【No. 173】隣の芝は青いのか
どうしたって手に入らないものに、手を伸ばすのが無意味なことだとしても。
それでもあたしは手を伸ばし続けた。誰も正解なんて知らなくて、だから誰にもあたしのことは止められないって。
隣の芝は青いなんて言うけれど、あたしの側には芝どころじゃない、何にもなかった。
隣の芝は姉のもので、隣の家も、隣の土地も、隣の空も、隣の空気も、何もかも姉のもので。あたしはいないみたいに世界は回ってた。
お父さんもお母さんもあたしには見向きもしないで。だったらどうしてあたしなんて産んだんだろうと思う。避妊のミスだなんて笑わせる。あたしはいくらヤっても妊娠できなかった。本当に本当に、あたしは粗大ゴミだ。
どうして生きているんだろうと思う。最低限のお金を稼いで、毎日何とか食いつないで、そんな生活に意味なんてある?
だけどあたしには生きる目的があった。姉の芝生が眩しかった。姉の庭に手を伸ばして、芝を掴んでブチブチッと引きちぎってあたしのものにしたかった。
彼は、姉の彼氏だった。それから婚約者で、それから旦那さんだった。あたしにとってはずーっと、彼は彼だった。憧れの人で、眩しすぎる人で、大好きな人で、そして姉の芝生だった。
どんなに手を伸ばしても、姉の庭には届かない。隣の芝生なはずなのに、どんどん遠くなっていく。それでもあたしは手を伸ばし続けた。だって誰にもあたしを止められない。たとえあたしでも止められない。そうでしょう?
姉にとっての隣の芝は、あたしの逆方向にあるみたいだった。姉はいつしか彼という芝生を枯らし、別の芝生を毟り取っていた。あたしはどう足掻いても無理だけれど、姉は自ら可能性を閉ざしたんだ。彼との子供を産むって可能性を。
どうしてあたしには掴めないんだろう。こんなにこんなに求めて、求め続けて、これでもかってくらいに手を伸ばしているのに。彼は彼の隣の芝生を求めて去ってしまう。姉との、母との、父との関係が途切れれば、あたしとなんて再会するわけないから。だからあたしは前よりもずっとずっと必死になって手を伸ばした。伸ばして伸ばして、そうして彼に届いたと思った瞬間、彼があたしの腕を切り落とした。
「ごめんね、さよなら」
待ってよ、置いていかないで。あたしの両腕は地面に転がり、あたしの領域に存在する唯一のものになった。彼は、隣の芝は、もう見えないくらい遠くに行ってしまって、あたしは生きる目的を失った。
お父さんもお母さんも姉を見捨てて、ようやく少しだけあたしを見た。だけどあたしはもう、両腕を失ってさらに使えない粗大ゴミになっていて、だからあたしに向いた視線はすぐに隣の芝に移ってしまった。
ああ、どうしてこんなにも。
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