せは外せないよね。すてきな恋ができるっていうのはどう?」

「お前たちの父さんを見てごらん。母さんを見てごらん。人はいつか老いてしまうのよ。いっときの恋を求めてどうするの」

「なんだとこのボケがぁぁぁぁあ!」

 母さんの発言にブチギレる親父。しかし殴っても仕方ないと判断したのか、胸倉を掴んだところで親父の怒りはおさまった。


「親父の意見はどうなんだよ」


 俺は上目で親父を睨みつける。あれもだめ、これもだめ。しかし悔しいが俺たちの中で一番生きている親父だ。きっとなんらかの狙いをもっているのだろうと期待する。


 親父は一つ咳払いをし、こう言った。


「とにかく、人生のやり直しを止めることだ」


 え。固まる俺を、親父は視線だけで押さえつける。


「さっきからの話でわかったように、生きていると必ずつらいことがある。かと言って地獄に行くなんてのもまっぴら。俺は早く人生を終わらせて、天国へ行きたい」


 全員の瞳孔が開いた。

 なるほど、言われてみれば納得だ。

 そこでそれぞれ、次の人生ではどんな役割を担うかという話になった。


「俺は誰にも優しく、人の意見を取り入れる人生を送りたい」

 どの意見にも耳を貸さず、奔放に生きてきた親父らしい覚悟だ。


「あたしは裏方がいいな。華やかな世界ってのにはもう疲れたよ」

 姉ちゃん、昔は優しかったよな。俺によく飴玉を分けてくれた。「感動する動物ストーリー」っていう本が、小学生の姉ちゃんの愛読書だった。


「私はきちんと家事をしますよ。もう、店屋物ばかりは飽きたでしょうから」

 母さんのつくってくれたハンバーグの味を覚えている。死んだあの日も、珍しく食材を買い出した帰り道だった。母さんは俺が八歳の時、心を病んで家事をやめたんだ。


「俺は……みんなと……仲良くやるよ」

 俺が声を絞り出すと、その肩を親父がポンと叩いた。



 さ、みんな。次はうまくやろうな。

 今までのこと、思い出したら笑えてきたよ。

 すごい人生になりそうねえ……また、あなたたちと出会うことができるかしら。

 バカなとこは変わってなかったりしてな。



 みんな、それぞれの顔を見合わせて哀しく笑う。


 俺たちはサルファーイエローの光に包まれ、転生のトンネルをくぐった。



 ☆  ★  ☆  ★  ☆



「西村くん、西村くん」


 揺さぶられて、俺は起きた。


 なにか長い夢を見ていたような気がするが、ここは俺の通う高校の教室で間違いない。


「きみ、お店の前で宣伝できる?」

 委員長が訊くので、俺はうなずいた。本当はいやだけど、頼まれたら仕方ない。

「でも、その代わり調理までは手伝えないよ?」

 俺が言うと、委員長はうんうんとうなずいて他の奴らから希望を聞いた。するとクラスの美少女澤井が「私、お料理大好きだからやりたい!」と言って決定。お店のレイアウトづくりは地味な橋本さんに任せることになった。でも橋本さんは「みんなの力になれるなら」と満足げだった。


 俺たちは全員で円陣を組む。


 委員長が白い歯を見せて、爽やかなエンジェルボイスで叫んだ。


「最後の一年だ。俺たちで、最高の文化祭にしようぜ!」

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