【No. 056】2,500字後に君は死ぬ

 2,500字後に君は死ぬ――

 灰色に染まった空の下、私の前に突然現れてそんな予言を投げてきたのは、吉沢よしざわりょう横浜よこはま流星りゅうせいを足して二で割ったような爽やかイケメンだった。

 やだ、タイプ!……なんて、キュンとしてる場合じゃないみたい。瓦礫の街には獲物を求めるゾンビがうごめき、荒廃した地平の彼方では絶え間なく響く銃撃音が人々の悲鳴をかき消している。


「行くよ、説明は逃げながら!」

「ちょっ、いきなり手繋ぎなんて大胆っ」


 普通のOL一年目、お一人様のゴールデンウイークを満喫していた筈の私が、どうしてこんな地獄に放り込まれてしまったのかはわからないけど。とにかく今は、このイケメンに手を引かれて走るしかなさそうだった。


「死の運命から逃れる方法はただ一つ。このから抜け出すんだ!」

「どうやって!? ていうか、なんで私そんな世界にエントリーされてるんですか!?」

「きっと主催者のゴリ押しさ。あのベニヤ、人数を集めるためなら手段を選ばないからね」

「えぇ……」


 思わず片手でひたいを押さえたところで、イケメン君がザッと足を止めた。つんのめった私の体を優しく受け止めて、彼は後方を振り仰ぎ、どこからともなく取り出した手榴弾を振りかぶる。

 刹那、鼓膜を叩く爆音に続いて、追っ手のゾンビ達が爆発に飲まれて粉々になった。


「そうこう言ってる間にもう残り1,957字だ」

「数えてたんですか!?」

「君が生きて自分の世界に帰るには――」


 見下ろしてくる真摯な視線にドキリとするいとまもなく、吉沢よしざわ流星りゅうせい(仮称)は続ける。


しかない」

「えぇぇ……」


 この吉流よしりゅう君、整った顔してそんなメタメタなネタやるんだ。一行目の時点でわかってはいたけど。


「規約違反って。一つの短編だけで作品として成立してないとか?」

「急に察しがいいね」

「ムダに喋ってたらそれだけ字数がかさんじゃいますから。前の匿名コンでそういうの見ましたし」

「『転生したら残り2500字だった件』か……あれはいい作品だった」

「じゃなくて。そういうことなら、さっさと違反してこの世界から抜け出しましょうよ!」


 こうして喋ってる間にもゾンビの新手が迫ってきてるし。今度は手を引かれるまでもなく、私はひび割れたアスファルトの地面を蹴って走り出す。


「とにかくっ、この話を匿名コンで受け付けてもらえないようにすればいいんですよね!?」

Giust'appuntoヂュスタップント! Alloraアッローラ, cambiamoカンビァーモ la linguaリングァ inイン qualcosaクァルコーザ diディ diversoディヴェルソ dalダル giapponeseヂャッポネーゼ comeコメ puntoプント diディ partenzaパルテンツァ!」

