5月31日 公開分
【No. 156】人生はダイスの目のように
私がいつからここにいるのか、私にも分かんない。某玩具会社で「○カちゃんでんわ」というサービスが始まった1968年頃からだとする説が有力なので、おそらくそうなのかな。
もちろん。無くした人形、捨てた人形が持ち主のもとに帰ってくるって類の怪談、怪異は、ずっと昔からあった。それが、例の電話サービスの出現で「人形」と「電話」というアイテムがガチッと結びついて……そうして私が生まれたの。たぶん。
ん? 今、私の年齢をチラッと考えた……よね? 呪うよ? 呪っちゃうよ? あ、そんなことはしてない? ……まぁ、なら良いです。
あら。あなたもリ○ちゃんにお電話したことあるの? あれ、今も続いてるって知ってた? 最初は社員の人が応答してたんだって。それがアナログの自動応答に変わり、今ではデジタル化されてて。お昼に掛けたら「こんにちは」って喋るのに、夜に掛けたら「まだ起きてるの?」って言うんだって。凄くない? もう少ししたら、AIで会話が出来ちゃうんじゃないかな。
私もね。ちゃんと、時代の波に乗ってアップデートしてるの。最初はタバコ屋さんの店先の赤い公衆電話で掛けてたんだけど。
それがテレホンカードで緑の公衆電話から掛けるようになり、PHS、携帯電話と進化して。今じゃスマホデビューしてるんですよ! 凄いでしょ? えへへ。
だからね。私のことを「可愛い」って言ってくれる書き込みもね。ちゃんと見てるんです。
滋賀県にお住まいの大谷瑠李子さん。宮崎県にお住まいの千代美さん。神奈川県のYATAピコさん。アメリカに留学中のミンミンミームさん。その他、tomoさん、ポンデ林順三郎さん、miccoさん、薮坂さん、hibanaさん、いいのすけこさん、南雲皋さん、くれはさん、MACKさん、松宮かさねさんなどなど、大勢の方からメッセージを頂いてます。感謝。私もみなさんが大好きです。
あら? そこのあなた。仮にも怪異の端くれの癖にホラー要素どこにやったとか、思ってる?
そりゃ、私もね。初めて目覚めた時は、変わり果てた自分の姿を嘆いたし、元の持ち主を恨めしくも思ったよ。
でね。お電話したの。左腕が肩からすっぽり無かったから、右手で受話器を持ち上げて、そのまま器用に右手で十円玉を投入口に入れて。裸だったし、髪の毛も残ってなかったし、誰かに見られたらとドキドキしたけど。それでも覚えてた電話番号のダイアルを回したの。
ガチャ(4)。ジコジコジコジコ。
ガチャ(3)。ジコジコジコ。
ガチャ(6)。ジコジコジコジコジコジコ、って。
私が名乗ると、あの子びっくりしてた。でもね。泣きながら喜んでもくれたの。そしたら、無くなってた左腕と髪の毛が元に戻ってた。
また電話したわ。あの子の声がまた聞きたくて。そしたら、今度はあの子がよく着せてくれた真っ赤なドレスが元に戻った。白の花柄模様がね、とっても可愛いの。
その頃には、あの子と過ごした幸せな記憶も蘇ってきて。私、あの子にどんなに愛されてたか思い出したの。
また電話したの。あの子とまた会いたい一心で。あの子の声を聞いたら、今度は裸足だった足に白いレースの靴下と、真っ赤なピカピカの靴が現れたの。会いに行きたいって思ったからかな。この靴、あの子とお揃いで、とってもお気に入りだったの。
そして私はあの子と一緒にお風呂に入ったり、おままごとしたり、泣きながら算数の宿題をやるのを見守ったり。そうして私があの子を元気付けたり、勇気をあげたりしたこともあったのを思い出したの。
「いま、あなたの後ろにいるの……」
電話でそう告げる私に振り向くあの子は、ぐしゃぐしゃに泣いていたわ。
「ごめんね」
私は横に首を振る。
「また会えて嬉しい」
私は縦に首を振る。
「ありがとう」
私は無言で両腕を広げた。そうして私の胸に飛び込むあの子をしっかりと受け止めたの。頬を寄せ、あの子の涙をそっと唇で受け止めてもあげた。そうして、私はあの子の腕の中で静かに消えたの。
再会はとてもしょっぱい味がしたわ。
私に会う方法? 簡単よ。子どもの頃、とても大切にしていたお人形やぬいぐるみ、変身ヒーローや怪獣のソフビ。とても大切にしていた、あなたの宝もの。
たくさん遊んだ思い出。悲しい時一緒に添い寝した思い出。ここ一番って時に勇気をくれた思い出の子たち。それなのに、どうしてだか、いつ頃からか行方知れず。今はもう手元にない子たち。
「そういえば、どこに行ったかな?」
はい、そう思った瞬間に電話が鳴るよ! ただし。怪異の存在を信じてないとだめだけどね。
こんな風にして私は、それからも何人もの子どもたちと再会し、再び出会えた喜びの涙、大切な宝物を手放してしまったことへの後悔の涙を見てきたの。
再会の喜びは、懐かしさで心を彩り、別れの悲しみや寂しさは、自身への呵責となって心を塗りつぶす……。
あらゆる感情がごちゃごちゃに混ざり合ってた。そんな心に触れるたびに、私も心が引き裂かれる思いを味わってきたわ。
――もう、嫌だ。
思い出は、そっとしまっておけばいい。私のことなんて、思い出さないで!
楽しい思い出に触れるということは、同時に悲しい別れを思い出すことでもあるのよ。どんなに愛されていたかがわかるから。それをしっかりと思い出してしまうから。だから余計に辛いの。
そんなの私、もう、耐えられない……。
私を浅はかな思いつきで「恐怖」の対象として生み出した者のせいで。私は未来永劫、思い出をほじくり返しては、別れに傷つき続けるの。それが、私に課せられた「呪い」なの。
◇ ◇ ◇
再開と別れの連鎖から抜け出したいと願っていた私の前に現れたのは、びっくりするくらいに綺麗な女の人だった。
――私、この人と別れたくない。
そんな私の気持ちが伝わったかのように、彼女は言ったの。
「ごめん。あたし今忙しくてさ。相手してあげらんないから、また後でかけ直してくれる?」
振り向きもせず仕事に向かうその背中を見送りながら、私はまた最初からやり直すことにしたの。
いつか、あんな素敵な人と旅行とかしてみたい。そんな望外の望みを心に抱きながら。喜びの目も、悲しみの目も、ぜんぶワクワクに変えればいい。さぁ、サイコロを振るわ!
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