【No. 157】美しい骨【残酷描写あり/ホラー要素あり】

 これ以上生きていられないと思った。

 両親が事故で死に、引き取られた先での奴隷みたいな生活。不細工だからって学校でもいじめられて、社会人になってからも見た目で差別されることは変わらなかった。稼いだお金は自分には一切入ってこない。何とか生きられる食費はもらえるけれど、それだけだ。着る物も、化粧品も買えるはずがなく、それはますます私の居場所を失わせる。


 月の初め、もらったお金を握りしめて樹海にきた。自殺を踏みとどまるような言葉があちこちから投げつけられるけれど、ただの文字列にすぎなかった。誰にも見付かりたくない。誰にも。

 どんどん奥に入っていって、そして私は彼女を見付けた。


 それは首吊り死体だった。骨にもミイラにもなっていなくて、まだ辛うじて顔が分かるくらいに新鮮な死体。足元には鞄が転がっている。そこからはみ出た通帳には、見た事の無い桁が並んでいた。思わず鞄の中身を探ってしまう。財布の中にも大量の一万円札が入っていて、免許証の写真はとてつもなく美しかった。


「なんで……こんな人が……」


 私にはないものを、何もかも持っている。それなのにどうして自殺なんて。意味が分からなかった。私は彼女の散らばった荷物を鞄に詰め、それを持って樹海を出た。これ以上無いチャンスだと思った。


 コンビニで充電器を買い、スマホの電源を入れると彼女のことはすぐに分かった。

 東宮とうぐう怜央れお、二十二歳。何人ものから金銭的な支援を受けて生活している女だった。急に連絡の途絶えた怜央に、心配のメッセージが大量に入っている。

 彼女は頭が悪かったのか、様々な暗証番号やパスワードをスマホのメモ機能に残していた。私はそれをありがたく使い、彼女そっくりに整形した。自撮り写真はこれでもかというくらい保存されていたから、どの角度から見ても彼女そっくりになることができた。


 それから私の人生は一変した。パパ活は怖かったので一切の連絡を絶ったまま、別の場所へと引っ越した。彼女はハンドルネームを使って活動していたようだったので、本名はバレていないと思う。そのハンドルネームとも本名とも違う名前で、芸能事務所のオーディションを受けた。


 両親が生きていた頃、まだ私が絶望していなかった頃、まだ美醜の判別がそこまで出来ていなかった頃、私は演技が大好きだった。そのことを思い出し、今ならステージの上で堂々と前を向けると思った。


 トントン拍子に所属事務所が決まり、映画に出演した。ドラマ、テレビ番組、様々な媒体に出るようになり、その中で恋人も出来た。少し先にデビューした人で、私に寄り添って的確なアドバイスをくれる人だった。同じ作品に恋人役として出たこともあり、私たちの交際は順調だった。

 彼の主演映画が公開され、話題になったとき、私たちは結婚した。結婚報告をすると、多くの人から祝福された。お互いに別の誰かと浮名を流したこともなく、それが好印象だったのだろう。


 私の主演映画がクランクアップし、その半年後に妊娠が発覚した。大きな仕事はほとんど区切りのいいタイミングで、新規の仕事内容を調節しながら元気な女の子を産むことが出来た。

 彼に似て、本当に良かったと思う。私は元々二重で、それだけが娘に受け継がれたようだった。


 娘は私よりも彼になついた。基本的な面倒を見ているのは私だというのに、彼にばかり抱っこをせがみ、私が抱いてもひどく抵抗するのだ。私は育児に自信をなくし、彼の両親に励まされながら何とか日々を送っていた。


「ぱぁーぱ」


 喋り始めた娘は可愛かった。その頃には私にもだいぶ慣れていて、子育てにはそういうこともあるのだなと、安心していた。


 そんな時だった。

 娘が私の髪をぐいと掴み、見た事もない憎々しげな表情で私を睨み付けていた。私は何が起きているのか分からず、恐怖のあまり固まった。


「かえして、あたし、かえして」

「ひっ……!」


 娘の顔に、怜央の顔がダブって見えた。振りほどこうとしても、どこにそんな力があるのか一向に振りほどけない。


「かえして、かえしてぇぇ」

「ちが、あなたは死んだのよ……これは私のからだなんだから……!」

「かえせぇぇかえせぇぇ!」

「やめて!」


 全力で突き飛ばすと、小さな身体がテレビ台に当たって動かなくなった。カーペットにじわじわと赤が広がっていく。震えながら近付くと、テレビ台の角にぶつかった額が陥没し、一目で死んでいると分かった。


「あ、あぁ……どうしよう……どうしよう……!」


 赤子に襲われたなどと話したところで、信じてもらえる訳がない。このままでは人生おしまいだ。せっかく手に入れたのに、せっかく幸せだったのに。


 これ以上生きていられないと思った。


 あの時の記憶がフラッシュバックする。怜央の死体、樹海の緑、握りしめたロープ。怜央は、私は、首を吊って、死んだ。


 私はロープを買い、樹海に行った。あの時に歩いた道は覚えている。怜央の死体は、もはや怜央と分からなかった。けれど私にだけは分かる。ぶら下がって散らばった骨が怜央なのだと。


 私は彼女の隣にロープを掛け、木によじ登り、そして死んだ。


 私の骨は、怜央の骨より綺麗でありますように。

 そう願いながら。

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