「ふぇっ!? 急に何語喋ってるんですか!?」

「記述を日本語以外にすればリジェクトされるかもしれない! 君も早く何か外国語を喋るんだ!」

「ま、マシッソヨ! じゃなくてっ、それやるなら地の文から何から全部切り替えなきゃダメでしょ!? あっ、そうだっ!」


 匿名コンの規約を脳内でりながら、私は隣を走る吉流君に叫ぶ。


「いっそ記述をやめちゃいましょうよ! たぶん、今ならまだ1,000字未満――」

「もう間に合わない。ここまでで1,265字……てかゴメン、さっきのイタリア語で無駄に字数を消費した」

「さては顔だけですね!?」

「何が?」

「取り柄がっ!」


 ひゅるひゅると音を立てて飛んできた爆弾が近くに着弾し、爆風が私達の体を煽り上げる。痛む体を起こし、私は彼に詰め寄った。


「もう、ここで切って『後編に続く』ってやっちゃいましょう! そしたら単独の短編として成立してなくて違反になるはず――」

「いや、あのベニヤはそんなことじゃNGにしてくれない。嘘初回もアリなら嘘最終回もアリ、ってことは、嘘前編くらいどうってことないはず」

「あのベニヤぁ……!」

「このままでは、975字後に君は死ぬ!」

「もう1,000字も残ってないの!?」


 立ち止まっている余裕はなさそうだった。逆に吉流君の手首を引き掴み、硝煙の世界を私は走る。


「今更ですけど、このネタ、高野たかの和明かずあき先生の『6時間後に君は死ぬ』のパクリですよね?」

「バレた?」

「私これでも読書家なんですから! 他の皆にもバレバレですよこんなの!」

「大丈夫、カクヨムユーザーはウェブ小説しか読まない」

「そんなことないと思うけど……」


 せめて本文の剽窃ひょうせつでもしてくれてれば、問答無用でアウトなのに。


「てか、大丈夫だったら抜け出せないじゃないですか! マジメに違反してくださいよ!」

「じゃあ、レーティングタグ付けずに脳漿のうしょうでもブチ撒ける?」

「そんなの『主催者の判断で【残酷描写あり】付けときますね~』ってやられるだけじゃないですかっ。あっ!」


 そこで閃いた。あのベニヤが何でもかんでも許容してしまうなら、いっそのこと――


「カクヨム自体の規約に触れちゃえばいいんですよ! ここらで濃厚なベッドシーンを入れちゃうとかどうです!? 私、こう見えて結構積極的なんですよ?」


 胸元のボタンをひとつ外して、必殺の上目遣いを食らわせる。学生時代に数多の先輩を落としてきた得意技だ――関係を持った後が続かないのが難点だったけど。


「いや、でも……俺達、出会ってまだ2,061字だし、付き合ってるわけでもないし」

「なんでそこだけ急にマジメなんですかっ!」

「俺は最初から大真面目だけど!?」

「冒頭一行目からメタネタぶっこんでる時点でふざけてるでしょ!? やだやだっ、まだまだ素敵なイケメンと恋もしたいのに、あと500字足らずで死んじゃうなんてっ!」

「もう283字しかない。こうなったら――匿名コン七つ道具を出す時だ!」

「そんなのあるなら最初から出してくださいよ!」


 じゃらっと音を立てて、彼が懐から取り出したのは数珠じゅずのような何か。そのたまの一つを指で摘まみ、


「領域展開! !」


 彼が叫んだ瞬間、私達の周囲の時空が歪んで――


「何ですか、この真っ白な空間!?」先程まで立ち込めていた息苦しさが消え、普通より多く喋れる気がする。

「『精神と時のルビ』。カクヨムのルビ機能を最大限に使いこなし、1字あたり50字分の記述を可能とする」

「こ、こんなことして怒られません!? だってこんなの明らかにズルじゃないですか!」私は慌てて叫んだ。

「問題ないさ。この手法は旧匿名コン第4回であのベニヤ野郎自身が紹介したもの。だから完全に合法なんだ」

「いや、だから、『合法なんだドヤァ』じゃないですよ! 規約違反でリジェクトされるのが目的でしょ!?」

「これで時間稼ぎしてる間に違反の方法を考えるんだ。幸い、あと120字あるから6000字までは喋れる」

「なんかもう、字数制限って何でしたっけ……」私が溜息をついたところで、ゾンビのうめく声が響いてきた。

見れば、真っ白な空間の地平線から、何体ものゾンビ達が私達に向かってくる。「なんでこの空間にまで!?」

「まあ、演出で白くなってるだけで、別に異空間に転移した訳じゃないし……」慌てるそぶりもなく彼は言う。

「さっき『領域展開!』とか言ってたじゃないですかっ!」「慌てないで。匿名コン七つ道具の二つ目がある」

そう言って彼が差し出してきたのは、本を象ったようなタブレット状のデバイスだった。「何ですか、これ?」

「キャラクター召喚機・ノベルローダー。任意のウェブ小説をロードしてお助けキャラをバーチャル召喚する」

「なんかまた胡散臭いのが出てきたなぁ……」イケメンなのに遊戯王か何かの見すぎじゃないかしら、この人。

