【No. 017】再会×死んだはずのレノー【ホラー要素あり】


トリスタンの目を盗んで部屋に入って、まず目に飛び込んだのが死んだはずのレノーによく似た人形だ。

革張りの椅子に座って、俺をじっと見つめている。


「何だこれは……こんなものをアイツは隠していたのか?」


無機質な青白い肌に虚ろな茶色の瞳、生前の彼の服を着ている。

数日前に死んだ彼にそっくりだ。


「こんなものとはひどいなあ。ボクはレノーなのに」


人形が口を開いた。


「先生、おひさしぶりですね」


笑顔を向けた。俺は言葉を失った。

人格まで完全に再現しているというのか。

生つばを飲み込んだ。


「確かにね、トリスタンは精神的にもろい面はあった。

レノーの死を聞いて誰より傷ついたのも、悲しんだのもアイツだ。

たったひとりの弟だったんだ、誰よりも愛していたんだよ」


今思えば、死を誰よりも恐怖していたのかもしれない。

たったひとりの家族を守るために生きていたのだから。


「でもね、アイツが馬鹿なのかって聞かれたら俺はノーと答える。

違うことは違うってはっきり言える。まちがったことには手を出さない。

まあ、正義感が強いだけだって言われてしまえば、それまでなんだけど」


俺は人形と対面する。

生死の境目を感じさせない不気味な存在だ。

レノーは死ぬにはあまりにも若すぎた。


「要は自信がなかっただけなんだね。それは最後までどうにもできなかった。

だから、キミが俺の知っているレノーだとしたら、この状況を受け入れているはずがないんだよ。

これだけは確信をもって言える」


あの兄弟は人の道を踏み外すようなことはしないと思っていた。どこで歯車は狂ったんだろう。

考えても仕方がないか。俺が言ったところで、何かが変わるわけじゃない。

俺は拳銃を人形に向けた。


「彼の名を自分のことのように騙り、俺のことを先生と呼ぶ。キミは一体何なんだ?」


「ちょっと待ってよ。先生」


「先生なんて呼ぶな。この化け物が」


きっぱりと言った。


「なるほど、死に損なっているというより生き直しているように見えるね。

そんなに寂しかったのか? 答えろよ」


「兄貴がね、ボクを呼んでいたんだ」


「呼んでいた?」


「そう。ボクがいなくなって寂しかったみたいでさ。あまりにも呼ばれるもんだから、出てきちゃった。

あの木の生命力を使って表に出てきたんだ。その証拠に、ちゃんと体ができているでしょう?」


彼は見せつけるように立ち上がり、両手を伸ばした。

人間としての形を保っている。足元には影がある。

呼吸をしていないのは、内臓部分まで再生できなかったからか。

それとも、内臓部分は不必要であると判断したのか。


「出てきちゃったで済まされる問題じゃないだろ。ちゃんと質問に答えろよ。

それとも、脳みそは土の中に溶けてなくなったか?」


「嘘は言っていないんだけどなあ……本当のことだよ。全部。

確かにあの木の下に埋めてとは頼んだけどさ」


庭にあるハナミズキのことを言っているのだろうか。

そのような力は宿っていないはずだ。

だからと言って、彼が嘘を言っているようには見えない。


「ねえ、先生。狂い咲きって、知ってる?」


「何だ、突然」


「季節外れにね、植物が花を咲かせることを言うんだけど」


「それがどうした」


「俺が表に出てきた日、ハナミズキの花が満開に咲き誇っていたんだよ」


「だから?」


銃口を向けたまま、話の続きを促す。


「俺が表に出て来るのに協力してくれたんじゃないかって。

そうじゃなくちゃ、あんなふうに咲かせるはずがないもの」


「狂ったように、か」


木ですら狂ったというのか。

レノーがこの世から去ったから狂ったのか。


「それなら、アイツもすでに狂っているのかもしれないね。

キミを隠して生きること、とてもじゃないが正気とは思えない」


こんな得体の知れない化け物を隠して、今日も俺と面談した。

何食わぬ顔をして、俺の目の前で話していた。


「兄貴はね、気にしなくていいって言ってたんだ。

何もかもが元に戻ったって。先生はそう思わないの?」


「思えないな、残念ながら」


これ以上、話してもしょうがないかもしれない。

俺は拳銃を下ろした。まったくもって、話にならない。


「先生なら信じてくれるって、思っていたんだけどな」


「俺の知っているレノーなら、こんなの信じられないんだけどって聞いてくるはずなんだけどね」


化け物は寂しそうに笑った。

俺は肩をすくめ、扉を閉めた。


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