【No. 163】神の導き【残酷描写あり/ホラー要素あり】
彼と再会できたのは、本当に偶然だった。
仕事の外回りで普段は行かない駅に降り立ち、約束の時間までの暇つぶしに立ち寄ったカフェ。聞こえてきた声に記憶が蘇り、まさかと思った。トイレに立つふりをして、聞き覚えのある声の持ち主を探る。目に飛び込んできたのは間違いなく彼だった。
彼とは、高校の時に出会った。
学年で一番目立つと言っても過言ではない彼は、女子からも男子からも人気だった。人懐っこい笑顔。教師とも仲が良く、当然のようにクラスの中心になっていた。学級委員長をやる柄ではないと固辞していたが、彼がまとめ役であることに変わりはなかった。
何かの役職に就くことはなかった彼だが、フリーでいるからこそ色々なところに担ぎ出されていた。いくら彼ができる人間であるとはいえ、一人で全てをこなせるわけはない。私は、彼を精一杯支えた。彼が壊れてしまわないように、彼に降り掛かりそうな仕事を前もって処理したりもした。
彼の笑顔を見られるだけで十分だった。彼が私に感謝していることは明白だったし、私は表舞台に立たない方がいいと理解していたから。
裏から支える日々は卒業まで続いた。大学に入ってからも支え続けたかったが、私と彼の進路は全く異なっていたから諦めた。きっと大学に入れば、私の役目は別の人間が担うことになるだろう。そう思っていたから。
だが、どうやらそれは間違いだったようだ。大学では、彼は一人だったらしい。彼の後ろの席に移動してこっそり話を伺っていると、就職活動もうまく行かなかったと言うのだ。
やはり、私がいなくてはダメなのだ。悩める彼と再開できたのは、神の思し召しだろう。
私は神に感謝を捧げ、彼のために生きると改めて誓った。
すぐに彼の家を調べた。彼の暮らす部屋の隣が空室だったため、すぐに入居の手続きをする。私の仕事は時間にゆとりがあり、自分の職務を全うしつつも彼を支えることができたのは僥倖と言えるだろう。
まず初めに、彼の友人関係を整えることにした。新卒採用を諦め、アルバイトをしながら時々就職活動をしているらしい彼は、しかし真面目に活動しているとは言えなかった。
かなり柄の悪い男たちと付き合いがあり、ほとんど違法な行為にも手を染めていた。
それではいけない。彼は正しくあらねばならない。
私は正義のために神の裁きを下した。彼の周りにたむろする羽虫をことごとく駆除し、土に埋めた。どんどん彼の周囲の空気が正常になっていくのを感じる。神の選んだ相手を彼の周囲に配置し、さらに浄化を進めた。
彼の女関係も正さねばならなかった。再会時に彼が付き合っていた女は、他に本命の男がおり、彼以外に五人の援助者がいた。化粧を剥がせば醜悪な素顔が露わになり、そんな悪魔に彼を穢されては堪らない。
私は彼女を援助者ごと断罪することに決めた。呼び出すのは簡単だったし、神の元へ送るのも簡単だった。私が天へ送ったところで、神の裁きにより地獄へ堕とされるだろうが、もしかしたら慈悲をいただけるかもしれない。
新しい女は彼のためになる者を選んだ。彼女は神の愛し子であったから、彼を暗闇から引き上げてくれるに違いない。隣の部屋からまぐわいの気配が聞こえる度、彼から穢れが吐き出されるのを嬉しく思った。
その頃になると、彼の表情はかなり明るくなっていた。高校生の頃の彼を思い出すような活発な笑顔を見せるようになり、就職活動もうまく行ったようだ。
私が誘導したわけではないが、彼は私の務める会社に就職した。やはり運命だったのだ。神の采配に感謝する。
彼の教育係を任された時、初めは断ろうかと思った。私は常に裏から彼を支える側の人間であったから。けれど、私が自らの手で彼を導く必要があるのだと理解した。これも神の思し召しだ。
私は身なりを整え、彼に自己紹介をした。
「初めまして、私は
「
「しばらくは一緒に外回りをしてもらうことになると思うわ。今日は社内の案内をしてしまうわね」
「はい、分かりました! ……江南先輩って、どこかで会ったことありますか?」
「あら、私みたいなのでも口説いてくれるの?」
「い、いえ! そういうつもりじゃ……ていうか、江南先輩みたいな美人な人を口説くなんて恐れ多いですよ」
「近藤君は口が上手いのね。営業には向いていると思うわ。記憶力に自信がなかったら、しっかりメモするようにしてね」
「はい!」
あぁ、神様。感謝します。彼を教え導く役目を、私にお与えくださって。変わらぬ忠誠を捧げます。
捧げ物はまだ、残っている。けれどこの特別な感謝を示すには特別な捧げ物が必要になるだろう。
私は彼の母親と恋人を天秤にかけ、母親を選んだ。恋人はまだ、彼の子を成す役目が控えているだろう。子を成す前に彼女の信仰心が揺らぐことがあれば、その限りではないけれど。
私は今日の仕事が終わった後の流れを脳内で組み立てながら、彼を案内した。定時で業務を終了し、真っ直ぐに彼の実家へと向かう。彼の母親を神に捧げ、半分の肉を持ち帰った。
半分は神に、半分は彼に。
私は丁寧に調理した肉を弁当箱に詰めていく。彼が喜んでそれを口にする姿を想像し、えも言われぬ多幸感に包まれるのだった。
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