「ゾンビも倒せるし、二次創作扱いで違反も狙える一石二鳥の作戦さ。これで板野のキャラを召喚するんだ!」

「なんで!? もっとマトモな作者さんのキャラがいいですよ!」「他の人を巻き込む訳にはいかないからさ」

私の手にタブレットを押し付け、彼は続ける。「画面から作品を選択して、『ノベルロード』と詠唱するんだ」

「しょうがないなぁ……」迷ってる余裕はないし。「じゃあ、ノベルロード……とりあえず式部ユカリさんで」

この話自体を駄作バスターしてくれないかなぁ……という願いを込めて、私はそのキャラクターをタップする。

タブレットから放たれる紫の閃光が、私達とゾンビ達の間を隔て、そして――ゆらりと立ち上がったその影は。

『駄作バスター・式部ユカリ。推敲の時間ですわ』紫の着物を纏い、身の丈ほどもある筆を携えた黒髪の美女。

『パニックホラーの粗製乱造が生んだ哀れな魔物どもよ、今こそ文字の塵に帰るがいいですわ! 悪文退散!』

振り抜く大筆から放たれる墨文字の波が、たちまちゾンビ達を飲み込んでいく。『ここは私が食い止めますわ』

立ち尽くす私達に向き直り、白皙の美女は言った。『だけど、この程度では規約違反にはしてもらえない……』

「なぜ。こんなの明白な二次創作じゃないか」イケメン君が言い返すと、彼女はふっと息を吐いて首を振った。

『二次創作は駄目でもメタフィクション的パロディは有りだもの。過去の匿名コンを覚えていないのかしら?』

「そうか……『アイドルマスターユミ』だの、『信濃サナの本当にあった話』だの、やりたい放題だった……」

『そういうことよ。たとえ板野作品のキャラを同じ名前のまま出しても、パロディと容認してくるでしょうね』

「くそっ、あのベニヤ、何でもありか!」悔しそうに舌打ちする吉流君。ゾンビは尚もわらわらと迫ってくる。

「何とかならないんですか!? このインチキルビもいつまでもは保たないでしょ!?」「インチキルビって」

そこで、焦る私を諭すように、ユカリさんは言った。『考えることですわ。創作者を最も怒らせることは何か』

「創作者を最も怒らせること……」呟く私の眼前で、文字の結界が今にもゾンビに食い破られようとしている。

『さあ、急ぎなさい。己の世界に向かって!』彼女の声を背中に受け、私は吉流君の手を引いて再び走りだす。

「吉流さん、インチキルビの残りは!?」「まだ80回以上……いや待って、ヨシリュウさんって何」「あっ」

ついつい地の文での呼称が台詞に出ちゃった。でも、そんなことより、今は早くこの世界から抜け出さないと。

「さっきのユカリさんの言葉っ、あれはヒントだと思うんですっ」「あのベニヤ野郎を怒らせる方法か……!」

その時、パラリラパラリラと耳障りな音を立てて、改造バイクに乗った集団が私達の行手を塞ぐように現れた。

「待ちなァ、お二人さん。このまま、この世界から逃げ切れると思うのかよ」モヒカンの男が下品に舌を出す。

「やだ……ゾンビの次はこんなのまで……」「ノベルローダーがまだ使える。早くお助けキャラを呼ぶんだ!」

「あっ、これ別に一回限りじゃなかったんですね。えっとじゃあ……ネイビーアイドルの大和ナナさんで……」

どうせつまんないキャラしか居ないんだし誰でもいいか、と思いながら、私は海軍帽子の女の子をタップした。

その瞬間、モヒカン達のバイクの音をかき消して、レシプロ機の飛行音が上空に轟く。「何あれ、ゼロ戦!?」

「いや、あれは」機影を見上げて吉流君が言った。「大和ナナの転生前の愛機、旧海軍の艦上攻撃機・天山!」

その機体が地を撫ぜるように行き過ぎた刹那、私達は不思議な力で吸い上げられ、後部座席に座らされていた。

私は一番後ろの席。吉流君は真ん中の席。そして一番前の席では、ショートヘアの少女が操縦桿を握っている。

『ご指名頂き光栄です。私は海軍少尉・飛羽隼一、現世での名は秋葉原エイトミリオンの大和ナナと申します』

凛とした少女の声で発せられる折り目正しい挨拶。『天山が三人乗りで幸運でしたね。私も久々の操縦ですよ』

緊張の中に適度な余裕をたたえた口調。どこかのイケメンよりよっぽど頼りになりそうだなぁ、と思ったとき、

『六時方向に敵影! 電信員、後部銃座頼むぞっ!』女の子の声色のまま、軍人さんは急に激しい声を張った。

「えっ、敵って!? 六時方向ってどっち!? 電信員って誰のことですかっ!?」『貴様だ、キサマぁっ!』

いつの間にか私は後ろ向きに座り、機体の後方に取り付けられた大きな機銃を握らされていた。「何それ!?」

目をこらせば、星マークの戦闘機が何十機と追いすがってきている。必死に機銃を撃ちながら私は泣き叫んだ。

「せめて吉流さんがこれ担当してくださいよっ!」「そういうわけにはいかない。これは君の物語なんだから」

そうだっ、実字数にしてあと百文字足らずで規約違反の状態を作らないと、私この世界で死んじゃうんだって!

