【No. 016】じゃせつりんめいかくさつ!!!

 僕はくたばった。


 いやもう、間もなくくたばる。


 ここは魔王城近くの森の奥。全身傷だらけになった僕の周りを、岩とか樹の姿をしたモンスターたちが取り囲んでいる。みんな、ザマアミロといった表情だ。ぼやけた視界の中、僕はついさっきの光景を思い出した。


邪刹凜命掴殺じゃせつりんめいかくさつ――』


 一瞬、なにが起こったのかわからなかった。


 魔王の手が広がったと思ったら、あっという間に呑みこまれた。

 たちまちに周囲で巻き起こるトルネード。首筋から脇腹からアキレス腱まで、無数の小さな切り傷は結託して大量の出血を呼びこんだ。僕は、自分の頭を抱えて護るだけで精いっぱいだった……。


「待て」


 魔王が荘厳な声で、他のモンスターたちを抑える。


「お前はたしかに勇者。しかし私の信条として子供を殺したりはしないのだ。自らの無力を思い知り、今後は二度と剣など握らないことだな」


 魔王がマントをひるがえすと、モンスターたちがぞろぞろとその場を去っていた。

 僕は助かったのだ。とどめをさされることなく。

 しかも移動の魔法で人間の街まで送り届けられた。それから気を失った僕が目を覚ますまで、魔王との血戦から一ヶ月を数えていたという。



 あれから僕の頭の中では同じ光景がループしている。


 魔王が放った技――、『邪刹凜命掴殺』


 なんていうか、もう、かっこよすぎた。


 炎の魔法とか水の魔法とかいうのはよく聞く。僕も雷の魔法を使える。でも、自らの肉体を肥大させて敵を包みこむなんて。しかもあの旋風。名前からしてヤバい。


 そこで僕は、街の人にお礼を言った後、再び魔王城へと向かった。街の人たちは僕が再度魔王討伐に挑戦するのだろうと思ったのか、総出の拍手で僕を見送ってくれた。


 が……。


「魔王ー、出てこいよ!」


 僕は森の奥地で、魔王を呼び出す。このままじゃ、終わらせはしない。

 すると天上に暗雲が立ちこめ、おぼろと化したその地に魔王のマントがひるがえった。


「小僧、どういうつもりだ」


 来た! 魔王だ!


「貴様、今度こそはその命の保証ができぬぞ! ……ん?」


 魔王はきっと驚いているだろう。なぜなら僕が、五体投地がごとく土下座を決めていたからだ。

「頼むよ! あの、僕にやったすごい技を教えてよ!」


 数拍を置いて、


「な、ならんならん! 街へ帰れ!」

「いやだ! あれ、かっこよかったもん! 覚えるまで帰らない!」


 魔王の歯がギリギリと鳴る。僕は殺されるかもしれない。しかし僕だって、勇者である前に一人の戦士なのだ。あの技を教えてもらえるなら、この命をも懸けてみせる。


「フン! 教えるわけがないだろう!」


 そう言って魔王は風となった。きっと城の中に引っこんだんだ。


 そんなくらいで諦めてたまるか!

 その日から僕は、森の奥で自炊を始めることにした。



 最初の数日は持ってきた食料を調理した。


 それからどうしようと思っていたのだけど、森のモンスターたちに事情を話して薪割りなどの手伝いをすると、疑い半分といった感じではあるが食料をもらえるようになった。


 子守り、剪定、剣技の披露。

 僕が自分のできる限りのことをやると、一ヶ月も経つころにはモンスターたちとも仲良くなることができた。あの岩の人がガシュリンさんで、あの樹の人はナムモクさん。

 僕がガシュリンさんに魔王の技について話すと、彼はいい案をくれた。

「城の中に魔王様の修練場があってな。そこの窓からのぞいて盗むといい」


 それはいい案だ。

 僕は早速、当日決行した。

 窓から城の中をうかがう。


『邪刹凜命掴殺!』


 あれだあれだ。ははぁ、腰をひねってから撃つのか。型があるようだ。

 しかしすごい迅さだな。いかなる人間でもあれを目視で捉えることはできないだろう。


 次の日は、気、というものに注目した。


『邪刹凜命掴殺!』


 わかる、わかるぞ。爪の先に気を集中させているんだ――。


 そして僕は来る日も来る日も、魔王の技を目に焼きつけた。後から考えたら、魔王はきっと僕の存在に気がついていたのだと思う。だけど魔王は惜しみなく技を繰り広げてくれた。


 やがて僕は技を身につけることができた。……魔王ほどじゃないけど。

 森を去る僕。ナムモクさんが、葉擦れの音で見送ってくれた。


 城の窓から、魔王がチラリと僕を見ていた。僕は、大きく手を振って応えた。



 ☆  ★  ☆  ★  ☆



「それで、お前はどうしたんだ!」


 僕の目の前の小僧が声を張る。

 かつての僕のように、剣を構えて。


「知りたいか、小僧?」

「お前は嘘つきだ。お前は、人間の敵だろう!」


 ははは。僕は高笑いをする。


 そして思い出す。


 魔王から技を盗んで、一年も経たなかっただろうか。

 僕とは別の勇者が魔王城へと乗りこんだ。僕はその報を受けて、すぐに城に向かった。

 城の中では、多くのモンスターたちが惨殺されていた。床に転がった石を見て、この欠片はかつてガシュリンさんだったのだとわかった。


「人魚と人型は売れるから逃がすな!」

「食える奴はぶった斬って馬車に乗せろ!」


 哄笑こうしょうを咲かせる勇者たちの前に、足首から先を失った魔王が倒れていた。


 そして、静かに唇を動かしたんだ。


「重要なのは、想いだ。小僧にはまだ、教えていなかったがな」


 あ。

 あ。


 ああ……。


『邪刹凜命掴殺――――――――ッッッ!』


 それは僕がこの城に住む前、三十年ほど昔の話だ。



 ☆  ★  ☆  ★  ☆



「僕はお前を倒す! この、風落としの剣エヴァン・エレンで!」


 ハッ、と意識を戻す。


 なんだこの小僧。幾人もの勇者を見てきたが、こいつは本当に理解の悪い奴だ。モンスターたちがもう人間の街を攻撃しなくなったというのは、公然の事実ではないか。

 だが、刃向かうというのなら、少しお灸を据えてやらねばなるまい。


「では、かかってこい、小僧」


 僕の胸の中に、かつて、幼かった自分の心がみなぎる。


 ただ一つの技に憧れ、いつ殺されてもおかしくない場所へ身を投じた自分。

 二度と帰らない、でも、たしかにあった日々。


邪刹凜命掴殺じゃせつりんめいかくさつ――』


 言って僕は、幼き勇者の頭を撫でた。


 がしがしがし。勇敢な少年の、頭を。


「なんだよ! 今、なにかやろうとしただろ! なんだったんだ!」


 勇者は歯をくいしばって怒る。


「内緒だ」

「な、なんでだよ!」


 僕はてらいなく笑う。そしてマントを颯爽とひるがし、こう答えてやったのだ。



 真似をしたくなられては、困るからなァ――。

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