【No. 051】魔法少女・ブルーム・アゲイン

『いつか、私がお姉ちゃんみたいな素敵な女の子になれたら……その時は、また会いに来てくれる?』


 夢に見たその再会が、こんな形で訪れるなんて。

 今、中学生になった私の目の前で――

 かつて私を救ってくれたお姉さんが、私をかばって死にかけている!


「だめ! お姉ちゃんが死んじゃう!」


 泣き叫ぶ自分の声と混ざって鼓膜を叩くのは、人々の悲鳴と遠く響くサイレン。

 ビル街のあちこちで闇が唸りを上げる中、私を襲う炎の毒牙を華奢な背中で受け止めて、


「私は……だから」


 大人になったその人は、あの日と同じ紅玉ルビーの瞳で、私を優しく見下ろして言った。


「もう妖精も見えなくなったけど……街を守って戦う力はもうないけど……この命に代えて、あなた一人守るくらいできる!」


 振り絞るような彼女の魔力が、闇の瘴気しょうきと弾き合って火花を放つ。

 幾重にも爆ぜる閃光の中、私の頭に去来するのは、幼き日の思い出――。



* * *



「もう、マイちゃんは泣き虫だなあ」


 あの日。魔物に襲われて家族とはぐれ、泣きじゃくっていた私の前に膝をついて。

 知らない中学の制服に身を包んだその人は、真白いハンカチでそっと涙を拭ってくれた。


《アンタも女の子なら、ハンカチくらい持っときいな》


 その肩の上から、ウサギともネコともつかない不思議なぬいぐるみが言ってくる。私が目をしばたかせると、お姉さんは苦笑して。


「おしゅうとめさんみたいでしょ。守護妖精なんだけどね」


 それはちょっと意外だった。妖精って、もっとカワイイものだと思っていたから。


《誰が姑や。ウチかて転生前はうるわしのレディやったんやで》

「ウソだぁ」


 私が思わず反応すると、妖精さんは《ホンマやって》と短い両腕を振った。


《このコだけじゃ心許こころもとないさかい、魔法少女卒業生のウチが付いて色々教えたっとんねん》

「よく言うわよ。旅のお供にかこつけて観光したいだけじゃない」


 ふたりが私を笑わせてくれているのは、幼心にも何となくわかった。


「おっと。愉快に漫才やってる場合じゃないみたい」


 お姉さんが空を振り仰ぐ。見れば、渦巻く闇の中から、竜を思わせる魔物の本体が姿を現そうとしていた。


不死鳥フェニックス開花ブルーム!」


 凛と響かせた声とともに、彼女は真紅の閃光に包まれる。

 炎の花びらを舞い散らせ、つややかな黒髪をくれないに染め上げて――

 光の翼を背に広げ、風を巻いて宙に舞う魔装束コスチューム姿が、私の網膜に鮮やかに焼き付いた。


「……すてき」


 風をも追い越すその速さが。敵の雷撃を容易く弾き返し、火球のつぶてを撃ち込むその強さが。

 何より、街を守って戦うその横顔が、たまらなく格好良くて。

 彼女が敵を倒して地上に降り立つまでの僅かな間に、幼い私はあっという間に心を撃ち抜かれてしまっていた。


「いつか、私がお姉ちゃんみたいな素敵な女の子になれたら……その時は、また会いに来てくれる?」


 お別れの間際、私が差し出したのは道端の小さな花。

 名前も知らない魔法少女のお姉さんは、それを胸元に差し、くすりと微笑んで。


「私が生きてればね」


 黄昏たそがれの空に虹の尾を引いて、颯爽と飛び去るその背中に、私は誓った。

 いつか、彼女に胸を張れるような、素敵なレディになってみせると。



* * *



 その彼女が今、七年ぶりに闇に覆われたこの街で――

 力なく倒れ伏し、血を吐いて死にかけている。


「マイちゃん」


 ふいに呼ばれ、私は涙の溢れる目をハッと見張った。……覚えていてくれたんだ。

 沢山の街で、沢山の人を救ってきたはずなのに。

 たった一度行き合っただけの、私の名前を。


「お姉ちゃん――」


 その体に取りすがる私の眼前に、彼女の白い指が、すっと一枚の羽根を差し出してくる。


「かつて魔法少女だった者は……命が消え去るとき、新たな魔法少女に力を託す……」

「新たな……?」


 瞳を見ればわかった。彼女が何を言いたいのかは。

 でも、そんな。無理に決まってる。


「あなたなら、できる。いつも……皆を助けるのに、貢献してるんでしょ?」


 視線の先には、私の手を離れて転がった、ボランティア部の募金箱。

 そうだ、私がその部活を選んだ理由は――。


 気付けば私は羽根を受け取り、こくりと頷きを返していた。

 羽根を通じて魔力が流れ込んでくる。涙の温かさにも似た、溢れんばかりの希望いのちの炎。

 光の粒子となって消えていく彼女の笑顔が、私の心に勇気を燃え移らせる。


不死鳥フェニックス……開花ブルーム!」


 本能が導くままに、私はその言葉を叫んでいた。

 魔装束コスチュームを纏った体を押し上げるのは、消えることのない不死鳥の炎。

 灰色の街を遥かに見下ろし、私は飛ぶ。魔物の眷属けんぞく達を薙ぎ払い、空を覆う闇の中心を目指して。


馬鹿バカナ、コノマチ魔法少女マホウショウジョナイハズ!】


 蛇をかたどった魔物の本体が虚空に渦を巻き、爛々らんらんと光る目を醜く歪ませた。

 街の人々の嘆きが耳に届く。かつての私と同じ、泣きじゃくる子供の声も。


「……許せない」


 光の翼を羽撃はばたかせ、宙空を蹴って加速する。皆の涙が、託された想いが、私の背中を押している!


「今度は私が、皆を守る!」


 想いを込めて撃ち出すのは、闇を照らす灼熱の奔流。

 初めてとは思えない威力でほとばしる炎の嵐が、空一杯に燃え広がり、巨大な魔物を焼き尽くした。



 変身を解いて降り立った地上には、勝利を一番誇りたかった人の姿はもうなく。

 私を助けた証の血溜まりの中には、あの日の花で作られた栞。


「……お姉ちゃん」


 最後まで名前も聞けないままだった。向こうは覚えてくれていたのに。


「やっと、また会えたのに……!」


 そのまま、数分か数時間か――

 瓦礫の中にへたり込んで泣いていた私の肩を、後ろからつついてくる何かがあった。

 涙を拭うのも忘れて振り向けば、


「鳥……?」


 柔らかそうな翼をぱたぱたと動かし、紅玉ルビーの目で私を見据える、ぬいぐるみのような何か。


《もう、マイちゃんは泣き虫だなあ》


 意識に直接響くその声は、と同じ色をしていた。


《知ってるでしょ? 守護妖精は、んだって》


 驚きと安堵と、喜びが私の胸に溢れだす。


「お姉ちゃんっ……!」



 ――こうして、新たな魔法少女の物語は幕を開ける。

 私の背負った使命は重い。だけど、心は不思議と軽やかだった。


「ずっと、一緒?」

《どうかな。でも、少なくとも、使命を果たすまでは一緒だよ》


 憧れ続けた彼女と一緒に。

 私の旅が、ここから始まる。

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