「あぁもうっ! ここまで堂々とズルしてもリジェクトされないのに、一体何やったら怒るんですかアイツ!」

「とりあえず、あの野郎の作品の悪口でも言いまくれば!?」「はっ、そうか、その手がありましたね……!」

創作者を最も怒らせること――ユカリさんの言葉を思い返し、私は思いつくままに叫ぶ。「このっクズ作者!」

「文章力ばっかり自慢して魅力的なキャラは作れない無能作者! 手癖に頼ってるだけのワンパターン野郎!」

「作家経験を鼻にかけてラノベ流の書き方を学ぼうともしない前時代の遺物! 時代に取り残された化石っ!」

機銃弾と共に悪口を吐き出していると、イケメン君の震える声が聴こえた。「板野への殺意高すぎない……?」

それでも、撃ち落としても撃ち落としても敵の戦闘機は追ってくるし、一向にこの白昼夢が終わる気配もない。

「っ……! ここまで悪口言っても追い出されないの!?」「まあ、罵詈雑言は言われ慣れてるからなあ……」

そこへ、機体を大きく振って敵の射線を避けながら軍人アイドルが言ってきた。『お嬢さん、それなんですが』

『私でしたら、自分自身の悪口よりも、銃後の家族や隊の仲間、大切な人の悪口を言われる方が怒りますがね』

「はっ……! そうだっ、そうですよねっ、あのベニヤにも人並みの心があるとしたらっ!」「あるかなあ?」

「でも、板野の親族関係なんか知らないし……」機銃を撃ちながら頭を抱える。大体、性別年代さえ不明だし。

『そこはそれ、ドルオタですから、推しメンの一人や二人いるでしょう』彼?彼女?の言葉に私は膝を打った。

「それですよっ! でも、板野の最新の推しメンって誰!? てか、推しメンの悪口って何言えばいいの!?」

そうこうしている間にも敵機の数は増え続けている。こちらのエンジンは白煙を上げ、見るからに限界だった。

「えっと、ち、地方出身! 遅咲き! 誰にでもいい顔する八方美人っ!」「誰を思い浮かべてんのそれ……」

『アイドルに八方美人は悪口なのか……?』独り言のような軍人さんの呟きに続いて、がくんと機体が揺れた。

『エンジンに被弾した! 機体を立て直せない!』「えええっ!? まだ字数あるのに死ぬじゃないですか!」

錐揉みして落ちていく機体。「死ぬぅっ!」「いや、見ろ!」吉流君が指差す先、海面に近い空中に黒い穴が!

「あ、穴っ!」「そうだ、あれが今回の匿名コンの『穴』……!」「古参にしか通じないネタやめません!?」

『突っ込むぞ。生還を祈る!』アイドルの言葉とともに、私達を乗せた機体はその穴へと吸い込まれていく――


バァンッ!


と大きな音が弾けて、私と吉流君は星の瞬く宇宙空間へと放り出されていた。ここは、匿名コン世界の外……?

飛行機も軍人アイドルの姿もどこにもない。吉流君と目が合った瞬間、私は何かの力で後方へと引っ張られた。

それは地球だった。戻るべき世界の引力に引かれ、落ちていく私の視線の先、彼だけが闇に取り残されている。

「一緒に来ないんですか?」「俺は行けないよ。俺は君の時代の人間じゃないからね」ふっと笑って彼は言う。

「君がこれから歩んでいく人生の、その少し先の未来に俺はいる。その時が来たら……きっとまた再会しよう」

再会……。その言葉を聞いて私は思い出した。「再会」……それは今回の匿名コンのテーマだったんじゃ……。

「ズルイですよ。あれだけメチャクチャやらせといて、最後の最後でちゃんとテーマをぶっこんでくるなんて」

「お題は最後の最後で雑に回収するだけでも許される……それもあのベニヤ野郎が教えてくれたことだからさ」

……あれ? ていうか、あんな違反事項なんて並べなくても、テーマを最後まで入れなければよかったんじゃ?


 元の世界で目覚める間際、私は思った。

 いつか私の世界であのイケメンと再会したら、そのことを真っ先に突っ込んでやらなきゃ。

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