【Ex- 120】青春(せいしゅん)との再会

 背後からのクラクションに、足を止める。

「おーい、俺くん、俺くんじゃん!」

 振り返れば坂口――いや、キタセンの奥さんだもんな、ならこう呼ぶべきだろう、北川が車の窓から身を乗り出し、手を振ってきていた。

 さして人通りのあるわけでもない道だ。ややぎょっとしたものの、すぐに気を取り直し、北川のそばに向かう。

「よーし俺だよ、や、いきなり呼ぶなよ、びっくりしたわ。つうて嬉しかったけど」

「なにその素直」

「おじさんになれば後悔のほうがでかいんだよ」

「私を落とせなかったって?」

「そうだよクソ、言わせんな」

 ははっと北川が笑うと、助手席をアゴで示してくる。ちくしょう、なんでそんなんに従わなきゃいけねえんだ。けど、そこは思春期に惚れちまった弱みだ。大人しく、促しに従う。

 助手席に乗り、シートベルトを締めたところで、発進。「せっかくだしどっかでお茶しよっか」とのお誘いだが、おいおいそう言うのって乗せる前に聞かないか? いいけどよ。

「今日は家族と一緒じゃないんだ?」

「むしろ一緒じゃないことのが多いって。ていうか、なんでラーメン屋で働いてんのよ! あそこで会うなんて思わないし、びっくりしたじゃん!」

「いやいや、こっちはこっちで、十数年ぶりの再会のとこに、もと部活の顧問と結婚、子供まで産まれた、みたいなもん見せつけられてパニクったんだからな?」

「そりゃま、確かにそうなるよねぇ」

 車は国道に出、国道沿いのファミレスに入る。

 今更のように心臓がバクバクと言い出した。おせーよこのクソ心臓が。どうしてこう、もろもろ気付くのに鈍いんだ。

 誘われた身じゃあるが、一応こっちが男の子なので先導。昼を少し回った時間、ちょっと前まではてんやわんやだったんだろう、と感じさせられるも、いまはあちらこちらが空いてる。

 奥まった席につくと、店員がメニューとお冷やを持ってきた。

「ホットコーヒーを。北川は?」

 北川は二、三度と目をぱちくりとさせたが、「じゃ、同じので」とうっすら微笑んだ。

「いま何やってるの?」

「マッサージ屋。ラーメン屋は研修期間中のつなぎ。北川は?」

「えっ嘘! 今度やって!」

「やだよ、下心が出る。勘弁してくれ」

「えー、今更いいじゃん。ちなみに私はテニスサークルのコーチとかしてるよ」

「すげえ、中学の時からそのままずっとなんだ」

「そりゃ先生と結婚するくらいだもの」

「それに比べると、俺はブレブレだなー」

「確かに、俺くんがどんな仕事するか想像つかなかったなー」

 コーヒーが来た。北川は砂糖を半袋、ミルクは多め。ちなみに俺はブラック。味の好みがどうとか言うより、単純に砂糖とかを入れるのが面倒臭い。

 なんとなく、北川のしぐさを眺める。

 と、北川がカップを持ち上げ、掲げてきた。

「乾杯。再会に」

「え、コーヒーだぜ?」

「いいじゃん別に」

 まぁ、抵抗する意味もない。こちらもカップを掲げ、軽く合わせる。

「しかし、なんで誘ってくれたんだ? 俺としちゃ嬉しいけど、北川が呼びかける義理もなかったろ?」

「前の会い方がね。告白してもらってから、その次が俺くんのバイト先じゃん? しかも旦那と子供連れで。気まずいなんてもんじゃなかったし、それでモヤモヤが、さ」

「なに? 旦那と別れて俺選んでくれるんじゃないの?」

「勘弁して、そんなリスクいらないってば! ただ、どこかで謝らなきゃなーって思って。私、俺くんからの告白を宙ぶらりんにしてたようなもんじゃん?」

「そうか?」

「そう。と言うか、正直困ったもん。あの後顔合わせないように気をつけたし。高校が別々になって、お互い連絡先も知らない。ならもう、そこまでだったはず。そしたら思いがけずのばったりでさ! それで急になんか、申し訳なさが募ってきてね」

「いやいや、申し訳なさって言うなら、こっちだって。キタセンと結婚ってほどなんだし、俺が告白した頃にゃもう付き合ってたんだろ?」

「まぁね、……いや、中学校教師と教え子の結婚とか、ほら、いろいろあるじゃない?」

「そこは知らない。俺が感じたのは、あぁ、って別に俺の母親じゃないんだし、俺を受け止める義理なんてないわ、って納得だった」

「納得?」

 いちど、コーヒーで口を湿らせる。

「好きになったっていってもさ、結局が俺に構ってくれたから、なんだよな。外見がどう、性格がこう、ってのもあった。けど、結局は俺みたいな嫌われ者にも好意的に接してくれたってことがいちばんの理由だ。高校でも大学でも好きになった相手は同じパターンさ。本当に相手そのものを見てたかって聞かれると、正直怪しい」

 もっとも、高校以後は誰かを好きになったとしても、あんまり口外はしなかったけどな。なにせとの一件が、俺に決定的な結論をもたらした。「俺が誰かに受け入れられることなんてない」。だから俺は、現実を見ないふりして作品作りに精を出した――つってもその結果は(くろれきし)に書いた通りなんだが。

 ま、認知の歪みってやつだ。さすがにこいつを北川に言うつもりはない。そんなん逆恨みの上、八つ当たりでしかない。

「だから、あのときはごめん。自分のことしか見えず、北川を相当困らしたと思う。それと、こうして謝る機会をもらえたことも嬉しい」

 そう言って俺が頭を下げると、「……なんだかなぁ」って北川が嘆息した。

「言いたいこと先に言われちゃった感じ。そしたら私としても、こっちこそありがとう、って言うしかないんだけど」

「何に対して?」

「好きになってくれたこと、かな。確かに告白してもらえたときにも言ったけど、正直心にもない社交辞令だったし」

「うわ、きっついなそれ」

「しょうがないじゃん! 余裕なかったもん。けどいまなら、ね」

 ふふ、と北川が笑い、コーヒーに口をつける。

 昔のことを話すにも、お互いの接点がもはやあまりに少なすぎた。話題を広げようにも、ネタもまともに上がらない。そのあとはどちらかと言えば沈黙が勝ったが、不思議と、居心地は悪くなかった。

 どちらがどうと言うまでもなく、同じようなタイミングでカップを空にした。すると北川が「誘ったのこっちだしね」と、伝票を拾い上げる。

 遅まきながら、その顔に年相応の線が刻まれているのに気付くのだった。

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